第40話 妺喜の秘密(2)

あんですか」


あたしはできるだけ冷静に見えるように、フライドチキンをゆっくりと咀嚼そしゃくします。うん、いろいろ聞きたいことが出来ましたが、どれから聞きましょう。


「闇の魔法によって、何ができるのですか?」

「人の心を操ることができるのじゃ」

「他にありますか?」

「いや、それだけじゃ」


それだけ‥‥ですか。えっ。あんな数日にもわたる壮大な前振りがあったわりには、拍子抜けです。もっとこう、実は世界を滅ぼす悪魔でしたとか、怪獣でしたとか、他にあるじゃないですか。


「それだけですか?」


あたしは素で、首を傾げて尋ねてしまいます。妺喜は一瞬笑いそうに口を開けていましたが、すぐに元の悲しい顔に戻りました。しかしかすかに口元が上がっています。


「‥お主は怖くないのか?」

「心を操ると言われてもピンとこないです」

「‥例えば、おぬしの大切な人がある日、急におぬしを嫌いになって殺そうとする。わらわにはそれができる」


うーん、例えが偏っているというか。


「もっとこう‥落ち込んでいる人を元気にさせたりはできるんですか?」

「できるのだが‥」

「じゃあ、それでいいじゃないですか」

「だが‥周りの人はみな、わらわがこの力を悪行に使わないか怯えているのじゃ。闇の魔法を上手く使えば、わらわは大衆の心を操り、反乱を起こし、一國を築くことすら出来る。誰の手も借りずに、わらわがふとした思いつきで行動できるのじゃ」


あたしはそれを食べながら聞いていましたが、やっぱり例示がなんかこう、相手に特定の結論を導かせようと誘導しているような気がします。きっとこれは妺喜が自分で考えたんじゃなくて、誰かから言われたことだと思います。例えば領民とか。人は悪いところばかり見る生き物ですからね。

あたしと目が合うと、妺喜の口の動きは止まります。あたしが平然とチキンを食べているのを妺喜は少しの間眺めてから、説明を続けます。


「自分が魔法をかけられたときのことを想像してくれ。友人と仲良く遊んでいたはずなのに、気がつくと見知らぬ人に服従していた。食事をしたい気分だったのに、いつの間にか運動をしていた。明るい気持ちだったのに、急に悲しくなった。わらわに近づくだけでこうなる可能性があるということじゃ。こんな気持ち悪いことがあるだろうか」

「それは‥まあ」

蒙山もうざんの国でわらわを人扱いしてくれるのは、わらわの父上、兄上、そして婚約相手だけじゃ。母上も、国の人々も、わらわを腫れ物のように扱って、中には逃げる人もおる。わらわははじめ、蒙山の国の学校に行くつもりだったが、この力のせいでかなわなかった」


そのあとも妺喜は説明を続けます。母の体に触らせてもらえなかったこと、街を歩くたびに平民の子供から石を投げられたこと、すれ違う大人たちがあからさまに距離を取ってきたこと、家臣からも使用人からも避けられていたことなど。

