第180話 真人の鈴
その翌日になっても翌々日になっても
「陛下を呼び出したいが、我々が後宮に行くのはあまりに畏れ多い」
「陛下が連日出席なさらないのは、国家の非常時ではないか」
「それは言いすぎだが、次はいつ出席するのだろうか‥‥」
家臣たちがそろって
「確かに今はよくない状態だが、5年前にも1ヶ月ほど出席しない事があった。それくらいは気長に待とうではないか」
「でも竜が襲撃してきた直後ですよ?」
「直後といっても4ヶ月以上前だろう。竜は建物や民間人をほとんど攻撃しなかったので
「ごもっともでございます」
家臣たちは首をかしげながらも、最終的には關龍逢の言う通り、朝廷のあるはずだった日に集まっては解散を繰り返します。
◆ ◆ ◆
一方の夏后履癸はというと、その日も未明まで
「陛下のいじわる。わらわはずっと目覚めを待っていたのじゃ」
「お前は元気があるな。わしが食事してからでもよいか」
「うむ、早く食べてくれ」
妺喜と一緒に服を着て、キスして抱き合ってからベッドから下りると、夏后履癸は部屋中央のテーブルの椅子に座ります。そして机を叩き、使用人を呼び出して食事を持ってくるよう言います。
使用人が姿を消したあたりで、妺喜が尋ねます。
「のう、そろそろお勤めの日か?」
それはいかにも寂しけで、心細さを感じさせる表情でした。
「そい、そうだ。明日にはそろそろ朝廷に行かねばならぬ」
「じゃが、わらわは寂しいぞ」
「お前も朝廷に来ればいいだろう」
「じゃが人前では陛下と遊べぬ」
そう言って妺喜は、漢服のえりを引っ張って、裸をちらっと見せます。夏后履癸は「ううむ‥」とうなったあと、10秒後には「‥‥いや、行かねばならぬ」と首を振ります。
「
そう言って夏后履癸が部屋を出ていって一人になった妺喜は、舌打ちします。まだ理性が残っていたのか。あんなグズにも理性というものが存在したのか。予定を早めて、頭を壊すペースを上げるか?いや、
◆ ◆ ◆
翌日、妺喜に腕を抱かれながらやっとこさ朝廷に出席した夏后履癸に、關龍逢は当然のように話しかけます。
「おはようございます、陛下。ゆうべはお楽しみのようでしたな」
「關龍逢か」
「いろいろ言いたいことはございますが陛下、残務がたまっておりますぞ」
夏后履癸が、大きな椅子の代わりに置かれているベッドに座ります。そしていくらか家臣の言うことを聞きながら残務を整理していますが、さすがに連日妺喜と遊んでいたことを思い出して大きなあくびをかきます。すでにそばに妺喜がいるのですが、ここで全裸になって遊び始めるわけにもいきません。やれやれと自分の肩を叩くと、妺喜が後ろに回ってもんでくれます。そうやって大きくため息をついたところで、ふと妙な音に気づきます。
「これは何の音だ?誰か鈴でも持っているのか?」
「あっ」
家臣の1人である
「お前は確か‥‥」
「楽景でございます。この鈴は先日ここに参った真人から授かったものです。ひとりでに鳴るのでございます」
「真人が?ここに来たのか?この大広間に?」
「はい」
「なぜそれを早く言わぬ」
気分転換のいいネタが見つかったとばかりに、夏后履癸がその話題に食いつきます。
「その鈴を見せてみろ」
「はい」
そうやって楽景が歩いてきますが‥‥楽景が近づいてくるたび、夏后履癸のすぐ後ろにいる妺喜が「あああっ!!」と両耳を塞ぎます。
「どうした?」
「うるさいのじゃ‥耳が、耳が痛いのじゃ」
「そうか?わしにはそんなに大きい音だとは思わぬが。普通の鈴と同じくらい些細な音だ。お前は耳が過敏なのだろうか?」
「ちが、違うのじゃ‥鈴の音が大きいのじゃ‥‥」
妺喜が夏后履癸を背中から思いっきりきつく抱いて、苦しそうにうなっているのを見て、夏后履癸はまだまだ距離のある楽景に怒鳴りつけます。
「おい、それは真人からもらったと言ったな?」
「はい」
「どこのどいつだ」
「
「そいつは何と言った」
「この
まずい。それを聞いたときの妺喜は、ひとたびの焦燥を感じます。いけない、やはり今すぐ夏后履癸を洗脳すべきだ。だがいきなり
「どうした、妺喜」
「‥‥琬琰のことは覚えておるか?10年も付き添いながら、ついに子供を作ることができなかった。そして今、陛下とわらわの結びつきを妨害しようとしている者がおるのじゃ。陛下の貴重な子供を増やしてはならぬと考えておる者がいるのじゃ。すなわち、この楽景が犯人ではなかろうか」
「ま、待ってください。陛下。真人が来られたのは、ここにいる皆が覚えております。そしてこの鈴も、まさにその真人からもらったものでございます」
「それでは、なぜ数ある家臣の中で楽景がそれを持っていたのか?別に關龍逢や
「い、いえ、たまたま真人の近くにいた私がこれを拾っただけでございます」
妺喜と楽景の応酬に、家臣たちは首を振りますが夏后履癸だけはうなずきながら聞いていました。そしてひとつ、大きな声で怒鳴ります。
「この者はわしの血を途絶えさせようとしたに違いない。
「お待ち下さい、陛下」
關龍逢が、それに負けないくらいの声を張り上げながら飛び出してきます。
「楽景の言う通り、真人がここに来たのはわれわれ知っておりますが、その鈴が何であるかは我々のうち誰も知りませんでした。まして楽景が知っているはずもないでしょう。本当にたまたま持っていただけです。それに、たかが鈴を持っていただけでそこまで拡大解釈することはないでしょう。それに陛下にはすでに、
「淳維がいつ死ぬかもわからぬ。
「それは屁理屈というものですぞ」
「もういい、お前にこれをやる」
そう言って夏后履癸が懐から何かを取り出したのが見えたので、關龍逢は少し慌てた素振りを見せます。
「陛下。そこまでおっしゃるのなら私はもう何も言いません」
「そうか」
そう返して、夏后履癸は手をふところから離します。兵士に引っ張られる楽景に「關龍逢様!」と何度も叫ばれますが、關龍逢はひたすら目を閉じて天井を仰いでいました。
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