第39話 妺喜の秘密(1)
「こんな‥こんなのが1位だというのですか?こんな庶民がわたしよりも?」
「家柄で判断するのは感心しませんね」
その返答をもらうと、あたしを睨んでちっと舌打ちします。怖いです。女でもあんな顔ができるということでしょうか。あたしは思わず1歩下がります。
「どのような者も見かけにはよらないということです。身分のような薄っぺらい概念は捨てなさい。ここはみなが平等に学ぶ場所です」
務光はあくまで冷静にそう伝えて、にっこり笑います。姫媺がまた叫びます。
「募集要領では、士大夫のみに限定されていたはずですが?」
「それはよくないルールだったので、私が今年から改めさせました」
「あー、思い出した!!この庶民、入学試験の時に務光先生に指名されてたやつだ!!」
その一声で、一組のみなが一気にあたしに視線を集めます。うう、やりづらいです。
そういえば‥あたしは魔力の試験で1位でしたが、総合は2位です。総合1位は誰だったんでしょう?気にはなりましたが、あたしの立場でわざわざ聞くことでもないかもしれません。
そのあと、教室に戻って10人が簡単な自己紹介を終えました。
◆ ◆ ◆
「このかわいい子は
姫媺と取り巻きを除いた7人に使用人をあわせた集まりで、
子履と子辨は一度だけ会ったことがあるらしく、店への道中、2人はぎこちなさそうに話していました。一方で妺喜は本気で他の人と仲良くするつもりがないらしく、ずっとあたしのそばにいました。他の人と話さないのですか?と尋ねても、どうせ嫌われると返ってくることは想像できますし、触れないでおきます。
しかし妺喜はいつ見ても、すらりとした体型で、誰よりも美しい髪の毛を伸ばしています。男から言い寄られたりしないのでしょうか。と思っていると、
「わたくしは姓を
「‥‥‥‥」
妺喜はうつむいたまま答えません。それどころか、あたしの手をぎゅっと握って助けを求めます。困りました。妺喜には他の子にも仲良くなってほしいんですが。そもそも妺喜の秘密って何でしょうか。
「すみません
「あら‥そう、残念ですね」
任仲虺がそのまま行ってしまうと、妺喜はおそるおそるあたしを振り向きます。
どう見ても妺喜は他の人とは馴染めなさそうです。このまま妺喜を無理やり押し込んでも、かわいそうな気がしてきました。
‥‥ん?あたし、このような感情を持つのは初めてではないような気がします。ずっと前にも、あたしは今の妺喜と同じくらい寡黙ないじめられっ子と出会って、それで‥‥あたしはあの時、何をしたんでしょう。
はっきりとは思い出せません。もしかして前世の記憶でしょうか。あたしはあの時、あの時‥‥。
「履様」
「どうしましたか?」
子辨と話しながら前を歩いていた子履が振り向きます。
「あたしと妺喜は2人だけで別の店に行きます」
「‥‥分かりました」
子履は寂しそうな表情をしますが、他の人もいるこの場面で事を荒立てるようなことはしませんでした。あたしはみんなの前で子履に何度も頭を下げてから、2人でその場を離れました。
後ろからは、あたしと話したかったのに残念、バトルの話を聞きたかった、などと聞こえてきます。
「おぬしはいいのか?おぬしは思ったより士大夫と仲良くやっていけそうなのじゃ。わらわ1人のためにおぬしが他と疎遠になるようでは、わらわも肩身が狭いのじゃ」
「いいんですよ。妺喜様も大勢の中に入るのは苦手でしょう?友達は1人ずつ、ゆっくり丁寧に増やしましょう」
「‥‥わらわはどうせ皆から嫌われるのじゃ。わらわと親しくしていたおぬしも道連れになるかもしれぬぞ?いや‥‥おぬしもわらわのことを嫌いになって‥‥」
その妺喜の声が少しずつ弱くなっていくので、あたしは立ち止まります。
「そこまでおっしゃるのなら、今ここで妺喜様の秘密を教えてもらえますか」
「それは‥‥」
「大丈夫です。あたしは何でも受け止めますから」
妺喜がそっぽを向いて暗い顔をすると、あたしは少し笑ってその肩を優しく叩きます。
「‥‥ごめんなさい、少し言い過ぎました。お店を探しましょう」
「‥うむ」
◆ ◆ ◆
適当なお店に入りました。
あたしはできるだけ過去に触れないようにしつつ、妺喜と当たり障りのない話をしてきました。妺喜もその話題には素直に乗ってくれたので盛り上がりました。やっぱり過去さえなければ、妺喜も普通の女の子です。その場合、あたしと仲良くしてくれたかは分かりませんが。
あたしが
「‥なんだ、
「はい。どうなさいましたか、妺喜様」
「いや‥‥」
つらい過去を思い出してしまったのですね。それ以上話す必要はありません。あたしがそばにいて、慰めてあげますね。‥‥なんだか遠い昔にもいじめられっ子に同じことをやっていた気がするな‥‥。よしよし。
と背中をなでていると、妺喜はつぶやくように小さい声で言いました。
「‥‥わらわに優しくするでない。おぬしを失った時の悲しみが強くなるだけじゃ」
「心配しなくてもあたしはどこにも行きませんよ。それに、人生でこういう癒しのときも必要じゃないですか」
「ふん‥‥」
そのあとも少しの間、あたしは背中をなで続けます。妺喜の背中は、つらそうに話す口とは対照的に、とても温かく感じました。
と思っていたら、妺喜がまた口を開きます。
「‥やめてくれ。これ以上優しくされてもつらくなるだけじゃ。わらわは家族以外全てを失ったのじゃ。領民も、仲良くしてくれた庶民の子も、誰もがわらわから離れていった」
後ろから妺喜の顔は見えませんが、肩が震えていましたのであたしは背中を触るのをやめて、向かいの席に座ります。それでも妺喜がまだうつむいたままでしたので、あたしは店員を呼び出してレモンティーを持ってきてもらうと、妺喜の目の前に差し出します。
妺喜は無言でそれを飲みます。ふと、飲む時に妺喜の顔が見えました。涙が流れています。
かたんと小さく音を立ててそのレモンティーのグラスをテーブルに置いて、妺喜は重い口を開きました。
「‥これ以上お主に優しくされたくない。特別に秘密を教えてやる」
「はい、なんなりと」
あたしはにっこりと返事しますが、妺喜は鋭い目であたしを睨んでいます。さっきまであたしと親しそうにしていたのが嘘みたいです。
その目を見てあたしは「ちょっと待ってください」と言うと店員を呼び出します。しばらくして、食べ終わるのに時間のかかりそうなフライドチキンの乗った皿が運ばれてきました。このお肆のメニュー、
妺喜はそれを1個口に入れると塩のついた指をナプキンで拭き、レモンティーを一口飲んでから口を開きます。
「お主は魔法の属性を全て言えるか?」
「
「うむ、それが一般的な常識じゃ。だが‥これを知る人はほとんどおらぬのだが、属性はあと2つあるのじゃ」
「初耳です。何と何ですか?」
「
妺喜がまたあたしをちらちら見てきたので、あたしは気楽に聞いている感じを出すために肩を崩して、フライドチキンを1個口に入れます。
妺喜はそれから大きくため息をつきます。
「そしてわらわの使う魔法の属性は、闇なのじゃ」
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