第217話 子履とデートしました
あえて大きめの帽子をかぶって、平民らしい質素な衣装に身を包んだ
それでも‥なにげに子履と2人きりで出かけるのは、この世界では初めてかもしれない‥‥などと思っていたあたしは、
「ここっすよ」
と、いつの間にか向こうまで行っていた及隶が、例の
「ああ、そこはダメってさっき言ったでしょ」
「ちぇー」
及隶が頬を膨らますのを見ると、事情を知らない子履が尋ねてきます。
「あそこで何があったのですか?」
「ああ‥‥あそこは腐った果物を出してくるんです」
「でも行列ができてますね、繁盛しているようですが」
「それがあたしには分からないのです」
「ふむ‥」
子履はしばらく立ち止まってじっとその肆を眺めていましたが、「入りましょう」といいました。
「え‥腐った果物が出てきますよ?」
「だからこそです。私はこの国の王です。自分の国のことは知っておかないといけません」
「でも、履様の体にさわるようなことがあれば‥」
「問題はありません。前情報はありますし、
帽子で目は隠れていますが、口はしっかり微笑んでいます。
ええー。子履って何でこういう時に限って真面目なんでしょうか。確かに朝廷のときも真面目だったんですが。あたしは及隶を持ち上げて、「絶対に食べちゃだめだからね」と言っておいてから、子履と一緒に並びます。
「そういえば」
と、今まで聞きそびれていたことを聞いてみます。
「履様はどうやって土の中を潜ってきたのですか?」
「はい。
「つまり?」
「摯に会いたいと願っていたら、天帝が土を掘る魔法を授けてくださいました」
あたしはたらこのような目でじっと子履を見つめていました。
「履様」
「はい」
「確か
「それとこれとは別です。摯のためなら全力を尽くします。たとえそれが禁断の力でも、世界の滅亡と引き換えてでも」
「ええ‥‥」
これ、どう返事すればいいんですか?ひどい別腹を見ましたよ。あたしはわざと子履に聞こえるように、及隶の耳に大きめの声でささやきます。
「隶はぶれる大人になっちゃだめだよ」
「何言ってるかわかんないっす」
うわ、及隶生意気な顔してますよ。あたしを見てにたにた笑ってますよ。両方の頬を引っ張ります。ぴーんと伸びます。まったく、及隶の頬って何でこんなに伸びるんでしょうね。
「小屋にあった穴も、その魔法の練習でしたか」
「見つかってましたか。はい。そのための穴です。いつでもどこでも摯に会いたいと思った時に会えるように♡」
「せめて他の人に見つからないようにしてくださいね‥‥」
子履がこんなことをする人だとは思ってませんでした。いや、ちょっと予感はしてたけど。あたしと子履が
◆ ◆ ◆
二度と入らないと思っていたその肆に、もう一回入ってしまいました。子履、及隶と3人でテーブルを囲みます。
「どれにしましょう?」
と、子履がわくわくしながらメニューを開いてみます。うん、それ全部腐っているんですよ。試しに近くの席の男女を見てみますが、やっぱりその手元にあるのは見た目からして明らかに真っ黒に変色しているりんごのような何かです。真っ黒なバナナもあります。この世界にバナナなんてあるんかい。てか気付けよ。
てか、あたしが毒見するまでもないですよね?あたし数時間前に実際に食べてますし。こっそりと子履にささやきます。
「周りのテーブルにあるものを見ましたか?」
「見ていますよ。それが何か?周りの客が楽しんでいるのですから、害はないでしょう」
「食中毒とかは‥」
「衛生の管轄は下の人がやっていますが、これだけの人気店で食中毒が起こると規模も大きくなるでしょう。そのようなものは私に報告が入るはずですが、入っていませんよ」
「確かに‥‥」
確かに明らかに腐っているものをこれだけ多くの人が食べて、食中毒事件にならないのも不思議です。一体どんな魔法がかかっているのでしょうか。
「そうそう、小屋で
「索冥、会いたい時はいつでも呼んでくれって言ってましたね」
「はい。私が摯に会うために、摯が使っていたような穴を掘る魔法を習得したいと言ったら、索冥はどんな顔をしたと思いますか?」
「聞きたくないです」
索冥の名誉のためにも聞かないほうがいいですね。はい。あたしはわざとらしくメニューに視線を落とします。
「穴を掘るっていう発想、あたしの魔法から来てるんですか?」
「はい。摯と同じ属性の同じ魔法を使うことで、私の心が満たされるのです」
うわ、ストーカーだよ。触っちゃいけないタイプだよ。
あたしは前回はちょっと派手めのものを頼んでいましたが、今回は地味に地味に、フルーツをクッキーで挟んだやつを頼んでみました。子履は普通に
「こうして摯と2人でいると、前世のデートのことを思い出しますね」
「はい。あたしはあの夢のことしか知らないんですが、前世で本当に行っていたのですね」
「はい」
実はあたしと子履がデートする夢、今でも2人で一緒に寝ている時によく見るのです。やけにリアルで、中身も鮮明で、まるで本当に行ったかのようで、起きた後も記憶に残っています。でもなぜか、たとえ夢で見たのと同じことをこの世界の子履と一緒にしているとしても、まるでそれが今の人生で初めてやったことのように、子履と初めての思い出ができたかのように、新鮮な気持ちになれるのです。
「あの夢は一体何なんでしょう」
ふと、子履が横顔を見せてぼやきました。
「ええ‥‥履様がストーカーのような魔法を使って見せてるんじゃなかったんですか?」
「摯も失礼なことを言いますね。私が摯に憧れて魔法を使ったのは、穴を掘るのが初めてです。あの夢を自由に操れるような高度な魔法が使えたなら、今頃せっく‥‥仲良しをしていましたから」
今なんて言いかけました?なんて言おうとしました?ねえ?
問い詰めたかったのですが‥‥まあ、もし実際にやるとしても子履は絶対恥ずかしかって最初の数分で中止になりそうです。てかそんなことまで考えてたのかよ。あたしと2人きりでいるのはあれだけ散々恥ずかしがっていたのに、三年の喪が始まってからは急に素直になってますし。これあれですか、むっつりすけべってやつでしょうか。
「私も2人一緒に思い通りの夢を見れる魔法が使えるようになりたいです」
「絶対ならないでください」
「摯は素直ではありませんね」
「この国にストーカー規制法を導入したいですね」
「却下します」
まあ、実際に作れたとしても夢の中まで規制はできませんよね。この世界に、夢の中身を操る魔法なんてそもそも存在しないのですから。
そんなこんな話しているうちに、あたしたちの分のフルーツが運ばれてきました。
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