第6章 稀代の悪女・妺喜の誕生(下)
第170話 夏后履癸の生い立ち
肇は利発で周囲の家臣からの信頼も厚く、これを次の王に推す声がありました(※この世界では長子が後を継ぐとは決まっていない)。しかし夏后発にとって、履癸は前の后が亡くなった直後の寂しさを癒やしてくれた子でありました。肇を推す声が増える中、あるとき、夏后発は家臣の
「家臣たちは肇を後継者にしたいと言っている。だが、わしには履癸のほうが見込みがあると思っているのだ。どうにか家臣を説得する方法はないものか」
この夏后発は、履癸を愛するがゆえにバイアスがかかっていると羊玄はすぐ勘付きました。
「それでは、履癸殿下と肇殿下で何か勝負させてはいかがでしょうか。例えば木の棒で戦わせるのです」
「
「ごもっともでございます。それでは罪人の裁判をやらせましょう」
何人かの家臣たちの見守る中、履癸と肇は何人かの罪人の罪を決めました。肇は罪人の所業だけでなくその悪質性、反省の状況、被害者の声なども聞いて公正に決めたのに対し、履癸は罪の中身だけ見て刑罰を判断しました。家臣たちは口を揃えて肇を推し、夏后発もうなずきかけました。しかし、こう言い出しました。
「他の政務もやらせてみたい。確かに裁判によって公平さは明らかになったが、政治というものはそれだけにとどまらず、知識や正確さ、財務も考慮した効率性も問われるというものだ」
「それではこの
そう羊玄が勧めたので、夏后発は実際にやらせてみました。果たして肇は少ない人員を効率的に動かし、目標よりも早く工事を終わらせたのに対し、履癸はその倍の人員と時間を使って終わらせました。肇が後継者にふさわしいことは、発の目から見てもあきらかでした。発はやむなく肇を後継者に指名しました。
しかし不幸なことに、その1ヶ月後に地震が起き、肇の工事した部分の堤防が崩れ落ちましたが、履癸の部分は何ともありませんでした。時間がかかっても頑丈なものを作れるほうがよいと言って、家臣の一部は履癸を支持しました。発は、一度肇を後継者として天下に示した以上後には引けないと思い、易者を呼んで
「肇に国難の相が出ております」
「なんと。肇を跡継ぎにすれば、この国に災害がもたらされるというのか」
「はい、その通りです。この世から遠ざけるべきです」
「では肇を僻地に左遷させよう。
「それはいけません。どこに配置しても、夏は災禍を避けられないでしょう。われわれのいるこの世に存在させてはいけません」
それは発にとって苦渋の決断でしたが、ついに肇を殺し、履癸を跡継ぎとして天下に示しました。
履癸はわがままで自己中心なところがあり、街中で騒ぎを起こすたびに発は頭を抱えていました。それから十年後、発は病床に伏せるようになりましたが、その傍らに履癸、羊玄、
「わしも長くない。履癸よ、王になるには一つ守らなければいけないことがある。家臣の言うことをよく聞き、従いなさい」
「はい、分かりました、父上」
「今ここでそこの2人に頭を下げ、誓いなさい」
履癸は羊玄と關龍逢に
しかし履癸は
履癸は自分の悪い性格を理解していました。どうしても感情が先行するのです。しかし、欠点は分かっていても直すことはできないとも考えていました。肇に対する劣等感、そしてこの性格のためにこれから降りかかる災難を恐れていました。履癸はそれを易者に相談しました。
「この国は、たとえ王がいなくてもしばらくは持ちこたえるでしょう」
「ということは、わしは何もしなくていいのか」
「い、いえ、そういう意味ではございませんが‥」
ためらう易者の態度のどこに気に食わないところがあったのか分かりませんが履癸はその場で兵士を呼び出して易者を殺しました。しかしその卜いの結果は、履癸に自信を持たせました。履癸は自分が無能であることを悟っていたので、朝廷(※朝の会議)で何もしないことを選択しました。ひたすら琬と琰を両横に侍らせ、「何もしない王様」を演じていました。自分が何かするよりも全て家臣に任せたほうが国益になると思ったのです。
しかし、女と酒に対する欲は人一倍でした。欲望に任せて生活しているうちに履癸は欲しいものは何でも手に入ると考え始め、そこに
◆ ◆ ◆
羊玄は、ある日の朝廷で岐踵戎と夏后履癸に怒鳴りつけました。
「わしは、
夏后履癸が少し首をひねると、岐踵戎が堂々と答えました。
「我々は彼らにきちんと毒のない食事を与えました。妺喜様はお食べになり、蒙山伯や兄弟は食事をみずからの意思で拒否してお死になさったのです」
「本当に本人たちの意思か?」
「はい。彼らには敗軍の将としてのブライドがあったのでしょう」
ここまできれいに答えられては、羊玄もこれ以上は強く言えません。羊玄も情報を持ち合わせているわけではありません。あの牢へ行ったのは、牢番と岐踵戎の2人だけと聞きました。その牢番を探し出そうとしましたが、
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