第181話 風兄弟の処刑(1)
「お気持ちがすぐれないのでしょうか?」
リビングのソファーに座って本を読んでいながらも不機嫌そうな顔をしていたのを、子供に見透かされます。關龍逢は「ああ‥‥」と、本から視線をうつさないまま、力なく笑いました。
と思っていると来客があったようです。使用人に呼び出されて客間に行ってみれば、そこにいたのは
「おう、誰かと思えば岐倜か」
「はい。平素はお世話になっております」
「堅苦しい礼はなしだ、座ってくれ」
「はい」
「それで、今日はどうしたんだ?ああ、これは
「ありがたく頂戴いたします」
その、果物シャムが乗ったようなパイを一口二口食べ、紅茶を飲んだところで、岐倜が切り出します。
「
「ああ、あの陛下のそばにいる美しい姫のことか。別の男だったら、さそ幸せだったのにな」
「妺喜様の親御様はすでに亡くなったこともご存知ですか?」
「ああ」
「どこで亡くなったかもご存知ですか?」
「ああ」
關龍逢はテーブルに肘をつきながら、うんうんとうなずきます。
「妺喜様の親は、牢獄の中で、妺喜様の目の前で亡くなりました。いくらあれが自殺だろうと、妺喜様にとっては
「ああ。それが敗軍の将というものだ。たとえ許されようが、命は最初から無いものと同じだったのだろう」
「親を亡くした妺喜様を、陛下のおそばに置くべきではありません」
ちょうど紅茶を飲もうとしていた關龍逢は、ぴたりと止まって、少ししてから紅茶をテーブルに置きます。
「
「それは、琬琰の親は琬琰を担保に命を許されたからです。もっとも、早死にはしましたが」
關龍逢は、テーブルに置き終わった紅茶のカップからまだ手を離さず、ゆっくり窓の方を向いて、何か目に見えないものを睨むように「うーん」と言って固まります。
「‥‥確かにそのとおりだ。岐倜の言うとおりだ。
思えば、妺喜がここに来てから立て続けに何度も誰かが
◆ ◆ ◆
「これだけ朝廷のない日が続くと、政策が進まない」
「われわれで直接後宮を訪問して、陛下を説得するしか無い」
「しかし陛下は妺喜様とお遊びになっておいでだ。琬琰様が来られたばかりの時はよく覚えていないが」
「陛下がお遊びになっている最中に直談判した
「しょうがない、はじめは手紙をお出しするのが無難だろう」
そこまで話していたところで、1人が手を挙げます。
「私も連日父上を説得しているが、上の空だ。しかし今夜は強めに言っておこう。ついでに手紙があれば渡しておこう」
「ありがとうございます」
そこまで話していたところで、大広間に血相を変えた男が2人駆け込んできました。
「陛下、陛下は‥‥今日もおられませんか」
「待て、どうしたんだ」
夏后淳維が呼び止めると、2人は顔を見合わせた後、夏后淳維に話します。
「
「具体的には何が起きるんだ?」
「分かりません。ただ、国難の元凶は陛下のすぐおそばにおられるとしか‥‥」
「陛下のおそばに?なにか悪い気でもあるのだろうか。
「これは緊急の用件でございます。我々は今すぐにでも陛下に上奏し、陛下の身の回りを清めなければいけません」
「ふうむ」
夏后淳維は腕を組みます。
「分かった、今日の夜に時間を作ってみよう。その時に来なさい」
「はい、大変ありがたく存じます」
2人はこれでもかというほど頭を深く下げ、そこを後にしました。
◆ ◆ ◆
ここまで慌てるのですから、どんな卜いの結果が出たのでしょうか。夏后淳維はそう思いつつ、後宮に帰ると、部屋のドアを軽くノックします。やっぱり思った通り返事がないので、夏后淳維はドアに耳を当ててみます。中では、男と女の組み合わせでしかできないような遊びから出る水の音と、楽しそうにあははと笑っている声が聞こえてきます。これはもう、遊びが一通り終わるのを待っていないと話を聞いてくれないでしょう。かといって、あの2人は遊びが終わるとすぐ寝ます。部屋に戻って1時間に1回尋ねるようなことをすると、2人はもうすでに寝てしまっているでしょう。夏后淳維はため息をつくと、ドアのそばの壁にもたれます。すぐに使用人が来て、「私が見ましょうか」と尋ねます。夏后淳維は「ああ、頼む」と言って、自分の部屋へ歩いていきます。
妺喜が来てから、これももう日常茶飯事のようになっていました。
薄暗くなったところで、使用人から呼び出しがかかります。駆けつけてみると、その異臭漂う部屋には、漢服を崩して上半身を露出した状態の夏后履癸が、テーブルの椅子に座って不機嫌そうにしていました。その隣には妺喜がしっかり座っています。
「失礼します」
と言って夏后淳維は部屋に入ろうとしましたが、夏后履癸は蹴散らすように怒鳴ります。
「入らなくていい。そこに立ったまま手短に話してくれ。わしたちは忙しいのだ」
「‥‥風䅵様、風普様がお見えになっています。緊急の用でございます」
「なんだ、あの2人か。また戯言でも聞けるのだろうな。余興にはいい、通せ」
「はい」
夏后淳維の手引で、2人が部屋の入り口近くで
「陛下、申しあげます。
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