第112話 曹の国に来ました

あたしと子履しりは今、そうの国にいます。あたしたちはてい(※宿としても使われる屋敷)に通され、テーブル席で食事を楽しんでいます。


「食事くらいは正座したかったんですけどねえ‥‥」


子履はまだこの世界の洋風の建物や生活習慣そのものに文句があるらしくぷーぷー言ってますが、「ここは外国ですから、失礼ですよ」とあたしが言うと「そうですね‥」と肩を落とします。まあ気持ちは分かります。

ちなみにここにはあたし、子履、そして召使いとして来た及隶きゅうたいのほか、三女で子亘しせんの妹にもあたる子会しかいも来ています。子亘は来客対応のためにしょうの国に残っています。


子会とはこうしてテーブルの席につく前にあたしが丁寧に礼をしていました。


「私が子会様と同じ列に座ることをお許しください」

「事情はわかっております。どうか、堂々となさってください」


きゃー。お利口な子です。確か子亘の1つ下で、あたしと同じ8歳です。誕生日は違いますが、虚歳きょさいといって、今年の間はずっとあたしと同じ8歳です。子会は、子履と一緒にあたしを挟むように、あたしのすぐ隣に座っています。


「年齢も同じですから、きっと親しくなれますよ」


そう子履が言うと、子会は「まあ」と驚きます。


「私と同じ歳なのですね。‥‥ところで、どうして髪を切っているのですか?何か罪でも犯したのですか?(※この世界では髪を大切にry)」

「ああ‥これは自分で切ったのです。恥ずかしながらならわしを存じ上げてなくて」

「まあ、そうでしたの」


伊纓いえいから髪飾りを渡されたその日から髪の毛を伸ばし始めたとはいえ、まだセミロングくらいにしか伸びていません。秋頃には簡単に飾れるくらいには伸びているでしょうか、それでもまだまだです。


さて、テーブルには普通に酒があがっています。この世界では年齢による制限なんてもちろんないので、小学生くらいの子でも普通に酒を飲みます。子履はまだ10歳ですが、外国から出されたものは飲まないと失礼なので少しばかり口に含めますが、やっぱりすぐに亭の使用人を呼び出して「私は下戸でございます、お伝えしておらず大変申し訳ございません」と謝ります。あたしも「ごめんなさい、実はあたしも‥」とべこべこ頭を下げます。一方で子会は普通に飲んでいます。前世のお酒と違って純度は低く、水が酸っぱくなった程度でしかないのだそうですが、それでもたくさん飲むと酔います。

子会は不思議そうな顔をして、あたしと子履を見ます。


「以前から気になっていたのですが、姉上はお酒をお飲みにならないのですね。もてなしの席ですのに」

「はい。どうにもこの味はなじめないのです」


子履もあたしもそうごまかします。前世の記憶があると、無意識に避けてしまうんですよね。


◆ ◆ ◆


寝室にはベッドが3つ並んでいます。あたしは及隶を呼びつけて一緒に寝よう(そしてあたしと子履の間に挟んで距離を作ろう)と思ったのですが、子会がいる場ではそうもいきません。


「ついに姬媺きびも正式に即位ですね」


ベッドに並んで座って、子履が学園を懐かしむように遠くを見て言います。


「曹王さまはどのようなお方ですか?」


子会が言うと子履は何か返そうとしますが‥‥途端にくすっと笑ってしまいます。


「ここだけの話、わがままな人ですよ。わがままで周囲を困らせていますが、本当は旧習と伝統、そして美学を重んじる、すばらしい人です」

「そのようなお方とお近づきになれていいですね。私もいつか学園に行きたいです」

「ふふ。かいはあと2年でしたね。入学試験が来年ありますが、勉強していますか?」

「うっ‥も、もちろんです」


勉強してないですね。まあ、かわいいからよしとしましょう。子履の妹は子亘も子会もお姫様やお嬢様のようにかわいいですが、子履が黙っていれば美少女であることも関係しているのでしょう。


「会、そろそろ人形遊びはおやめになったらどうですか?」


と子履が言います。ん?お人形遊び?


