第219話 なぜか料理することになりました
「これで全員‥‥みたいですか」
「まだ受付嬢が残っていますが‥‥客の誘導はお願いしておきましょう」
あたしと
「ここから客を出すのを手伝ってもらえますか?」
「ええ」
◆ ◆ ◆
30分くらい経ってひととおり作業を終わらせると、
「私はあの男たちがこの肆を仕切るようになってから2ヶ月ほどキッチンに入れてもらえませんでしたが、そんなことになってるとは思いませんでした」
「そうですか‥‥」
「私もあのフルーツはまかないとして毎日頂いていましたが、腐っているなんて思いもよらず」
「そうでしょうね」
まあ、人の肉を切るなんてとても女には言えないことですよね。あたしも子履も、あのフルーツの原材料についてまだ何も言っていません。あの4人は腐った肉を魔法でフルーツに変えて出していた、くらいのことしか言っていません。それにしても一体何が目的だったのでしょうか。
すると、うなだれていた女性はいきなり顔を上げました。
「そんなことより、彼は無事ですか?」
「彼とは?」
「彼はこの肆のオーナーをやっていましたが、かなり借金をしていたようで、2ヶ月前のあの日借金取りとしてあの4人が現れたのです。あの4人は本当においしい料理を作りますが、代わりに私は彼と会わせてもらえなくなりました。あのキッチンの中に、4人とは別にもう1人男はいませんでしたか?」
「ああ‥‥」
その話を聞いたあたしは、とても嫌な予感がします。この女性、さっきフルーツを毎日食べてたって言ってましたね?
「あの4人が作るフルーツ料理は本当においしくて、このさびれた肆の売上も何倍にもなって‥‥今なら借金を返せていると思うんです。どうか彼を見つけてもらえませんか?」
「ぜ‥‥善処します。今日のところは故郷へ帰って休むのはどうでしょうか?」
「彼と会えるまで、私は
うわ、あたしもなんとなく気持ちは分かるんですけど、こうなったときの女って頑固なんです。彼は親と喧嘩しましたが、けっこう愛されているんですね‥‥ってそうじゃない。そんな場合じゃない。
「
「却下します」
子履がささやいてきたので、即却下しました。ていうか子履、普段おとなしいし小心者なのに何でこんなことばかり思いつくんですか。
でも本当にどうしましょう。あの左脚だけになった人間を見せるわけにはいきません。
「普段はどこで寝泊まりしていますか?」
「少し向こうの家を間借りしておりますので、そこで」
「キッチンに他に人はいなかったので、この先はあたしたちが調べます。どうぞ先にお戻りになって。お疲れのようですし?」
「ですが‥また彼がどこかに隠れているかもしれませんし‥」
女性が渋りますので、もう一度「見つかったら絶対に連れていきますから」などと話してみます。まだ何かためらいつつ「わかりました‥」と力なく言うと、とぼとぼと肆を出ていきました。
「さて、あとのことは役人に任せましょう。
「ありがとうございます、よろしくお願いしますね」
こういう短い言葉を交わしたところで、いきなりドアが開きます。さっきの女性でした。うわ、また戻ってきたんですか。そんなに彼と会いたいのでしょうか、と思っているまもなく、女性が駆け寄ってきます。
「新しい客です」
「こんな状況ですから、お断りできないですか」
「それが‥隣の国の王族なんです。どうしてもここの料理を食べたいと」
「は?」
「この肆でないとどうしても嫌だと。殴ってでも入りたがるような感じでした」
さすがに行列もない、かんからころりんの肆に入りたがる王族ってないですよね。とはいえ王族がここまで強く言うのですから、平民は逆らえません。それに隣の国の王族で、女を殴ろうとするくらいですから面倒な性格をしているのでしょう。こんなことで国際問題に発展させたくないです。いやいや、やっぱり毅然とした態度を取るべきですよ。そう思って子履と顔を見合わせますが‥‥子履は小さくこくんとうなずいていました。ああ、そうでした、子履は戦争や争いが大嫌いでした。仕方ありません、まあ料理して追い返す程度のことですし。腹をくぐります。
「あたし、料理します。多分食材が足りないと思うので、買い物に行ってもらっていいですか」
「はい、もちろんです」
女性にいくつか注文をつけてお金を出すと、すぐ肆を出ていきました。それを見届けて、子履が尋ねてきます。
「本当に作るのですか?」
「はい。それにあの人、隣の国ってことは話にあった
「絶対に会わないでください。姿を見せないでください。王命です」
「え、どうしてですか?」
「どうしてもです!」
子履が唇をとがらせるので、あたしは気まずそうにキッチンへ歩きますが‥ひとつ思い出します。
「その王族がいらっしゃったら、応対はどなたがするのでしょうか?」
「私がします」
「えっ、大丈夫ですか?」
「これでも前世でバイトしたことがあるのですよ。長くは続きませんでしたが」
え、そんなことあったっけ?
「あのときのネックレスのこと、覚えてますか?」
「‥‥‥‥覚えてません」
若干微笑んでいた子履は急に寂しけな表情に切り替わり、「着替えてきます」とくるりと回って、事務室らしきドアを開けて消えてしまいます。そっか‥‥子履は前世の記憶が鮮明ですが、あたしはちょっとしか覚えてないんですよね。生活や習慣、学校で学んだことの記憶はあるのに、
‥‥いけない。あたしもキッチンの掃除があるのでした。さすがに人の肉の乗ったまな板はそのままでは使えませんから、丁寧に洗い落としておきませんと。と思ってキッチンに入りましたが‥‥あれ?何か違和感がします。ああ、テーブルの上に乗っていたあの変な石がありません。あれ、ええ、落ちてもいない?一体どこに消えたんでしょう。消えるならあっちにある死体のほうにしてほしかったのに。いや、それもそれでもっと怖いか。
「どうしたっすか?」
いきなり後ろから声がしたので、あたしはぴくっと振り返ります。
「
「分かったっす」
及隶と一緒に掃除が終わる頃には、食材が届いていました。
◆ ◆ ◆
こんなところで料理するのもサイコパスだと思うんですよ。及隶にはいろいろぼかして説明しましたが、大切なところは伝わってしまったらしく、いつもは明るかった及隶も今日は一言も発しません。
「隶、怖い?休む?あたし1人だけでも作れるから」
「センパイなら、どこまでもついていくっす」
あたしは返事もできず、
「馬鈴薯をこんな薄く切って大丈夫っすか?」
「だいじょうぶだよ。そういう料理だから」
重い空気を忘れようと、鼻歌を歌いながら馬鈴薯を切っていきます。
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