第179話 夏后履癸が朝廷を休みました
「そうか、そんなどうでもいい国の奴が死んだのか」
大広間で、
「陛下の伯(※長女)にあたる
「ああ、わかったわかった、好きにさせてやる」
「ありがたき幸せでございます」
徐範は深く頭を下げて、印章をもらうと大広間から出ていってしまいました。
「のう、妺喜、わしが死んだらどうする?」
「そのような悲しい質問はするでないのじゃ」
「ははは、冗談だ」
そうやって妺喜と一通りいちゃいちゃしてから、夏后履癸は朝廷を再開します。
◆ ◆ ◆
妺喜が部屋で一休みしていると、また
「そうだそうだ、奥さん、お聞きなさいよ。この前、ここを3頭の龍が襲ってきたのは知ってるでしょ?」
「うむ‥‥わらわも牢の中で聞いたのじゃ」
あえてその相手が誰かは言いませんでしたが、その人がどのようにして斟鄩に来たか、一通りの話は聞いています。竜のことも、そしてその竜を撃退した人がいるということも。その撃退した人が誰なのかは、おおかた
「あの竜をたった1人で仕留めたのが、子履って話よ。子履といえばあなたの同級生でしょう、何か知ってます?」
妺喜は「やはりか」と小さくつぶやいた後、笑顔で「わらわは何も知らぬな」と言うと、嬴華芔に手招きをします。なにかと思って嬴華芔が近寄ると、妺喜は軽く尋ねます。
「おぬし、夫や子は?」
「あらまあ、妺喜様から質問してくるなんて久々よ。夫は死なれて、子供も
「そうか。では今、おぬしは身軽なのだな」
「あらあらまあ、何か頼み事かしら?」
妺喜はふふっと笑うと、嬴華芔にひとつの小さな小袋を渡します。
「これは‥‥お金?私に賄賂なんて出しても何も出ないわよ?」
「嬴華芔よ、この金で今すぐ斟鄩を離れろ。今夜には姿を消せ。二度とここに戻るな。そうすれば、おぬしは長生きできるだろう」
「そんな、今夜だなんて急だわ、やめるにしても手続きがありますし、まだ心の準備だなんて‥‥」
「おぬしは子を残して死にたくないだろう?察してくれ。それから、このことは誰にも言うな。もっともおぬしには無理だろうが‥‥おい」
そう言って、息の掛かった従者を呼び出します。
「この者を丁重に帝丘まで送ってさしあげろ。
「はい」
従者は「えっ、何、どういうこと?」と慌てる嬴華芔を引っ張って、もろとも部屋から姿を消してしまいます。ばたんと閉まるドアを見て、妺喜は机にひじをついて、また寂しそうに窓の外を見て笑います。
「おぬしは巻き込みたくなかったのじゃ。それに、わらわの本気を見せたくなかった。許してくれ」
◆ ◆ ◆
朝廷は週に3度行われます。のちのちの王の中には2週間に一度などもっと適当にやっている人も多いのですが、この世界では
ある時、妺喜は夏后履癸との食事の時に言いました。
「この夏は安泰だというに、朝廷で何を話しているのじゃろう」
「臣下どもが内政はああだこうだだの、口うるさく話しておる。それを決裁できるのはわしだけなのじゃが、面倒でかなわぬ」
「わらわも朝廷で話を聞いていたが、家臣たちの間で話がまとまるのなら陛下の承認は不要では?」
「それは昔からの決まりなのだ。政治に関する全ての決まり事は、わしが許可しなければいけないことになっている」
夏后履癸が珍しく真面目に答えると、妺喜は女の子らしくかわいこぶって、夏后履癸の袖をつかみ、頬をこすりつけます。
「わらわは陛下といっときでも長く2人きりで過ごしたいのじゃ。陛下なしで話がまとまるのなら、もっぱら全てを家臣に任せたほうがよかろう。陛下は月に何度かだけ出ればよいではないか」
そうやって、わざとらしく瞳をぴくぴくさせます。とろーりといくつかの涙がこぼれ出ました。男は女の涙に弱いのです。ちょろいのです。「うむ、確かにそうだ」と夏后履癸は言ってくれました。
「では、あさってを最後にわしの出る朝廷は月3回とする」
「わかったのじゃ。早速遊ぶのじゃ」
というか早いか、妺喜は自分の上の服を脱ぎ捨て、夏后履癸に飛び込みます。「お前、積極的だな」という返事とともに、夏后履癸も食事もそこそこに妺喜と愛し合います。
果たしてその2日後の朝になりましたが、夏后履癸は昨夜というか今日の未明までずっと遊んでいたものですから、ほとんど寝ていません。とても眠たいです。
ドアのノックがします。「陛下、朝廷の時間でございます」という使用人の声でした。夏后履癸は答えようとしますが‥‥すぐに、隣りにいた妺喜が抱きつきます。
「応じてはならぬのじゃ。陛下はずっとわらわと遊ぶのじゃ。今朝廷に出たところで何になる、おぬしは人の話を聞いてばかりで自分の考えも言うことはない。おぬしがいなくても朝廷もこの国も安泰ということじゃ。それに陛下は偉い人なのじゃ。偉い人はむやみに人前に姿をさらさないことで神秘性が生まれるのじゃ」
さすがの夏后履癸も少しためらっている様子でしたが‥‥妺喜が頬にキスすると、「うむ、そうだ」と返事します。
◆ ◆ ◆
一方その頃の宮殿では、なかなか夏后履癸が姿を表しません。
「これでは朝廷が始められない。実態はどうあれ、陛下の認可がないと何かを取り決めることもできない」
「陛下はまだお休みになっているのだろうか」
1時間たっても2時間たってもなかなか夏后履癸が来ないので、
しかしすぐに兵士が戻ってきます。
「申し上げます、変な男がこちらへ歩いて向かっています」
「見張りは止めぬのか?」
「それが、体当たりで止めようとしているものの、全く効果がないようです。体は
關龍逢が目配せした下級の役人が大広間から出て様子を見ると、やはり、その大男が、腹を5人の兵士に押さえられつつも悠然と歩いてきています。やがてたどり着くと、身構える家臣たちに囲まれながら、大男は叫びます。
「俺は
「暗雲だと?ここには雲ひとつないはずだ」
「俺には見える。この夏という国に黒い雲がかかっているのだ。だがそれを除くことはできる。この鈴を、王の身につけさせよ」
そう言って、白睦真人は片手に持っていた銀色の鈴を床に放り投げました。それは床に落ちてしばらくたっても、ちりんちりんとひとりでに鳴っているような奇妙で気味の悪いものでした。
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