第86話 郊祀に行きました(2)
なんだかんだあって、あたしと
「それで、伊纓様、あたしをお誘いになったのはなぜですか?」
「チッチッチッ、その他人行儀な呼び方はよくない。これからは僕のことを『おにいたま』と呼んでくれ」
呼びたくないです。絶対呼びたくないです。すると伊纓はまた鏡を取り出して、独り言を始めます。
「うーん、『おにいぽよ』もいいなあ。『ぷにおに』でもいいし、『ぽよぽよ』でもいいし、悩むなあ」
そのネーミングセンスはどこからくるんですか。たしかにあたしは
「普通に『お兄様』ではダメですか?」
「それだと僕の魅力が伝わらないじゃないか」
おにいたまと呼ばせるほうが普通に逆効果だと思いますけど。というか呼ぶあたしのほうも恥ずかしいです。
「そうだ、こうしよう。君は僕のことを『ぽよたん』と呼ぶ」
「嫌です」
何だその壊滅的なネーミングセンス。ナルシストですら台無しじゃないですか。
「いいお名前ではないですか、『ぽよたん』」
後ろから子履が話しかけてきます。きっと伊纓と仲良くなりたいがゆえに言ってきたんだと思いますが‥‥次の瞬間、伊纓は
◆ ◆ ◆
結局折れて、あたしは伊纓を『おにいたま』と呼ぶことになりました。いや何でだよ。『ぽよたん』よりはましですけど。
「それでおにいたま、あたしをお誘いになったのはなぜですか?」
「君と遊んでみたくなったんだよ。君と僕は家族だからね」
「えっ‥あたしのこと、家族としてみてくれるのですか?」
「おば上と声が似ていたからね。家族というものは、不思議とつながるものなんだよ。それに顔も僕に似て美しい」
伊纓は鏡に向かって言ってます。うん、いつも通りですね。
「伊纓様、前を見て歩いてください」
「僕のことは『おにいたま』と呼んでくれ」
「おにいたま、前を見て歩いてください」
「そうだね。美しい僕の顔を隠してりゃ意味がないからね」
思考のベクトルは違いますけど、伊纓は前を見てくれます。おにいたまと呼ばされることを除いては、割と素直です。
「あっちの
「はい、もちろん」
あたしは伊纓に誘われていろいろな肆をまわります。伊纓は、家族は不思議な絆で結ばれると言っていましたが、あたしもそう思います。伊纓といると、なぜかいるはずのない兄がここにいるような気がして、妙に安心してしまうものです。
歩きながら伊纓におごってもらった菓子をほおばるあたしは、伊纓にしっかり見られていることに気づきました。
「おにいたま、恥ずかしい‥‥です」
「君は僕がずっと欲しかったいとこなんだ。もっとじっくり見せてくれ」
そう言って、伊纓があたしに向かって首を伸ばします。もちろんあたしがこうされると子履は黙っていないはずです。早速子履が「あの」と重い声を出してくるのですが、次の瞬間に伊纓はまた稽首していました。あたしも子履も、周りに夏の家臣がいないか伺いながら必死で伊纓を立たせようとします。
子履は「やりづらいですね‥」と小声でぼやいていました。あたしも同じです。てか、あたしはもっとやりづらいです。なんですかおにいたまって。
そうやって歩いているうちに伊纓も自分の菓子を買ってきて、食べ歩きを始めます。周囲の人々も、まるでお祭りのようにわいわい騒いで楽しんでいます。
「‥僕のおば上、
伊纓が語り始めます。さっきの話の続きでしょうか。と思ったら伊纓が、あたしの首を抱くように、反対側の肩に手を置きます。あたしはちらっと後ろを見ますが、子履はうつむきながら首を横に振っていました。
「盤費様はなぜ
「神がいるんだってさ。子供を強健にしてくれる神が。おば上はそいつに会おうと、1人で旅に出たんだ。身重だったのにね。あの時、僕が止めていればよかったんだが、おば上がうきうきしていたから言い出せなかったんだ」
そう言うと伊纓は菓子を一気に口に入れ、親指をぺろりと舐めていました。
「でも、そのおば上の子供がこうして元気に生きている。僕はそれだけで嬉しいんだ。何かがあってもなくても、いつでも僕に声をかけてほしい」
「‥‥はい」
伊纓も伊纓なりに、盤費やあたしにはいろいろ思うところがあるのでしょう。性格はアレですが、少しでも触れ合うことが出来てよかったかもしれません。
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