第218話 変な肆を調べました

「これ、料理ですか?」とあたしは思わず言いかけましたが、すんでのところで止まりました。

頼んだのは葡萄ぶとう蜂蜜はちみつで固めたキャンディーのようなもののはずでした。まあ蜂蜜で固めるなら大丈夫だよねと思ったあたしが浅はかでした。蜂蜜そのものがすずのように真っ黒で、透き通ったものではありません。ていうかこれ錫そのものではないんでしょうか。中にある葡萄も、蜂蜜がこんな状態でもはっきり見て分かるくらい、明らかに腐って、かびのせいか、黒だったらしい葡萄が異様に青くも緑色にも光っていました。そしてやっぱり、鼻を近づけてみると異臭がします。これは人類が食べてはいけないものです。人類の敵です。火星からやってきた食べ物としか思えません。


「ねえ、様‥‥」


子履しりの手元にあるのは、アート作品でした。料理を超越した何かでした。これは食べ物ではありません。芸術作品です。繰り返します。食べ物ではなく芸術作品です。現代社会の荒廃と作者の心の乱れを的確に表現した素晴らしい芸術作品です。


「さすがにあたし、そんなものは毒見できませんよ‥‥」


一応これだけ言ってみました。子履が「そうですね、では私が」と言い出したので、あたしは慌ててその芸術作品を引っ張ります。


「履様にはこれが何に見えるのですか?」

「パフェです。少々傷んでいるようですが」

「食べられるものに見えますか?」

「思いませんね」


ようやく子履は椅子にもたれました。そしてしばし周囲を見ます。それから、自分の手元にある芸術作品をましましと眺めます。


の言っていることがわかりました」

「ですよね」

「問題は、これを食べてなぜ集団食中毒が起きないかということですね」


子履は背中を曲げて、その芸術作品を見つめます。ずっと見つめていられるものではないですよね、と思ってましたが、思った以上にじっと見つめています。


「‥私は料理は分かりません。摯、何かわかりますか?」

「あたしもさっぱり。口に入れてみたんですが、見た目通りの味でした」

「では他の人は一体何を楽しんでるんでしょうね」

「ちょっとあたし、聞いてみます」


そうやって、近くにいた適当な女性2人組を見つけて、椅子に座ったまま声をかけてみます。


「これ、おいしいですよね」

「はい、とてもおいしいですよ。こんなみせを見つけられて光栄です」


そうか、困ったなー。適当にあしらった後、あたしはまた子履を向きます。


「確かに妙ですね。あんの魔法で催眠でもかけているのでしょうか」

「でも催眠で食中毒は防げませんよ」

「では、腐ったものを食べても食中毒にさせない魔法は」

「そんな魔法は五行のどれにも属しません」


あたしと子履はしばらくお互いを見つめ合って‥‥じきに子履が「気になりますか?」と聞きます。あたしが「気になります」と答えると、子履は立ち上がります。


「じゃあ。行きましょう」

「え、どこへ?」

「地下です」

「地下?この世界に地下室なんてありましたっけ?」

「これから作るんですよ」


◆ ◆ ◆


というわけであたしと子履は今、地面の下にいます。正確に言うと、この肆のキッチンの床の下です。


「履様も王様ですから、正攻法で聞きに行けば答えてくれるでしょう」

「三年の喪の途中に外出したことがバレると、逆に私のほうが不利です」

「それは‥その通りなのですが‥‥」


だからといって地下に潜っていいのかは分からないです。あたしは土の中に潜ることは何度か経験があります。慣れがあります。それでも、こういうスパイのようなことをしたことはないので、スリルに似た恐怖を感じます。というか子履は怖くないんでしょうか。


「履様‥」

「しっ」


耳を澄ましてみると、上から話し声が聞こえます。最初は小声でしたが、あたしが上へ土をかき分けたためか、上の人が声を大きくしたためか、もしくはその両方か、少しずつはっきり聞こえてきます。


