第74話 泰皇の神託(2)
「あれは‥」
燃えているのは、
あたしは子履を抱きしめながら、その大きな火を見るしかできませんでした。
「
どこかから声がします。あたしは慌てて子履の顔を見ましたが、その口は微動たにしていません。
「姒摯」
性別は女のようですが、明らかに子履の声ではありません。あたしは子履を持ち上げて立ち上がり、周りの様子を見ます。しかし、あの激しく燃える屋敷以外は、暗闇の中でかろうじて見える荒れ地と森があるだけで、他は何も見えません。
でも声は、屋敷の反対側から聞こえてきたような気がします。火の音はあるはずですが、不思議とその声は透き通ったようによく聞こえます。あたしがそこを向くと、その誰かは話を続けました。
「お前には
あたしは呆然としていましたが、少し経つと現状に頭が追いついてきたようです。それまで声も待ってくれていたのでしょうか。あたしは聞き返します。
「引導を渡すというのは‥夏を滅ぼすということですか?」
「そうだ」
「戦争とか‥じゃないですよね?」
「手段は任せるが、結局行き着く答えは一つしかないだろう」
あたしは子履を強く抱きしめて、唇を噛みます。戦争は絶対にせず、逆に夏を永えらせることは、あたしと子履がしっかりと決めたことです。それを変えろだなんて。
「‥戦争は多くの人命を奪います。それをしろということですか?あなたは悪魔か何かですか?」
「この世界とは相容れない考えだな。さすが第五世界から転生してきただけのことはある」
この人‥人なのでしょうか?あたしが転生してきたことまで知っているなんて。
「名乗っておこう。わたしは
「嘘です、神様が戦争を望むだなんて!」
「確かに戦争はよくないことだ。お前の世界でもそれが常識だった。それはこの世界でも変わらない。姒文命は帝
「‥‥‥‥」
「だが、その前の
「‥‥‥‥っ」
「平和とは
話が難しく言っている意味は半分しか分かりませんでしたが、戦争をしてもしなくてもどっちみち茨の道だと、この神様は言いたいのでしょうか。確かに
「今の夏王さまは確かに人の道を外れています。しかしそれは宮中のことです。政治は
「確かに今はそうだ。家臣によって夏は持ちこたえられている。だがそれは、あるきっかけによって今から1年も経たないうちに崩壊するだろう」
「そんな‥‥」
「ここ数年の冷害にありながら多くの人民はあえて血を流して死に、多くの罪なき国が向こう数年の間に滅ぶ。それは誰にも止められない。いくつもの国の消滅と、ただ1つの国を攻め滅ぼすこと、どちらがお前の望みを満たすかはそのうち分かるだろう」
静寂のうちに、あたしの背後の建物が轟々と燃える音だけが響きます。あの建物も、どこかの国の王族が住んでいた家だというのでしょうか。そしてその矛先は、今あたしの手の中にいる子履にも。
泰皇の言っていることのどこまでが本当なのか分かりません。仮にも神様は戦争を止め、人身を癒やすことが役目ではないでしょうか。泰皇が本当に神様なのか分からなくなってきます。
「‥‥履様は、戦争をせず夏を滅ぼさずに存続させる方法を考えているはずです。あたしはそれに賭けます」
「たとえ子履がそのような姿になっても?」
その泰皇の即答に、あたしは呆然となり子履を落としそうになりますが、しっかり抱きしめます。匂いも味もしませんでした。ただただ子履という存在があたしから離れていくのがとても怖かったのです。
「‥お前は義理の親に育てられたというが、先祖を知るものが
それ以降、泰皇の声はしませんでした。あたしはその場にうずくまって、子履をありったけの力で強く抱きしめて、涙を流し続けていました。
◆ ◆ ◆
「‥‥ですか?大丈夫ですか?」
自分の体が激しく揺らされるような感じに、あたしは目を開きます。とたんに眩しさで思わず顔を手で覆いますが、少しずつ目を慣らして手をのけて見上げてみると、子履でした。
「‥履様、腕はついてますか?」
「何を言ってるのですか。倒れたまま起き上がらないから心配してましたよ」
「ああ‥」
あたし、夢を見ていたらしいです。ああなんだ、あれはただの夢だったんですね‥‥戦争も、だるまのようになった子履も、あの激しく燃える屋敷もなかったのですね。ただの平凡な草原の中央に、あたしは戻っていました。
でも頭がうまいように回転しません。あたしは子履の助けを借りながら、ふらふらと立ち上がります。そばには
「‥‥馬車で休みましょう」
「はい」
あたしは馬車に戻るべく、一歩踏み出します。とたんに、すかっと足が地面に埋もれる感じがします。
「危ないですから気をつけてくださいね」
えっ?えっ?ここ、ただの草原だったのでしょう?地面、こんなにやわらかくなかったですよね?あたしはふとあたりを見回して、絶句しました。
草が生えていると思っていたのは、あたしの記憶や思い込みからくる勘違いだったのでしょうか‥‥‥‥あたしの周りにあったのは、4
あたしはまた、子履の肩をすり抜けて、へなへなと座り込んでしまいます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます