第96話 水着を買いに行きました(2)

さて試着の時間です。あたしは普通にスク水を着て、勢いよく試着室のカーテンを開けました。ばばん。えへん。

子履しり任仲虺じんちゅうき、そしてタイミングよくやってきた姚不憺ようふたんたちがいますが‥‥後2人が拍手しているのに対し、子履はそっぽを向いています。頬が真っ赤になっているのがわかります。もしかして子履、スク水ですらダメなんでしょうか?よし、もらった。


さん、本日はテンションが高いですね。いつもなら身分の差を気にしているところですが」


任仲虺の棘のある指摘であたし、はっと気づきます。そういえば試着するの3人の中であたしが最初です。2人ともあたしに先に勧めるのと、子履に水着を見せることばかり考えていたのでナチュラルに着てしまいましたが‥‥いつものあたしなら恐縮してたはずです。あたしは仁王立ちのまま冷や汗をいくつか垂らしますが、任仲虺は「ふふ」と笑った程度で、次は姚不憺に話を振ります。いや任仲虺、あたしの企みに気づいてませんか?めっちゃ不安です。


「どうですか?姚不憺さん」

「ああ、いいね。伊摯は何を着てもかわいいよ」


姚不憺のその言葉で、あたしは一気に顔を真っ赤にして手で頬を隠します。


「かわいいだなんて、そ、そんな‥‥」

「‥‥さんはどうですか?」


姚不憺がまた何か話しかけるのを遮るように、任仲虺がやや強めの声で子履に話題を振りますが、子履はしゃがんだまま震えながらうつむいています。とても話ができる状況ではありません。


「どうしたのじゃ?おお‥よいではないか」


水着を2着ほど持って来た妺喜ばっきが出てきて、あたしの水着を見ます。興味深そうになめるように見てきます。


「なるほど、そういうタイプの水着もあるのじゃな」


と言って妺喜が取り出したのは‥‥マイクロビキニです。いやそれ不意打ちで出されちゃうとこっちまで恥ずかしくなるやつなんですが。


「妺喜様、その水着はおやめになったほうが」


すると任仲虺があたしのところまで歩いてきて、こっそり耳打ちします。


「妺喜様の水着、サイズが合っていません」

「えっ?どうしてわざわざあたしへ?」

「‥‥その、摯さんのほうから言ってもらえませんか」


少し考えて思い出します。そうでした、任仲虺はまだ妺喜のことがちょっと怖いんですよね。あたしは「分かりました」と言って急いで漢服に戻ると、妺喜のほうへ行きます。


「その水着、サイズが合っていないのではないですか?すぐにとれてしまいますよ」

「あ、ああ‥‥わらわのサイズがわからないのじゃ」


ん?じゃあ今着ているその漢服は何でしょうか?と思ったら、漢服に戻ったあたしを見て一気に元気になった子履が、横から説明します。


「王族はサイズ等の細かいことはすべて下僕に任せているのですよ」

「ああ‥そうでしたか‥」


斟鄩しんしん学園の寮では学生の自律性を尊重するという観点から、学生に召使いをつけることは認められているものの(実際に及隶きゅうたいが子履の世話をしていますよね)、着替えは基本的に自分でやります。漢服といってもかんの時代ほどきらびやかで複雑な装飾はなく、シンプルな構造が多いことも手伝って、やろうと思えば1人だけで着れるようになっています。でも服を選ぶ部分は召使いに全部任せる人も多いんですよね。


「サイズを測りましょう、あたし手伝います」

「私もお手伝いしますね」


あたしと子履は息が合ったように、妺喜の水着選びを手伝います。


◆ ◆ ◆


気を取り直して、次は任仲虺に代わりまして妺喜の番です。妺喜は「どれもこれも水着らしくないのじゃ」などと変な理由をつけてすぐマイクロビキニを選びたがるので、引き剥がすのに苦労しました。やっと普通のビキニで妥協してもらったんですよね。この世界の女達に羞恥心というものはないんでしょうか。


