第120話 姒臾を働かせてみました
厨房に着いて、料理人たちを集めて挨拶し終えました。
「少しの間はあたしが姒臾を見るので、そのあいだは副料理長が全体の指揮をお願いします。もうすぐあたしは学園に戻らなければいけないので、副料理長がどういう指揮を取るかも見たいです。よろしくね」
「わかりました」
副料理長は緊張している様子はなさそうです。あたしがいない間に指揮していましたからね。経験は十分ですが、あたしの監視下に置いた期間はそんなに長くないので実務を見ておきたいのです。あたしより遥かに年上で、この世界では年上を敬わなければいけないという考えがあるのですが、あたしがこうして年上に対しても能力重視で振る舞えるのは今の
‥‥と思ったら、姒臾がいきなり顔を真っ青にします。
「お、おい‥あっ、いや、料理長」
「どうしましたか」
「あ、あんな大人が料理長より身分が低いのですか?」
「あっ、しっ。年齢を理由にした侮辱はいけません。さっきも少し説明しましたね?」
あたしは姒臾の肩を軽く掴んで注意します。実は前世の感覚だとそこまで侮辱というほどではないんですが、この世界の価値観を考えるとこのような発言が飛び出すのは仕方ないことです。言われた人が恥ずかしいと感じるので、あたしは侮辱と呼んでいます。
しかしこの世界の年齢重視は、実際の古代中国よりゆるいものの、前世より強い気がします。あたしも料理長になってからまだ日が浅いですが、料理の腕は大人より低いと思われている面があって少し苦労しています。まあ食べたらいけない食材のことは権力で押してますけど。命に関わる事柄については、ぶてぶてしくていいんです。えへへ。
「ほら、副料理長に謝って。あ、ああっ、
副料理長は姒臾が貴族であることを知りませんが、それでもそこまでやるのかと少し遠慮した様子でした。いやいや、この世界の価値観を考えると、ここまでやらないとまた空気が変わりますよ。ただでさえ今もあたしが料理長になって方針変えたばかりで、微妙な空気が流れそうなところですから。でもここの料理人たちは理解のある人ばかりなので、助かっています。
◆ ◆ ◆
姒臾はあたしがもともとリーダーをやっていた5人の子供グループに入れました。新しく料理長になったばかりのあたしの方針で、他のグループの料理人たちもみんな頭と口に布を巻いて料理します。後ろの方のグループでたまに食材に向けてせきこむ料理人がいるので、その声を聞くたびにあたしは叱ります。年上に叱るのはこの世界の価値観関係なく抵抗感があるものですが、衛生にはかえられません。
一方の姒臾は、周りに怒鳴り散らかし‥‥ている様子もなく、まじめに静かに、隣の子供に教えられながらニンジンを切っています。気持ち悪いくらい冷静です。
あたしはしばらく自分の手を止めて姒臾の様子を見てましたが、姒臾もさすがに気づきます。
「どうしましたか?」
「あっ‥何でもありません」
あたしは即座に首を振ります。どうしよう。絶対何かトラブルが起きるかと思ってましたが、起きないのも逆に気味悪いです。どうしましょう。
そのまま料理完成まで、あたしは普通に料理することしかできませんでした。
料理が終わった後は、まかないと掃除です。料理は衛生に気をつけているのでそこそこ清潔ですが、他の2つはそうもいかなさそうです。まかないでは比較的きれいな料理があたしのところに集まってくるので、あたしはそれを姒臾に譲ろうと思ってましたが、姒臾はあたしよりもぼろい料理をもう半分食べてしまったあとでした。
「あの‥大丈夫ですか?」
「どうしましたか?」
「あ、いえ‥そのようなものを食べて大丈夫ですか?」
「俺は気にしてませんよ」
そう言って食べ進めてしまいます。
で、でも掃除のときはさすがに嫌がりますよね。汚い雑巾とか触りますから。と思っていたらこっちも普通にやってくれます。大丈夫なんですかこれ。全然分かりません。
しばしの休憩時間になりました。テーブルの椅子に1人座って頭を抱えていると、隣の椅子に
「センパイ、今日様子おかしかったっすよ」
「えっ、姒臾様の?」
「センパイの様子っすよ」
いやいやですから様子がおかしいのは姒臾のほうですってば。と思ったら及隶は衝撃的なことを言い放ちます。
「
「えっ‥‥‥‥‥‥‥‥」
いろいろ言いたいことはあります。及隶、学園の寮で姒臾の部屋に遊びにいってたんですか。地味に初耳ですけどこれ。
あたしは
「隶は姒臾様が乱暴なことを知ってるよね?」
「それは聞いたっすけど‥全然そんな感じには見えなかったっす」
なんだろう、よく分かりません。
◆ ◆ ◆
その日だけでなく翌日も同じ調子でした。寝床も平民用の宿舎です。姒臾の部屋は特別に使用人が掃除しに行ったり、服も代えてやったりしてます。それ以外は何もかも平民としての待遇ですが、それでも不満はないようです。
姒臾が厨房に来てから3日目、朝食を作り終えた後、あたしは及隶と一緒に昼食の仕事を休んで子履の部屋にいます。といっても子履は外国からのお客様との面会があるので、実質あたしと及隶の2人だけです。
あたしは紙に文言を書いて、及隶に隣の部屋まで運んでいってもらいます。ちなみに文字の描き方についてわからないことがまだたくさんあるので、子履の本棚の隅っこにあった国語辞典をひきながら書きます。他人の書いた文章は普通に読めますけど、自分で文章を組み立てるのがまだ苦手なのです。たどたどしい文章ですが、最悪、とりあえず単語だけ繋げても伝わらないことはないでしょう。
”
「何で隣の部屋に手紙を出すっすか?直接行けばいいっすよ」
「手紙で話したい気分なの。それと、子亘様にはあたしの居場所を教えちゃダメ。いい?」
そう言ってあたしは及隶を隣の部屋にやります。しばらくすると返事が来ました。
”ご認識の通りの人間ですわ。私も半信半疑ですの。姒臾は意中の人に限ってつらく当たり、それ以外の人は、平民でなければわりと丁寧に接しますし、汚れ仕事も進んでやりますわ。普通は逆ですのに。そんなことより何日か前の食卓のことでお話がありますの。私のところに来てもらえまして?”
”例えば姒臾様が平民に混じって汚い雑巾で掃除をしたことがあると聞いたら信じますか?姒臾様は我慢できるような人ですか? P.S.子亘様のところにはお伺いできません。申し訳ございません”
”私は信じますわ。姉上はまったく信じないと思いますけど。我慢できますわよ、平民には少し傲慢ですが本気を出せば何日でも何週間でも。 P.S.同封の薬を飲んで感想を教えてください”
誰が飲むか。あたしはその薬を窓の外に投げ捨てます。
ですが姒臾‥‥ですか。こうなることは全く予想していませんでした。これからどうしましょう。普通に働かせるべきでしょうか。あたしはぼうっと上を向きながら思案していました。
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