「おい、もう右脚は使っちまったか?」

「へえ、もう跡形も残ってないっすよ」

「そうか。次は左脚だな。まったく、俺らを愚弄した落とし前ももうすぐ終わりだ。あと少し、踏ん張れよ」


ん、一体何の話をしているんでしょうか。誰かが罪を犯して罰を受けているように聞こえますが、それにしては叩くとか、拷問のような悲鳴は聞こえてこないですね。


「摯、キッチンの中を見ることはできますか?」


土の壁に耳を当てていた子履が尋ねてきます。


「あたしもさすがにそれは無理です」

「あそこに床のひび割れがあるのでもう少し薄くしたいのですが、周囲の土を補強できますか?」

「やってみます、履様も手伝ってください」


なんだかんだで、最終的にはキッチンの南の壁が分厚く、土をレンガが挟むような構造をしていることに気づきましたので、そこに潜り上がってレンガの隙間から中を覗きます。


「‥‥骸骨がありますね」

「ありますね」

「骸骨の左脚に肉がついてますね」

「ついてますね」


あっ、屈強そうな男が1人歩いてきています。そのまま、ナイフで左脚を削って‥‥うわっ。その肉片‥‥言葉で表現したくないですが肉片を持って、それをテーブルの上にあるなにか奇妙な石‥‥虹色のように小さく光っている石の上に置きます。するとそれが変形して、まるで食べ物のように‥‥うわ、ていうかもろ食べ物です。果物です。見た目は明らかに腐っています。


「表に出されている料理は‥人間の肉片だったのですね」

「はっきり言わないでください」


あたし、それを、すぐ吐いたとはいえ一度は口に入れてるんです。あまり言わないでください。多分数日は夢に出ます。嫌な夢を見ないようにするために、周囲の目をかいくぐって小屋に忍び込んで子履と一緒に寝なければいけなくなります。一刻も早く話をそらしたいです。


「あいつら、どうやって退治しますか?」

「官吏にこの肆を調べさせましょう」

「でも、この肆の客は誰も腐っていることに気づいてないですよ。官吏が果たしてそれに気付けるのでしょうか?」

「そもそも私達はなぜ気づいたのかという問題もありますね。腐っていることに気づくのに何か条件があるのでしょうか」


などと子履と小声で話している間にも、2人の男が次々とフルーツの乗った小皿を作って、運び出します。


「いったん外に出てどうするか考えましょうか」

「そうですね」


と話していたら、また別の男2人が奥の部屋から出てきます。


の国の貴族が来るのは本当か?」

「本当です。この肆の噂を聞きつけてしまったようで‥‥」

「あの賢者の石で作ったものは、魔力がある奴ほど腐っているように見えるし、食べると体調をくずすんだ。とても黄帝の子孫に出せるものではないし、出したところで何を言われるか。非常にまずい。追い返せないだろうか」


ん、虞の国?虞といえば、姚不憺ようふたんの出身地でもありますね。姚不憺って確か虞の王族でしたね。と思ってそばの子履を見てみると‥‥表情が明らかに不快です。歯を食いしばって、なにかを必死で我慢しているように見えます。


「それが、相手は王族らしくて‥‥」

「は?公子なのか?」

しゅく(※三男または三女)らしいのですぜ。食事が好きで、商に来たついでに腕のきく料理人と内々的に会うご予定なのだとか。その一環として、どうしてもこの肆の料理がご所望のようです」

「だめですーーー!!!」


とたんに、子履が手に魔力を込めてレンガの壁を粉々に割り尽くしてしまいます。えええええっ!?何がだめなんですか!?ていうか待って。

あたしと子履の体を隠す壁がなくなって、全身が一気にあらわになってしまいます。


「お前ら、どこから入った!?」


男2人が刃物を構えます。どうのこうの言っている場合ではありません。あたしが短く呪文を唱えると、床に敷き詰められた石を割って、地下の土が一気に小さい竜のように飛び上がります。男たちは一気に激しく天井に突き上げられ、床に落ちます。気を失っているようでした。


「器用ですね。惚れました」

「毎日同じこと言ってますね」


学園で習ったことの応用です。あの2人の先生は教え方が上手いようで、このようなとっさの場面でも呪文が出てきました。と、そこへ料理を運び終えた2人の男が戻ってきたので、同様に気絶させておきました。

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