第121話 チャーハンを作りました

大きなかごを引いてきた商人が屋敷の玄関前のロータリーに来たと使用人から一報をもらって、あたしは急いでそこに行きました。使用人にドアを開けてもらうと‥‥商人があたしに向かってはいしています。うわ、拝されるのこれで多分3回目です。任仲虺じんちゅうき林衍りんえんにされたものです。あたしは自分がされるのは慣れていないので、どうしても調子が狂ってしまいます。後ろにいる使用人が「ちょっと」と呆れるのは織り込んだ上で、しゃがんて商人の前で正座してしまいます。


「運んでくださりありがとうございます。早速中を確認しますね」


あたしは外を歩くことはできるものの、必ず護衛をつけなければいけません。それがめんどいのなんの、人混みのある市場へ護衛つきで行くと普通に周りへの迷惑になるので避けてしまいがちなのです。でもどうしても譲れないことがあります。なつめです。あたしの大好物です。使用人をやって買いに行かせるのもありですが、やっぱりこうして自分の欲しい物を自分で探したくなることもあります。

もちろん商人に重い荷物をここまで運んできてもらって、そのうちの5個か10個だけを買うというわけにもまいりませんから、かごの中のもの全部買わなければいけません。お金は厨房の予算から崩してます。つまり今日の夕食は棗入りです。


いやいやどうせ全部買うなら使用人に頼んでも一緒だと思うのですが‥‥こうして商人の目の前で棗を1個1個見ながら会話するのが楽しいんですよ。この世界の市場は、前世と違って店員が常に目の前にいますから、話しながら、時にはおすすめや昨今の状況を聞きながら選ぶのが楽しいんですよ。ずっとそれがなかったから寂しくて。

と思って商人の顔を見るのですが‥‥会ったことのない人です。


「あ‥初めまして。こんなにおいしそうな棗を持ってきてくれてありがとうございます」

「このたびは私めをお引き立てくださりありがとうございます。本日はお日柄もよく‥‥」


あ、だめなやつだこれ。市場の店員はくだけた言い方でフレンドリーに話してくるので親しみやすいんですけど、この人は明らかに違います。どうしてもうわべだけの関係になるやつです。棗もほとんどがよくうれていてきれいで、選ぶ楽しみがありませんでした。


棗だけもらって商人は適当に追い返して(あっ、ちゃんと適当にうわべだけの世間話をして丁寧にあいさつしましたよ)、使用人たちに厨房まで運んでいってもらった後、あたしは子履しりの部屋のベッドでうつぶせになっていました。

何かが違います。何もかも違います。はぁ。どうしてこうなったんでしょう。あ、及隶きゅうたいが呼んできました。そろそろ準備しなければいけませんね。「はぁ」とあたしは深い溜め息をついて、厨房に向かいました。


◆ ◆ ◆


学園に戻る日も近づいています。そんななかのある日の午前、昼食を作るときです。

あたしはそれぞれの料理人のグループ長と打ち合わせして必要な料理を相談したり役割分担を決めたりしたあとは、自分のグループに戻ります。そして次々と指揮しながら料理を作るのですが、ふと横にいる姒臾じきが目に入ります。姒臾、一応はの魔法が使えるんですよね‥‥。「あっ」そうだ。


「姒臾、火の魔法を使えますよね?」

「あっ、ああ‥‥」

「ちょっと今日の夕食で試したいことがありますが、付き合ってもらえますか?」

「いいですよ」


ダメ元のつもりでしたが、あっさり快諾してもらいました。昼食を作り終えた後、他のグループのリーダーと相談したり、使用人に特別に食材を発注したりして、体制を整えます。夕食に間に合う程度に、昼食の掃除を他の人にやらせてあたしはフライパン、米、油、各種野菜を及隶きゅうたいと一緒に持って外に出ます。厨房の勝手口の外にある草原に土のはげているところを見つけてそこに魔法で土のテーブルをいくつか作って、その上に木の板を置いて、さらにその上に食材を置きます。

「何をされるのですか」と、掃除を早く終わらせた料理人たちが何人か来ます。特に秘密にするわけでもないので、あたしはフライパンに食材を一気に詰め込んで、土で作った大きなバケツのようなものの上に持っていきます。この中には大量の木材を入れておいています。フライパンの取手を持ち上げて、バケツにある木材から少し浮かせます。


