第178話 礼終の死(2)
「陛下は今、情事にふけっておられます。私どもが取り付きますので、義父様は客間でお待ちになってください」
「うるさい。わしは王の
「それはそうですが、あくまで権力は陛下のほうにあり‥‥」
終遷はそれに返事もせずに勢いよくドアを開けます。部屋の中ではやっぱり、夏后履癸が
「何だ?」
さすがに終遷に背を向けて身をかがめる妺喜、そして不機嫌そうに怒鳴る夏后履癸をおそれることなく、終遷は言いました。
「后の使用人が何日も拷問にかかっているというのに、お前は平気でそんなことができるのだな?」
「うるさい。押しかけてきたかと思えば用はそれだけか?くだらぬ」
「そのようなことはない。今お前らがここで楽しんでいる間にも、お前らのせいで苦しみ死にそうな人がいるのだ」
たとえ取り調べのための拷問だとしても、ありもしない罪を認めるまで延々と拷問が終わらないことも多く、一度でも庭師が罪を認めるようなことがあればその瞬間に
「こやつは焦っておるのじゃ。礼終お連れの庭師がわらわを殺すための武器を所持していた
「なにっ、そんな取り調べがあったのか。なるほどのう。わざわざ
夏后履癸の判断はいつもに増して速いものでした。科学の発達した現代と異なり、状況証拠だけで簡単に人を罰していた時代です。礼終の部屋は取り調べられ、『
王の
◆ ◆ ◆
「拷問が長引いたことで多少予定は狂ったが、まあいいじゃろう」
妺喜は夏后履癸がちょっとした用事で後宮を離れている間に、自分の部屋でノートに文字を書いていました。
厄介な
この世界で王朝を維持するのは何かというと、血で繋がった一族による世襲といえばそうなのですが、実をいうと徳という単位で区切ります。夏は
しかし暴政だけなら、実は
しかし諸侯が反乱をするにしても、夏の軍事力はまだまだ強いです。諸侯がばらばらに夏を攻めていては、きっと負けるでしょう。誰かがリーダーとなって、諸侯をまとめなければいけません。
妺喜がそこまで考えていたところで、ドアのノックがします。もう夏后履癸が帰ってきたかと思えばどうやらそうではないようです。
「妺喜様、
「‥‥うむ」
妺喜は気まずそうに、使用人が部屋から出ていったのを確認してから、受け取った竹簡を開きます。妺喜も、自分のやっていることに自覚はありました。それをなだめるような内容かと思っていたら、どうやら違うようです。そもそも一連の事件の黒幕が妺喜であることは、まだ誰にもばれていないはずです。
「‥‥
それは、子履の母であり商伯である
すでに外は春となっており、新緑が芽吹き、小鳥のさえすりが聞こえる季節になっていました。学園はとっくに始まっているでしょうが、親が死んだのなら子履、ついでに伊摯も退学しなければいけないでしょう。
「‥‥あっ」
そこで妺喜は思い出します。子履が、
「わずかな可能性に賭けるのも、悪くはないのう」
夏を滅ぼす諸侯たちをまとめあげるリーダーに、伝説といわれる光の魔法の使い手である子履がもっともふさわしいでしょう。そして禹が光の魔法の使い手だったところから見るに、次の王朝を立てるのももしかしたら子履かもしれません。
子履が王となって夏を滅ぼして新しい王朝を立て、中原を直轄し、諸侯をまとめあげるリーダーになる。伊摯や
筋書きは決まりました。妺喜はふうとため息をついて、その竹簡を丸めて自分の頬に当てます。ひんやりと、そして暖かいぬくもりを感じました。妺喜はわずかに「さよなら」とつぶやいたあと、その竹簡を机に叩きつけて使用人を呼びます。
やってきた使用人に、妺喜は竹簡を放り投げます。
「それはわらわを不快にさせる内容であった。燃やしてくれ」
「はい」
使用人がそれを庭で燃やすのを、妺喜は窓越しに眺めていました。妺喜の口は引き締まっていましたが、その目からは、ぼろぼろと涙が溢れていました。
「わらわはこれから悪魔にならねばならぬ。許して欲しいとは言わない。わらわもろとも、夏を燃やしてくれ」
その妺喜が握りしめる手には、残忍ながらも悲壮な決意が握られていました。
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