第71話 神の加護を受けに行きました(1)
夕食です。あたしは
「おぬしら、いつまで手を繋いでおるのじゃ?」
「え?」
それであたしも子履もやっと思い出しました。あたしたち、今朝からずっと手を繋いでいたのです。えっえっ、トイレの時はどうしてましたっけ‥?
この手、徹底的に洗わなくちゃ‥と思って子履から距離を取るあたしに対して、子履はその手を胸に当てて、頬を赤らめていました。それが気持ち悪い‥‥とは思ったのですが、それを見るとなぜかあたしの心臓の鼓動も速くなります。えっ、なにこれ‥‥気持ち悪いだけですよね?うん。
そのままあたしは、子履から距離のある席に座って食事しました。そばで妺喜がくすくす笑いながら食事しているのが、どうにも鼻につきます。
◆ ◆ ◆
今更ですが、あたしは一日だけ子履の奴隷になっているのでした。その終了時刻ももうすぐです。
あと少しでおしまいですねと思いながら、あたしは子履が机に向かって本を読んでいるのを尻目に、ベッドに座ってぼうっとしていました。でもこのベッド、子履がいつも寝ているんですよね。なんだか座っているだけで子履の匂いが伝わってきそうです。
と、ドアのノックがして
「おじゃまします。‥あれ、
「どうも‥」
推移は
しかし
「どうしましたか、推移」
「はい。今日の課題についてですが、
「今調べているのですが、なかなか資料がないものですね」
子履はため息をついて、ちらちらと机の上の本を見ます。推移も子履と同じ金の魔法を扱います。今日の授業で、務光先生はあたしたちに宿題を残しました。自分の使う魔法の属性に対して力を与えてくれる神を探さなければいけないのです。前世の日本では八百万の神といって、何でもかんでも神がいると考える風習がありました。しかしこの世界にはその考え方はなく、資料や噂話などから自分で探し当てなければいけません。
推移もいくらか資料を持ってきている様子でした。2人が話し込んでいる間に、奴隷終了の時間が来ました。あたしは2人に見つからないように、こっそり部屋を出ていきます。
しかし、あたしもあたしで
「そもそも、この世界じゃ神様よりも先祖様のほうが大切だしな‥‥」
もちろん
部屋に戻って、学園の図書室で借りてきた本を読み始めます。
「入ってください」
「失礼します」
趙旻でした。肩には
「どうかしましたか」
あたしが椅子から立って一礼すると、趙旻は歩いてきてあたしに本を手渡します。薄い紫色の表紙でした。
「これは‥?」
「陛下(※姫媺)からでございます。陛下が、これをあなたもお読みになるようにと」
あれ、この口ぶりだと、姫媺もようやく会話するようになったのでしょうか。
「
「まさか。陛下は素直ではないので、私たちが察するしかないんですよ」
趙旻が苦笑いを始めたので、あたしもつられて目を細めながらふふっと笑います。あたしにとって趙旻も
「趙旻様は土の神をお見つけになりましたか?」
「いいえ、まだですよ」
「えっ?この本はご覧になりましたよね?」
「まだです。一緒に読みませんか?」
「‥はい」
驚きました。趙旻がこうやってあたしを誘ってくるなんて、あまりイメージしていなかったので新鮮なことのように思えます。「ではそちらに」と言って通した部屋の中央のテーブルに並んで座って、本を読みます。概要を読む限りですと、斟鄩の東側の地理に関する本でした。
あたしは趙旻のペースにあわせて読もうとしますが、趙旻が本のページをめくるときに必ずあたしの顔色をうかがってくるので、かすかな気まずさを感じます。
「‥
突如として、聞き慣れた女の子の声がします。子履が硬い靴で柔らかい絨毯を踏みしめて、あたしへ歩いてきます。
えっ、あたし?奴隷の話はもう終わりましたよね?
「‥
「何で勝手に帰ったんですか?」
「‥それは、昨日から1日が経過しましたので‥」
あたしは冷酷に説明しようとしかけて、はっと気づきます。あたしを睨んでいる子履のまぶたは赤くなっていました。あたしにしかみついているような、何かを期待しているかのような目つきです。
子履はこれまで失恋したことがないのでしょうか。‥いえ、かわいそうだとは思ってはいけません。優しくしてしまったら相手の思うつぼです。あたしはそう思いながらも、子履の不安定な表情から目が離せませんでした。
「‥あたしは趙旻様と一緒に調べ物をしている途中でございますが」
「そばにいていいですか?」
「は、はい‥」
子履は、テーブルの向かいの椅子を1つ持ってきて、あたしの隣に座ります。子履があたしの体に触れてくることはありませんでしたが、あたしの隣に子履がいるという感覚が、安心感にも存在感にもつながっていくのがなんとなく慣れませんでした。
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