「姒臾、これの真下あたりに火をつけられますか?」

「はい」


と、姒臾が無詠唱で火を付けます。可燃物はありますが、あたしの希望する火力を維持するためには、ずっと火を出し続けなければいけません。


「火をもっと強く」

「はい」

「もっと強く」

「‥はい」

「もっと強く」

「えっ?」


炎がフライパンの高さを超えてしまったあたりで、姒臾は目を丸くします。


「どうしましたか、魔力が持たないのですか?」

「いいえ、これ以上火を強くしたら焦げませんか?」

「いいからもう少し強く」

「は、はい」


炎が盛り上がったのを見ると、あたしは「えいっ」と箸2本でフライパンの中のものを勢いよくかき混ぜます。そうして、タイミングを見てフライパンをえいっと持ち上げます。底にくっついて焦げそうな米が次々と裏返ります。実は前世で一度しかやったことがなかったのですが、1回目は思ったよりうまくできました。

2回目ですが、「うわっ」ちょっと失敗です。いくらか火の中に落ちちゃいました。慣れるまであまりとばさないほうがいいですね。焦がさないように、3回目以降は控えめに飛ばします。そして懸命に、強い火の中でかき混ぜます。


「はぁ、はぁ、あ、あとどれくらいですか?」


と姒臾が尋ねてきます。あたしは「もうちょっと」と答えますが、実はあたしも腕が限界です。これコンロじゃないので、途中で鍋をおいて休むための五徳ごとくもないです。ずっと持ち続けなければいけません。五徳の代わりになるものを業者に特注しなければいけなささそうです。


「えいっ!」


ともう一度裏返します。そろそろいい感じですね。


「もう火は大丈夫ですよ」

「はい‥‥」


姒臾はその場に座り込んでしまいます。さすがに疲れてしまったようです。今後この料理を量産するなら、こっちも課題ですね。大きな土のバケツの中に入れた木材はまだ燃えていますが、弱々しいものです。

あたしはその鍋を、別のテーブルの上に置きました。米のあちこちに少し焦げ目はついていますが、おいしそうなにおいが漂います。


「これは‥‥?」


いつの間にかほぼ全員が集まっていた料理人たちの1人が尋ねてきます。


「チャーハンというものです」

「チャーハン‥‥?」

「一口食べていいですよ、ほらみんなも、スプーンを取ってきて」


料理人たちが慌てて厨房へ往復する間、あたしはレンゲを取り出して一口すぐって食べます。うん、少し油が少なかったかもしれませんが、悪くはありません。前世で1回作っただけで、前世にあってこの世界にはない調味料もいくつかあって他のもので無理やり代替した状態で、ほぼ見よう見まねのような感覚で作ったにしては、ものすごいものが作れたと思います。すごいぞあたし。

これをベースに今後試行錯誤が必要ですが‥‥地面でのびたように眠っている姒臾を見ると、あまり簡単ではなさそうです。それに米の食感もやっぱり違和感があります。前世では品質改良が繰り返された米が流通していましたが、この世界でいちからそれをやろうとすると数百年かかります。品質はさすがに無理ですが、少なくともこの世界の技術水準で米を”蒸す”ではなく”炊く”方法を見つけたほうがよさそうです。


実はこの世界、あまり強い火を出す技術がなくて、魔法に頼らなければいけません。前世日本の中華料理と呼べるものは実はこの世界にほとんどありません。フライパンや油はなぜかあるのですが、強火で一気に温めることができないので作れない料理もいくらかありました。フライパンを使って焼くのに時間がかかりすぎるために放置して焦がしちゃう人もいくらかいたので、強火が使えればその対策にもなるかもしれません。(※作者がTwitterでフォローしている中国史研究者によると、史実の中華料理はそうの時代に石炭が使われるようになってから出現したようである。ただし食用油の大量使用はさらにあとの時代まで待たなければならなかった)

それに強い火を出すことができれば、きっとチャーハンを量産したり、他のものを作ったりもできるはずです。次々と試食してうなずく料理人たちを眺めながら、あたしはレンゲに半分だけ残したチャーハンを姒臾の口まで運んで食べさせました。姒臾は特に何も言いませんでしたが、しっかり食べていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る