第41話 同級生を人質にとられました(1)

翌日の寮の食堂で、子履は見事、あたしの肩にぴったりと頬をくっつけながら食事しています。さすがに子履は気が弱いので、食堂の隅っこの目立たないテーブルを選んで食べているのですが、それでも周囲から視線が集まってきます。

はあっとため息をついて、任仲虺じんちゅうきが向かいの席に座ってきます。


「おはようございます」

「あら、仲虺ちゅうき、おはようございます」

さんはレズだという話が広まってますよ」

「ふふ、これはの罰ですから」


人に対してすぐ遠慮するような子履は、まるで性格が変わったかのようにあたしにべたべたくっついてきます。ていうか、あたしに嫌われるかもしれないから距離を置くという話はどこにいきましたっけ。って思っていたら、任仲虺が代わりに聞いてきました。


「この前おっしゃっていた、摯さんと距離を置くという話はどうなったのでしょうか?」

「距離を置いた結果、姚不憺ようふたん喜珠きしゅ(※妺喜ばっき)とあれだけねんごろになりましたから、それが許せないのです」


それを聞いて任仲虺はまたため息をつきます。


「‥一体どこまでが友人で、どこからが恋人なんでしょうねえ」


うん、まったくその通りです。あたしは姚不憺にも妺喜にも、そして子履にさえも恋慕の情は抱いてませんから。あれはただ友人として付き合っただけです。姚不憺と一緒に食事をして、妺喜と手をつないで歩くだけで浮気を疑われるようでは、友達なんて作れません。妺喜があたしの肩に寄ってきたのも、女同士ならよくある話じゃないですか。あと読者の皆さん、あたしは子履に恋なんかしてないですよ念のため。


◆ ◆ ◆


それでも2人きりでいる時には逆にあたしを避けてしまうのは健在なようで、廊下ではあたしの腕を抱いてべたべたくっつきながら酒に酔ったように「2人で愛の巣を作り上げましょうか」と言ってきたものの、いさ子履の部屋に入って同室のぜいの国の子がいないと分かるととたんに、子履は部屋の片隅で頭を手で隠しながらうずくまりだしました。あたしはドアの前で呆然と立っています。えっと、あたし、帰っていいですか。

でも部屋に入っていきなり豹変した子履を見るのは楽しいです。すべてがかわいく見えてしまいます。


様?あたしと一緒にいるのは恥ずかしいんですか?」

「やっ、そ、そんなことは‥っ」


子履、見事にしどろもどろになってます。かわいいです。


‥‥ですがここは、数日前に越してきたとはいえ子履の部屋です。しばらくいると、ほんのり甘い香りが漂ってきます。それをかくと、なぜかあたしの心が安らいて、多幸感に包まれるのです。しかし間をおいてよく考えてみて、それが子履の匂いだと気付いた時、あたしは首を振った後にそっぽを向いてしまいます。


「‥‥あたし、へ、部屋に帰っていいですか?学園もありますので」

「お好きにどうぞ‥‥」


すっかりしおらしくなった子履から許可をもらうと、あたしは部屋を出ます。うわっ、誰かがぶつかってきた!?


「はぁ、びっくりしちゃいましたぁ〜」

「大丈夫ですか、申し訳ありません」


あたしは腰を低くして謝ります。相手の、猫のような口をしてねむたそうな目をこすっている、薄くかわいい紫と青のグラデのようなセミロングを伸ばした女の子は、子履の同室で芮の国からきた姒泌じひつといいます。同級生ですが、三組の子です。姒臾じきと姓は同じですが、子履と子辨しべんと同じく、こちらも氏族が違うのでほぼ赤の他人です。


「いいですにゃあ〜、ふぁあああ‥」


姒泌は天然があるんですよね。あくびをしながら部屋に入ってしまいます。あたしは姒泌が閉め忘れたドアをそっと閉めると、自分の部屋に向かいました。


◆ ◆ ◆


あたしの同室の妺喜を見て、子履に妺喜を紹介する用事があるのを思い出しました。まあもう授業の時間ですし、今日のどこかで話をつけるでもいいでしょう。前世の話も混ざるので、2人きりでどこかで話せる場所があればいいのですか。

使用人である及隶きゅうたいが子履の部屋へ行くのを見届けて、あたしは妺喜と一緒に部屋を出ます。話しながらゆっくり歩きます。打ち解けた後は話すことがいっぱいあって飽きません。気がつくともう校舎の、教室の前に着いていました。


「今日はあたしの隣の席に座りますか?」

「うむ、ぜひ」


などと話して教室のドアを開けます。


‥‥ん?

雰囲気が異様です。


教室のドアのそばで、何かを呆然と見つめて固まっている子履の姿がありました。


様、どうかされたのですか?」


あたしが尋ねると、子履は震える手でそれを指差しました。

5人の生徒と使用人が、一列に並んで小さいナイフを首に押し当てていました。5人とも目がとろっとしていて、表情がなく、どこか不気味です。


たい、何やってるの‥?」


その中に及隶きゅうたいがいたので、あたしはおそるおそる近づきますが、子履があたしの腕を掴んで「ダメです」と言ってきます。

見ると、及隶の首から一滴の血が滴り落ちていました。ぞっとして、あたしは後ろに下がります。


「近づいたぶんだけ、刃物を押し付けるようです」


知りの説明が雑音にしか聞こえないほどに、それはあまりに直球でした。及隶も姚不憺ようふたんも、他の子も、首にナイフを当てたまま、表情のない顔でじっとあたしを見ます。それがどうにも不気味です。


「操られているんじゃないですか?」

「はい‥、私もそう思います」


やはりですか。あたしは子履を守るために、その背中に手を回して少し強めに抱きます。


「‥先生に報告しましょう」

「ですが、目を離した隙に死ぬようなことがあっては‥」

「‥‥あたしがここにいます、履様と妺喜様はここを離れてもらえますか」

「わかりました‥」


ですが、子履が教室を出ていこうとしたときに、またドアが開いて入ってきた少女が高らかな笑い声を出してあたしたちを牽制します。


「その必要はないですわ」


姫媺きびでした。姫媺は左右に2人の取り巻きを置いていますが、右側の子が何やら怪しげな小さい壺を持っています。


「この鼓楽壺こらくこの気で満たされた教室に入った者は、ことごとくわたしたちの操り人形になるんですわ。そこのしょうの公子はなぜかかからなかったみたいですけどね」

「目的は何ですか?」


あたしは子履の前に立ちふさがるようにして、姫媺に尋ねます。すると姫媺は、大きく目を見開いてあたしを睨みながら笑い出します。


「目的?決まっているじゃない。平民である伊摯いしの退学よ。ああ、名前を言うのも汚らわしいわ、わたしの口が平民になりますわ」


何度か手の甲で口をこすってから、姫媺はあたしを指差して聞いてきます。


「さあ、どうするか選びなさい。この学園を退学するか、それともあそこにいる同級生たちが全員死ぬか」


一歩でも生徒に近寄れば、鼓楽壺とやらで操られた生徒たちはナイフで首を切って死んでしまいます。かといって、こんな人のためにあたしは退学になりたくないです。退学ということはそれ以降は子履の使用人になって、日夜つきっきりにならなければいけないということでは‥‥?


「卑怯です。人質を取るなんて」

「口でならなんとでも言えるんですわ。あの人の中には、お前の大切な後輩もいるんだってね?後輩に死なれたくないでしょう?」

「ううっ、くっ‥‥!」

「さあ、ここで宣言しなさい。退学すると。お前の声はしっかり録音しますわ」

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