「どうじゃ、これがビキニ?なのじゃ!」


妺喜の着ているそれは、紫色で無地のビキニでした。いや、よく見たらわずかに模様が入っています。あんの魔法から連想されるミステリアスな雰囲気があっていいのですが、任仲虺だけはあたしの背中に隠れています。そんな露骨に嫌がらなくても妺喜は襲ってこないと思うのですが。


次は任仲虺です。しかしその水着姿を見た子履は「むぅ」と腕を組んで、あたしをちらちら見てきます。


「どうなさいましたか、履様」

「なんでもございません」


ああ、確かに任仲虺は胸が大きいんですよね。漢服はゆったりしているからなかなか気づかないのですが、それなりにサイズがあります。虚歳きょさいで10前後とは思えないほどのサイズをしています。子履の胸は年相応です。あとはわかりますね?一応あたしもちょっと胸はありますが、任仲虺ほどではないです。

漢服に戻って試着室から出てきた任仲虺に、子履は嫌味を言います。


「胸の脂肪をしまってもらうことはできますか」

「丁重にお断りします」


子履と仲良しの任仲虺もこれはさすがに譲れないらしく、くすっと笑っていました。


最後は子履です。試着室に入って着替えるのですが、いっこうにカーテンがあきません。任仲虺があたしに目配せしますので、あたしは試着室のカーテンに近づいて「どうなさいましたか」と声をかけます。するとカーテンの隙間から、子履が目だけを覗かせてきます。


「あの‥あまり見ないでくださいね?」

「大丈夫ではないですか、履様もスク水でしたね?」

「あっ、その単語は人前で言わないでもらえますか」

「あっ、失礼しました」


あたしは後ろにも聞こえる程度の普通の声で話していましたが、子履が突然声を弱くしてくるのでそれに合わせます。なんだかこの世界は古代中国とは思えないくらい中世ヨーロッパ風の建物や内装ばかりで非常に混乱してしまいますが、『スク水』という単語はなぜかないです。ついぼろりと口にしてしまうあたり、前世の記憶があるのはいいことばかりではないです。


やがて子履がゆっくりカーテンを開けて、その体をあらわにします。あたしを意識したのか、水着はやっぱりスク水でした。ですがそぶりに恥じらいがあります。もしもしと肩をすくめて、頬を赤らめて、ちらちらとあたしを見ています。うん、これだけ見るとやっぱり普通の恋する少女ですね。

しかし任仲虺に嫌味を言ったとおり、やっぱり胸はべったんこです。任仲虺より小さいけど一応あるあたしの半分もないです。こっちもからかおうと思いましたがやめました。あたしも任仲虺に同じことを言われたらいい気分はしませんからね。

多少の模様はあるものの、前世の体育の授業で着るものとあまり遜色はありません。この世界でこのデザインを考えた人も、もしかしたら前世を日本で過ごしていたかもしれません。知りませんけど。


「似合っていますよ、履さん。摯さんも感想はございませんか?」


任仲虺にいきなり話を振られます。あたしは「えーと‥‥」となりますが、ふと子履と目が合ってしまいます。子履は肩や生脚すらあたしに晒したこともないので、頬を染めたままうつむき気味にあたしを見ています。上目遣いです。

‥‥ん?あれ?え? 今‥あたしの心臓の鼓動が速くなったような気がします。意味もなく速くなりました‥‥やっぱり気のせいですよね?相手は年上とはいえまだ虚歳で10歳、前世の年齢の数え方からすると8~9歳です。小学生くらいの年齢です。そんな女の子が水着を着ただけで興奮してしまう女の人がいたら、その人はどうしようもない変態かもしれません。あたしはまだ大丈夫ですよね?


「‥‥いいと思います」


あたしはなるべく平静を装って、なるだけそっけなく返事しました。直後に妺喜が「いいのじゃ!露出を少なめにするのも、奥ゆかしくていいのじゃ!」と興奮気味に言葉を並べたので、あたしは肩身が狭くなっていくような気がしました。

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