第73話 泰皇の神託(1)
さて次は伊水と洛水の合流地点に到着しましたが‥どうやら
「
「だから
馬車を降りて趙旻に抱きつこうとする及隶を、後ろからあたしが引っ張って止めます。趙旻も困った顔をしていましたが、さすがに及隶を抱きながら魔法を使うわけにも行かず、
「むぅぅ‥分かったっす、隶は馬車で待ってるっす!」
「それもダメだよ、子ざらいが来るかもしれないじゃん」
「わたくしが一緒に待っていましょうか?」
任仲虺が手をあげますが、そうすると及隶はまた困った顔をして、首を振ります。
「いいじゃん、
あたしも促してやりますが、及隶はまだどこか不満げにしていました。
◆ ◆ ◆
結局、及隶と任仲虺を馬車に置いて、あたし、
2つの川がYの字のように合流する地点の内側、三角形のような形をした土地には大きい平野が広がっています。昨夜読んだあの本によると、この一帯に
「でも土の魔法は、神の加護を受けると何ができるのでしょうか」
子履がふと疑問を投げかけます。趙旻も「確かに‥」と少し首を傾げていましたが、あたしは言ってみます。
「大きな穴を掘るとか、でしょうか」
「それは危険ですね、川の水が入って周辺一帯が混乱するでしょう」
「じゃあ、この土地いっぱいの土を耕して畑として使えるようにしましょうか」
「柔らかくした土に川の水が入り込んでこなければいいのですが」
「地面を盛り上げて山を作りましょう」
「盛り上げるために土を掘ったところに大量の水が入り込みます」
「じゃあ‥‥規模が大きな魔法は諦めて、ちょっと狭いですが8
「8頃もやると、趙旻の分がなくなります」
「そうでした、でしたら4頃はどうでしょうか」
「それがいいですね」
頃はこの世界で使われている面積の単位の1つで、4頃となると約730ヘクタール、正方形に換算すると1辺が約270メートルになる広さです(※時代によって大きさがかなり異なる。これは
「どうなさいましたか、趙旻様?」
「‥‥私には無理です。その土を耕す魔法ですが」
「えっ?神の御加護を受ければできると思います。あたし、御加護がなければ1頃くらいが限界ですし」
「わ、わ、私はどんなに頑張っても20
趙旻はそう言いつつ、首を振りながら何歩か下がります。ああ‥思い出しましたが、あたし、子履、任仲虺は周りより魔法のレベルが高いのでした。言われてみないと分からない程度に、当たり前のものとして日常生活に溶け込んでしまっていました。学園の
「‥大丈夫ですよ、競争ではないのですから、じゃあそうだ、趙旻様が先に魔法をお使いになりますか?それならあたしの結果を意識しなくてもいいですし」
「そ、そ、そうですね‥‥」
趙旻は足を震わせながら土地の中央まで1人で行って、呪文を唱え始めます。ピカッと何かが光りましたが、すぐ消えました。失敗みたいです。
あたしは子履よりも2つ下ですがあたしのほうが身長が高いので、趙旻の肩を持ってその場から引き離します。趙旻はしきりに「加護をもらった任仲虺さんはすごいですねぇ‥」と言っていましたから、あたしも慰めてあげます。
「お気になさらず、趙旻様もいつか似合う神が見つかりますよ」
「そうだといいですねえ‥‥」
ちょっと落ち込んでいるようでした。暦の上では
さて、次はあたしの番ですね。子履が「頑張ってください」と見送ってくれます。
あたしと泰皇の相性はいいのでしょうか。泰皇は主流ではないものの三皇とされている存在ですし、平民出身のあたしとは格が圧倒的に違うのではないでしょうか。うう、緊張してしまいます。
平民がこのように恐れ多くも神のご加護を受けようとするのは前例がないのでしょうか、務光先生は宿題を説明するときにあたしと目が合っても何も言ってきませんでした。怖ければやめるべきなのですが、何もせずにやめると先生に説明できません。
あたしは、もと趙旻が立っていた地点まで歩きます。草原や荒れ地の広がっている、ほぼ平らで遠くまで見渡せる、変哲のない地形です。あたしは深呼吸して、それから、呪文をゆっくり唱えます。
「ドゥ、ド、ベン、トン、ガン、キン、ボウ、サイ」
間違いをふせぐと言うよりは、自分や神様に確実に伝わるよう、発音にむらができないよう、声がはっきり聞き分けられるように。
あたしのまわりに、ぶわっと風が巻き起こります。つむじ風とは違う、とてもやわらかで温かい、ふわふわするような風です。
こんな風、今まで起きたことがないです。神様があたしを認めて‥‥‥‥いえ、今は詠唱に集中しましょう。
「ビン・ホウ・トウ・トン・ペイ・ボウ・イ・タイ・メイ・ギョ」
少しずつ風と光が強くなって‥あれ?体がくらっと倒れて‥違う、浮いてる。あたしの体、地面から浮いてる。
怖くなりましたが途中でやめるともっとひどいことになりそうな気がします。あたしはひたすら、必死で呪文を唱えますが‥‥それから先は記憶にありません。
◆ ◆ ◆
次に目が覚めると、あたしは夜の荒野に立っていました。
えっ、あたし夜まで寝てたんですか?と慌てました。しかしどうやらそうでもないようです。さっきまで地面にはいくばくかの草が生えていましたが、月の光が照らすこの周辺には何も生えていないようです。少し向こうには、鬱蒼としていそうな森が見えます。
「ここは‥どこだろう?」
一体何が起きたのかわかりません。あたしは頬を引っ張りますが痛いです。怖いですが一歩一歩、前へ踏み出します。
しばらく歩いていると、地面に何か大きいものが転がっているのが視界に入りました。岩でしょうかと思って最初は通り過ぎようとしましたが、近づいてその形がはっきり見えてくるにつれ、人が着るような服を着ているのに気づきました。ですがそれには脚がありません。腕もありません。頭はあります。人形かなにかでしょうか。
あたしは足を止め、全身を震わせて硬直しました。
その人形の周りには、あるはずのない大量の血が広がっていました。
あたしはそれに駆け寄ります。
「‥‥っ、
腕も脚もないだけで、それは紛れもなく子履でした。子履は目をうつろにして、あたしと視線をあわせず、血を流してぽっかり開いた口は何も訴えていませんでした。
「履様!履様、しっかりしてください!」
その胸を掴んで、肩を掴んで、あたしは叫びます。
なぜ子履がこんな姿になっているか全くわかりません。生きているなら、まず起こして話を聞きたい一心でした。
そのとき、突然後ろから轟音がします。振り返ると、何か大きい建物が真っ赤に燃えていました。
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