もういたたまれなくなったので、あたしは妺喜のすぐ隣まで椅子を動かして、肩を寄せ合います。


「わらわが怖くないのか?」

「あたしを怖がらせようとしてるんでしょう」


そう言うと妺喜は黙ってしまったので、あたしはその背中をもう一度なでます。本当に温かいです。

わざと怖いことを言って反応を見ているように、あたしは見えました。それだけ今までに何人もの人が逃げ出してしまったということでしょうか。


「妺喜様は、いじめてきた人に何か闇の魔法をかけたんですか?」

「いや、特には」

「闇の魔法は、存在そのものが妺喜様の精神を蝕むものですか?」

「いや、そのようなことはないと言われている」

「魔法を使わなくても、周囲の人の精神や寿命を蝕むものですか?」

「そのようなこともない」

「じゃあ、闇の魔法なんて使い手の心かけ次第じゃないですか」


それで妺喜はあたしの反対側を向きます。


「‥前にもそう言ってくれた人がいたのだ。だが、ひとたびわらわの魔法を見ると、二度と関わってこなかった」

「その時は何に対してどんな魔法をかけたんですか?」

「何でも良いと言われたから、ウサギを池に飛び込ませたら溺れて死んだのじゃ」

「ああ‥」


あたしは苦笑いするとチキンを半分口に入れて、1子を妺喜に差し出します。


「食べてください」

「‥‥」

「妺喜様もそのご知人も、闇の魔法に対する先入観があったんじゃないですか」

「それは‥‥‥‥まあ‥‥‥‥そうかもしれぬな」


そう言って、妺喜はあたしから受け取ったチキンを口に含みます。


「‥‥おぬしはわらわが実際に魔法を使っているところを見てないから怖くないのじゃ」

「妺喜様は本当は優しい人ですよね」

「なっ‥」


妺喜は震えるように固まりますが、あたしは次のチキンを手に持って、続けます。


「どれだけ周りからいじめられても、周りよりも強い力を持っているのに仕返しすることはなかった、それってとても立派なことだと思いますよ」

「そ、そうか‥」

「妺喜様ならその力をきっと使いこなせます。ですからあたしは心配などしていません」


妺喜がまたうつむいて、小声で何かぶつぶつと言っています。あたしは妺喜に手を差し伸べます。


「庶民が出すぎたことを申しますが、もしよろしければ‥あたしと友達になってくれませんか?」


途端に妺喜はあたしの顔を見上げます。そして歯を食いしばって、ぼろぼろと涙を流します。一拍子置いて両手で小さい顔を覆い隠すので、あたしは静かにその頭を抱きました。背中も優しくなでてあげます。


「妺喜様が本当はいい人だってあたし知ってますから、どんな魔法を使ったとしてもあたしは友達でいます。何かあったら気軽に頼ってください」

「お主は‥わらわと友達になりたいという気持ち自体、わらわに操られているとは思わぬのか?」

「思いませんよ。妺喜様がそのようなことをなさっていたのなら、まずいじめられるわけがありません」


妺喜は顔を覆い隠していた手を離して、あたしの体をしっかり抱きしめます。とても力が強いです。きっと今まで我慢していたのでしょう。


◆ ◆ ◆


「眠らせることってできますか?」

「できるのじゃ」

「じゃあそれで、不眠で悩んでいる人向けに診療所を作るのはどうでしょうか?」

「うむ、面白そうじゃな」

「よく怒る人や悲しみが取れない人向けの治療にも使えそうですね」

方剤ほうざい(※漢方薬)よりよっぽと効きそうじゃのう」

「それから喧嘩の仲裁などにも」

「うんうん」


外はもうまっくらです。夜道を2人で歩きながら、闇の魔法の有効活用法を考えてみます。思いつけば意外といっぱいあるものです。10年も生きてきてこのような発想をしたのは初めてらしく、妺喜も興味深そうに食いついてきます。


「‥そういえば、妺喜様はなぜあんこうの魔法の存在を知っておられるのでしょうか?あたしは様などと話していましたが、一度もそのような話は聞いたことがないです」

「それは、単に高度で、魔法の知識に乏しい子供が知る必要のないことだからじゃ。闇、光を扱えるものは、数百年に一度しか現れぬ。それを知識のないものがわざわざ知ったところで何になるのだろうか」

「なるほど‥そうですね。闇、光の魔法に対する無理解もいじめの一因かもしれませんね」

「確かにのう」


前世でいえば3月の夜です。冬のように寒いです。早く寮に戻りましょうと、あたしは妺喜と手をつないで夜道を急ぎます。妺喜は寒いのか、あたしの肩に身を寄せてきます。あたしの腕もあったまってきます。

この感触、そういえば。あたしはふと、子履しりの顔を思い出します。子履にもあたしと同じ前世の記憶があって、しかも妺喜を悪堕ちさせたくないと気をもんでいるようでした。妺喜ひとつでの国が滅びかねないと何度も言っていました。子履ならきっと、妺喜と仲良くしてくれるに違いありません。


「‥そういえば、あたしには知り合いの貴族がいます。あたしなんかより優しくて、とても信頼できるお方ですよ。一度、闇の魔法のことも伝えてお話されてはいかがですか?」

「うむ、少し怖いがお主の紹介ならば会ってみよう。誰じゃ?」

「分かりました、じゃああたし、その方に話をつけてみますね。姓は、名はといって、しょうの公子で‥‥ん?」


夜道を歩いているあたしたちの前に、何人かの集まりが立ちふさがります。

その集団の先頭に立っていたのは、その子履でした。


、お久しぶりです」


その顔はにっこり笑っていましたが、なにか不吉な香りがします。あたしはたじろぎます。


「は、はい、お、お久しぶりです、履様‥」

「しばらく見かけないうちに、夜道を女2人で手をつないで身を寄せ合って歩くようになったのですね‥私もしてもらったことはなかったのに‥‥」


あたしは慌てて妺喜から手を離して、なんとかごまかしてみます。


「いえ、これはそのようなつもりでは」

「こちらに来てくださいね、話があります」


そのまま子履に手を引っ張られてしまいます。後ろから妺喜のふふっと笑っている声が聞こえました。


「おぬしには、わらわよりもよっぽと怖いものがあるようじゃな」

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