第95話 水着を買いに行きました(1)

子履しり、くいくいあたしに迫ってくるわりには初心うぶでいじりやすいんですよね。あたしの裸を想像するだけであんなに顔を真っ赤にしたのですから、プールの日は散々子履をいじめて、日々の鬱憤を晴らしてしまいましょう。あたしはいじめっ子の見本かもしれません。

ん、裸?この世界のプールって裸で入るものなのかな?まあ、昔は当然水着もなかったから裸でしょう。裸です。裸はさすがにあたしもダメージを受けますけど、子履をいじめるのなら効果は抜群ですね。うん、そうですよね。と、あたしが寮の部屋の中で手を組んでひとりうなずいていると、任仲虺じんちゅうきが部屋に入ってきました。


「あっ仲虺ちゅうき様、何の用でございますか?」

「ご丁寧に。今日の午後、水着を買いに行きませんか?」

「はい、分かりました」


任仲虺はすぐに部屋を出ていってしまいます。うん、水着。水着ねえ。この世界にあるんですか!?あたしは慌てて部屋を出て、任仲虺を追いかけます。


「はぁはぁ、仲虺様、水着って何ですか?」

「あら、ご存知ないのですか。いくらプールと言えと、裸をさらけ出すのには気が引けるでしょう。そのための、水中で遊ぶための衣装ですよ」


任仲虺はそう言って、あたしの言葉の続きがないのを確認するとそのまま歩いていってしまいました。

水着。水着ってあるんですね。前世の水着は肌に密着するようなものでしたが、この世界の水着とは一体どのようなものでしょうか。ひらひらするんでしょうか。

この世界の人達はみんな漢服を着ていて、衣装だけなら前世の古代中国を彷彿とさせるんですよね。そんな古代中国に、前世の水着がはまるイメージがないです。まあ建物は西洋風ですし、水着もわりとアリかもしれませんねえ。


部屋に戻ると、壁にある机に向かって本を読んでいた妺喜ばっきが振り返ってきます。あたしがドアを閉めると、妺喜は遠慮なく質問をぶつけてきます。


「おぬし、プールに行くんだってな?」

「はい、今度の休みに行く約束です」


妺喜はしばらく息を呑んでから、本を閉じて机に置きました。


「そのプール、わらわも連れて行ってくれぬか?」

「はい、もちろんです。‥‥あっ、仲虺様に相談してまいります」

「‥‥任仲虺かのう」


あたしが任仲虺の名前を出すと、妺喜は急に不安げな表情になります。ああ、そうでしたね、任仲虺は今も妺喜のことを少し避けているのでしたね。最近は任仲虺も若干慣れたようで、事務的とはいえ会話の機会は増えました。でも任仲虺の嫌そうな気持ちがなんとなく妺喜に伝わっているらしく、妺喜も任仲虺を避け始めていました。


「‥‥様に先に相談いたします。大丈夫ですよ、あたしがなんとかします」

「あ、ああ‥うむ、ありがとう」


妺喜がうつむき気味に口角を上げているのを見て、あたし、1つ思いつきました。


終古しゅうこ様もお誘いになりますか?」


あたしが終古の名前を出すと、妺喜は急に目を見開きます。


「‥‥いや、いいのじゃ」

「そうですか‥」


せっかくチャンスをあげたのに妺喜はまだ素直になれないらしく、避けるような返事をしてきます。まあ、仕方ないでしょう。‥‥‥‥一応、子履には終古のことも相談してみましょう。


◆ ◆ ◆


というわけで水着を買いに行きました。あたし、子履、任仲虺、妺喜のほかに姚不憺ようふたんの5人で。

4人でみせに向かっていると、ちょうど姚不憺が通りかかったんです。「どこへ行くのですか?」と姚不憺が尋ねてきましたので、子履は「野暮用です」とぶっきらぼうに答えましたが、あたしは「今度プールに行くので、水着を買いに行くんです」と教えました。任仲虺があたしの手首をきつく握るのがどうにも理解できませんでしたが、姚不憺が「僕も一緒に行っていいかな」と言われたので断れず今に至ります。


