第85話 郊祀に行きました(1)
この世界では天・地が万物を生ずると信じられています。時代は下りますが、春秋時代~前漢の時代にいろんな人が書いた原稿をまとめて作られたといわれる『
それをまつる行事が、やはりこの世界には存在します。
さて、そんな郊祀の日にあたしたちはどうするかというと、仕事は特にないです。そりゃ郊祀は
代わりに、北の方でおこなわれるであろう厳粛な儀式とは裏腹に、斟鄩の街はお祭り騒ぎになっています。実はこの世界、前世からは考えられないことですが、休みの日がほとんどないのです。ほぼ毎日働かされる人たちにとって、たとえ自分と直接関係ない祭祀であっても、こうした節目の日は騒ぐための日なのです。
市場では普段と違う商品が並べられ、斟鄩の人たちはそれを買いつつ食べ歩きしています。あたしは当然のように
「
あたしは子履に聞いてみます。伊水まで、歩けないことはないものの結構な距離があります。普通の貴族であれば、先日の
「
「確かにそれは‥」
確かにあたしは早朝に寮を抜け出して1人で行こうとしてたんですが、なぜか道端で子履と
子履は今朝あたしを誘うつもりだったのに、そのころにあたしはすでに寮を抜け出してしまい不在だったものですから、怒ってしまった様子です。「抜けかけでもするつもりですか」と頬をふくらませる子履を放置することも出来ず、こうして2人で行っているわけです。要するにあたしが悪いです。
「ところで、なぜ伊水へ行くのですか?あのご親戚‥いえ、私の外戚とはあまり関われないのでは?」
「
「そんな大切なことをなぜ私に報告しないのですか。私も外戚と交流を深めなければいけないというのに」
この世界では、皇后の一族のことを外戚と呼びます。仮に、万が一、本当に万が一、あたしと子履が結婚するようなことがあったら、王様の子履に対してあたしは正室、皇后という立場になります。そのあたしの親戚が、子履から見れば外戚になるのです。あたしの親戚を外戚呼ばわりするなんて、もうあたしと結婚する気でいますねこの子は。
「それはもう少し後でもよろしいのでは?」
「関係を築くのは早いほうがいいですよ。それに、親から承諾を取り付けてしまえば摯は完全に私のものですから」
この世界では、親の言うことは絶対に聞かなければいけません。そのあたりは前世の日本より非常に厳しいのです。子履、相変わらずくいくい攻めてきますね。でもそんな子履にも弱点があります。
「履様、ここ路地裏ですよ」
「路地裏‥‥あっ」
あたしと子履以外誰もいないことに気づくと、子履は一瞬ではねるようにあたしから離れて、壁にはりつけになります。顔はすっかり真っ赤です。2人きりのときはこうして照れてしまってあたしに強く迫れないのは分かってましたが、ここまでわかりやすいと面白いのです。
あたしは笑いをこらえますが、しきに子履が骸骨をふみつけているのに気づきます。この世界では、人げのない道路では道端に人の死体や骸骨が転がっているのが半ば常識なのです。
「‥‥あ。履様、伊水はあちらです」
「ここに入ったの、わざとですよね?」
「伊水はあちらです」
あたしも子履の扱いには少し慣れたようです。歩くあたしの後ろを、子履はしぶしぶついてきます。100メートルくらい離れて、物陰に隠れながら。ストーカーかなにかかよ。
◆ ◆ ◆
なんだかんだあって、伊水に着きました。ここから川にそって歩いて、目当ての場所を見つけます。おっと、あれは親戚の家ですね。
でも一方で、あの家で終宏と一緒に暮らしていた
「あれが家でございますね」
「いいえ、あちらの丘ですよ」
人通りが戻ってきたのですっかりあたしの横におさまってしまった子履が家を指さします。が、そこは目的地ではないです。この家の斜向かいに、小さく盛り上がった空き地があります。
そして、その盛り上がった中央には、一人の男・伊纓が大きな手鏡を持ちながら、髪を
「ああ、何で僕は美しいんだ。どんなに着飾った牛よりも美しいではないか。牛よりも僕が祀られるべきではないだろうか」(※郊祀は牛を使った祭祀である)
はい、いつも通りです。あたしが声にもならない笑いを浮かべながら呆れてそこらへんに突っ立っていると、伊纓は10分くらいたってようやくあたしたちに気づいたようです。
「おや、君も美しい僕に見とれていたのかい?」
「いえ、人違いだったようです」
やっぱり伊纓があたしを誘うなんてこと、あるはずないですよね。あたしがそのまま帰ろうとすると、伊纓は後ろから呼び止めます。
「待ってくれ、冗談だよ。さあ行こう。そしてそちらのお方は‥‥ああっ!?」
伊纓は子履の存在に気づくと、素早く
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