「人形遊びとは?」

「ああ‥‥会は人形遊びが好きなのです」

「いいではありませんか、かわいらしいですし」

「それがその‥‥少々困った性癖をお持ちなのです」

「ん?」


とあたしが首をかしげると同時に、子会は人形らしいものを取り出します。‥‥ただの人形ではないです。目玉が飛び出て、口のところには絶対に開けられないようにといわんばかりに縫い目が色濃く残り、首がもけ、手足から綿が出ています。


「その人形を修理されるのですか?」

「いいえ‥‥」


子履はため息をついて頭を抱えます。と思うと、子会がその人形に釘を打ち込みます。ひぇっ!?

しかも1回だけでなく何度も刺しています。抜いては刺してをどすどすどすどすと素早く繰り返しています。いつの間にかあたしは子履のベッドのところへしりごんでいました。

人形はもちろん、あちこちから綿が出まくってぼろぼろです。


「血がないなんて、いけない子でしゅね‥‥」


と子会は言って、懐から注射器のようなものを取り出すと、液体をぽたぽたと垂らします。真っ赤な液体です。え、それ何の液体ですか。


「げへへ‥血が出て元気な子でちゅね‥もっと血を出しまちゅね‥‥」


と言って、また釘を激しく抜き差しし続けます。


「や、やめてください!」

「やめてください!」


あたしも子履も珍しく口をそろえて怒鳴りつけると、すっかりぼろぼろの真っ赤な綿の塊のようになったそれを握りしめた子会は、手元さえ見なければお姫様のようにかわいらしい顔をあたしたちに向けます。


「なぜですか?メルヘンチックなお人形遊びですのに‥‥」

「怖いです、怖いから!」

「そうですか‥‥姉上も周りもみんなそう言います」


子会は肩を落とすと、ベッドから出て壁にその綿の塊を釘で打ち付けます。


「さあ、メリーきゅんはここでお休みになりまちゅね~」


それからベッドに戻ります。言わずもがな、その綿の塊からはぽたぽたと赤い液体が垂れ落ちています。

寝顔だけはかわいいです。残念ながら。


◆ ◆ ◆


子履も子亘も子会もみんな、黙っていれば美少女なんですよ。本当に。あとあたしは男と結婚したい。

さて翌朝、朝食を終えたあたしたちは美しくきれいな服に着替えて、曹の宮殿に向かいます。


曹も商も、この世界の宮殿は立派です。立派なのに見事に古代中国の面影はほとんどなくて、ヨーロッパの屋敷のような外見です。ヨーロッパのお城のような派手さはなく、貴族の寝泊まりする普通の屋敷がちょっと大きくなっただけという感じです。

屋敷の前に大きな広場があり、そこに集まっている人たちのほとんどは曹の国の人達です。ごく一部ではありますが、あたしも含めて各国から集まってきた貴族たちがいます。広場の中央にはステージが置かれています。きっとここで戴冠をやるのでしょう。


「即位は前王の喪とセットなので控えめだと思っていましたが、これだけ多くの人を集めて大々的にやるのですね。珍しいのでしょうか?」


あたしはそう言いますが、子履は首を振ります。


「この時代では、王の死なないうちに次の王に位を譲るケースもありました。頻繁にあるわけではありませんが、それにしても前王の崩御に伴う即位としては珍しいと思いますよ」

「なるほど。‥‥あっ」


周りを見回してみると、任仲虺じんちゅうきの姿がありました。そりゃいろいろな国から集まっていますから、当然任仲虺もいます。おーいと声をかけようとしますが‥任仲虺は何か知らない別の女の子と話しています。その女の子も任仲虺と髪の色が一緒です。任仲虺の母とかではないですよね?あたしたち3人はそこへ歩いてみます。


仲虺ちゅうき様もこちらにいらしていたのですか」

「あら、久しぶりですね。さんも。あっ、子会さんも」


近づいてみると任仲虺と話していた子の顔がよく見えます。大人っぽくりりしい子です。任仲虺の姉とかでしょうか。

目が合ってしまいます。わあ、きれい‥‥その女の人の目は優しそうでした。挨拶してもいい感じですね。

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