「女子の水着はあちらですね」


任仲虺があたしを引っ張るように言いますが、なぜか姚不憺もついてきます。


伊摯いし、お気に入りの水着があったら僕にも見せてほしいな」

「はい、喜んで!」


子履は姚不憺のことが嫌いみたいですが、あたしにとってはイケメンで優しい男なんです。もし身分差がなければ愛の告白もしていたかもしれません。あたしは頭が熱っぽい気がしたのでそっと自分の頬を触りました。やっぱり熱くなってます。


「行きますよ、さん」

「あ、はい、あやや、あっ、あ、姚不憺様、また後で!」


姚不憺が手を振っているのが見えました。任仲虺があたしの手首を引っ張る力が強くて転びそうになりますが、棚に手をついてなんとかバランスを取ります。


この世界の水着はてっきりふんどしのように完全には密着せずヒラヒラするものかと勝手に想像していましたが、前世のビキニのような形をしていました。触り心地もビキニのそれで、肌にしっかり密着するやつです。普段の衣装は漢服なのに、ここだけ西洋風というのもおかしな話です。この世界は東洋と西洋が混ざっていますから、前世の記憶があると違和感がする場面も多いです。あたしはもう慣れてしまったのか、少し驚きながらも冷静に水着を物色できているような気がします。


「中国はおろか中世ヨーロッパにこんなものはなかったんですけどね‥‥」


子履があたしにだけ聞こえるように、わざとらしく顔をこっちに向けて小声でぼやいていましたが聞かなかったことにします。あたしは今、子履と隣同士で水着を物色しています。本当はもう少し離れたいところですが、肆自体があまり大きくなく、それに水着専門の肆ではないとあって、年頃の女性向けの水着売り場がここしかないのです。ほかはもう少し小さい子、高校生くらいの子、大人用のサイズばかりです。これでも品揃えは多いほうなんですよね。

任仲虺は読まなくてもいい空気を読んだらしく、少し遠くにいます。つまりここはあたしと子履の2人きりですが、懸命に水着を探している子履を見るとなぜか心の底からなにか悪い気が沸き起こります。


「これとかどうですか?」


と、あたしはマイクロビキニを子履に見せつけます。どうしてこの手の肆にマイクロビキニがあるかは謎ですが、それを見た子履は顔を真っ赤にしてそっぽを向いていたのでかわいいです。


「あたしが着ましょうか?」

「そ、それもやめてください!」


子履は手で顔を完全に隠しますが、はみ出る頬が真っ赤になってるのがわかります。かわいいです。


「そ、それは‥‥っ、せめて露出の少ない水着にはできませんか?例えばこれです」


と子履が取り出してきたのは、ふち近くに若干の花模様はあるものの、スク水のような紺色の水着です。この世界にもあるんですか。ビキニと並べて置くなよ。あ、この世界には水泳の授業でスク水って概念がないからいいのか。


「スク水は暑いしむれるので嫌いです」

「ミノア噴火のせいで夏も寒くなっていますから、むしろ温かい水着が必要でしょう」

「うっ‥‥」


前世の感覚を持ち出してナチュラルに回答したら返されてしまいました。あたしの裸を見たくないのは伝わりますが‥‥それだとあたしもからかったりできないじゃないですか。ん?そうだ。子履に内緒でこっそりビキニに着替えて、子履の前でばーんとおへそを出せば子履は鼻血流してばたんと倒れて、『裸が見れないので初夜も過ごせそうにありません。婚約を取りやめます』などと言ってくれれば解決なのでは?あたし頭いい。えへへ。


「そうですね、そうしましょう。スク水を着ましょう」

、急に乗り気になってませんか?」

「いや、どうでしょう、別に」


あたしは振り切るようにつんと鼻を高く持ち上げます。

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