第72話 神の加護を受けに行きました(2)

「何をしてるっすか?」


及隶きゅうたいがベッドから降りて、ねむたそうに目をこすりながらあたしたちのテーブルに近づきます。


「宿題だよ」

「何の宿題っすか?の神を探してるっすか?」


そう言って及隶は、ためらいもなくあたしと趙旻ちょうびんの間に割って入ります。


「こら、たい!趙旻様はそう王の側近だから失礼のないようにしなさい!」

「堅苦しいのは大丈夫ですよ」

「ですが‥‥」


趙旻本人にこう答えられてしまっては止めようがありません。あたしは強く引き止められず、及隶が本をばらばらめくってるのを見ていました。

及隶、あたしと他の貴族の会話に割って入るようなことは子履しり任仲虺じんちゅうきなど顔なじみを除いてほとんどないはずなのですが、ほぼ初対面に近いはずの趙旻との会話に割って入ってくるのがどうにも初々しくて、妙に引っかかるものがありました。


「隶、神様の話は好きっすよ」

「ああ‥‥うん、調子に乗らないで、ご迷惑にならないようにね」

「わかったっす」


この本はあまり専門知識を持たない人に向けたものらしく、神様の絵とその説明が大きめの字で簡潔に書かれていました。中世ヨーロッパ風の建物の中で縦書きで筆書きの文章を読むのもなんとなく違和感があるものです。及隶は絵の1つ1つを指差して、「面白い神っすね」「隶の母上がこの神様の話をしてたっすよ」などと、趙旻に話しかけていました。趙旻も「でもこれは斟鄩しんしんからは遠いですね」「土の神でも異端な方ですから、優先順位は下げましょうか」などとメモをとっています。ま、まあ、これもこれで調査が進んでいるということなのでしょうか‥‥?幼女だから何でも許されるというやつでしょうか?


「‥‥あっ、この神様、強そうっすよ」


及隶がふと指差したページには、蛇のような胴体と、とても人のものとは思えない獣のような顔をした神の絵が描かれていました。説明を読んでみても、あまり聞いたことのないようなものが書かれていました。


「これは泰皇たいこう様ですね。三皇は伏羲ふくぎ女媧じょか神農しんのうとするのが一般的ですが、一方で天皇てんこう(※日本の天皇てんのうとは異なる)、地皇ちこう、泰皇とする説もあり、これはその1つです」


趙旻がちらちらと説明文を読みながら、及隶に説明します。へえ、いろんな説があるのですね、とあたしは横から本を覗き込みますが、及隶がいきなりテーブルに上半身を突っ伏せたので、あたしは唇を噛みながら胴体を起こします。


「泰皇ってどこにいるっすか?」

「ええと、斟鄩の郊外です。ここから近いみたいですね」


◆ ◆ ◆


翌日、あたし、趙旻のほか、子履、任仲虺、及隶の5人は馬車に揺られて、伊水いすい洛水らくすい(※ともに川の名前)が合流する地点に向かっていました。2つの川は斟鄩しんしんの南北を挟むように流れますが、斟鄩の東の方でY字を描くように合流します。この合流した川は、そのあと(※黄河こうが)に注ぎます。

馬車は斟鄩の街中を進んでいきますが、さすがに合流地点まではかなり距離があります。郊外に出て、まばらな民家と大量の田園が見えてきました。


「わたくしはしゅうでダメでしたが、べいでもう一度チャレンジします。さんと趙旻さんは、泰皇ですね」

「はい、成り行きでそうなりました」


あたしは脚の上に座らせた及隶のほっぺたを軽く引っ張りながら言います。及隶が「痛いっすよ」と言ってますがおかまいなしです。昨日はでしゃばりすぎでしたよ。

あたしの隣りに座っているのは、子履ではなく趙旻です。趙旻は及隶の頭をなでていました。


「この子、かわいいですね。私がお守りしても?」

「いえ、趙旻様にご面倒をおかけするわけにはまいりません」

「大丈夫ですよ、子守りには慣れてますから」

「ああ‥‥」


ぼろっと言っちゃっても何も気にせず平然としている様子の趙旻を見て、あたしは苦笑いします。ま、まあ、そうおっしゃるなら仕方ないでしょうか‥‥。及隶は「わあい」と言いながら趙旻のほうにうつって、頭を撫でられながら頬を胸にこすりつけて甘えています。うん、こんなこともあろうかと事前に体を水洗いしておいてよかったです。及隶は冷たい冷たいって叫んでたんですけどね。服は趙旻が用意したものを着ています。

及隶を抱いて頭を撫でる手付きが妙に慣れているように見えます。これもうあれですよ。子守り上手です。


「あなたがこの子を学園にお連れになるので、以前から気になってたんですよ」

「恐縮でございます」

「うふふ、良い子はみんなかわいいですよ〜月が出て〜風もなく〜木の葉が窓にかかって〜(※現代中国の東北地方/朝鮮半島に近い部分に伝わる子守唄)」


及隶が趙旻にメロメロピーになってとろけさせた顔が見えます。あたしには一度も見せたことのない顔です。あたしはふんと鼻を鳴らして、窓に肘をくっつけて頬杖をして、外の景色を眺めます。

任仲虺もしばらく苦笑いしていましたが、しきに子履に尋ねます。


「‥ところでさんは、神様をお決めになりましたか?」

「はい、私は索冥さくめいを試してみようかと思います」


索冥は麒麟きりんという神獣の種類の一つです。五行思想になぞらえた五獣という分類ではきんになり、子履の使う金属性の魔法とも一致します。


「索冥は本来はもう少し離れた地にいるのですが、それを祀っている祠が今回の目的地付近にあるので、それを使います」


子履はそう付け足しました。


◆ ◆ ◆


そのあと相談して、䫤、泰皇、索冥の順で行くことになりました。最初は任仲虺の番です。Y字のように合流する地点のいくらか前のところで、馬車は止まりました。

馬車から降りたあたしたちの手前を流れている川は、まだ合流する前の洛水です。


務光むこう先生は大きなボールを作っていましたね」


川のへりまで歩く途中、あたしが声をかけますが、任仲虺は返事しませんでした。すぐに趙旻が、及隶を赤ちゃんのように抱きかかえながらあたしに説明します。


「集中してますから、静かに」

「はい」


まだ魔法を使う場所でもないのにすでに集中を始めています。この前の失敗で不安になっているのでしょうか、今はそっとしたほうがよさそうです。

あたしたちが立ち止まったところで、任仲虺は何歩か先に進み出て、川のへりから水を見下ろします。この周辺の川は舗装されておらず、土を大きくえぐったような地形のところを川が流れています。


「ウー、チャー、ガン」


記憶をなぞるように、片言のような呪文を任仲虺は繰り出します。やはり、今回は絶対に成功させるという執念が見えます。

呪文を続ける任仲虺が川に向けた両手から大きく青い光が出て、それが爆発したかのように一気に広がります。ぶわっと大きな風が巻き起こります。光と風で前が見えません。あたしは思わず目をつむりましたが、次に開いたときには風もおさまっていて‥‥任仲虺の前に、務光先生があの時作っていたような巨大なボールができていました。


「力が‥わいてきます!」


任仲虺は興奮気味に、ボールを眺めながら叫んでいました。‥‥が、その次の瞬間にボールはぷしゃっと爆発するように潰れ、任仲虺は地面に座り込みます。


「大丈夫ですか!?」

「ああ‥履さん、もう少し練習が必要みたいですね」


そう言いつつも、任仲虺は満足げに笑っていました。

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