第122話 姬媺が訪ねてきました
多忙のためしばらく不在だった
屋敷のロータリーで馬車に乗り込む直前、子主癸は馬車の横に並んでいるあたしたちにこう言い残しました。
「私と入れ違いで
「はい、母上」
「
そう言って馬車に乗り込む寸前で、また足を止めて振り返ってきます。
「いよいよ学園ですね。くれくれも後悔のないように頑張りなさい」
「はい」
「特に友達付き合いには気を配るのですよ。親しい人との最後の別れはいつになるのか分かりませんから」
「はい」
「それから、
「はい」
こうして子主癸は行ってしまいました。行ったあとでなんですけど、子履がさっそくあたしの腕をぎゅっと両腕で抱いて、肩に頬をこすりつけてきます。
「私をしっかり支えてくださいね」
「あっ、はい」
あたしはできるだけやる気なさそうに返事します。そばで
◆ ◆ ◆
厨房に戻るとすぐに使用人がやってきて、あたしを子亘が呼び出していることを伝えます。あたしは代わりに
及隶を使って子亘と手紙のやり取りをしながらあたしは料理を進めますが、途中でまた使用人が来ます。そっとあたしに耳打ちします。
「曹王がご到着なさいました。挨拶に来てほしいと殿下が」
「ああ‥‥分かりました、すぐ行きます」
やっぱり来たんですね。いや来ると思いましたけど。
さて相手は姬媺とはいえ外国の王様なので、あたしたちが生活している屋敷に通すのもあまりよくありません。王様向けの待遇をする亭(※宿泊施設)を用意して、丁重にもてさなければいけません。
あたしは立派な服に着替えてから、子主癸が政務をとりおこなう宮殿まで走ります。そのロータリーの周辺に、子履たち、そして馬車の行列がありました。姬媺はすでに馬車から降りて、子履と並んで話していました。
「お久しぶりでございます、曹王さま」
「あら、伊摯じゃないの。久しぶりね。ちょうどいいわ。今、伊摯は料理人をやっていると聞いたけど本当かしら?」
「はい」
「どうせなら伊摯の料理を食べたいわ」
「はい、ぜひ!」
これ、つまり姬媺は亭で泊まるので、あたしはいつもの屋敷ではなく亭にある厨房で料理する流れです。まあ、子履、子亘、
「そういえば、伊摯にはお付きの平民がいたわね。何の仕事してるの?」
「はい、及隶はあたしの後輩で、一緒に料理人をやっています」
「そう」
姬媺はまるで最初から興味なかったかのように、そっけなく返事します。
◆ ◆ ◆
亭の厨房で、あたしたちは料理を進めます。あたしのことが好きな子履以外にも、いろいろな人から、特に学園の同級生とはいえ外国の王様からも求められることは光栄というか、とっても嬉しいです。料理が捗ります。
大小いろいろな料理は他の人に任せて、あたしは小麦粉をこねて
細長いテーブルではありますが幅があって、端に子履と姬媺が並んで座って、そのあとは商と曹それぞれの家臣が細長いテーブルを挟むように向かい合って座っています。次々と配膳する使用人たちの中に混ざったあたしは、姬媺のわきへ行って「饂飩でございます」と、それをテーブルの上に置きます。
「あら、
「ここはお金がありますので‥‥はは」
なんてやっているうちに、及隶が子履の分を運んで置きます。
「ありがとうございます、及隶」
「えへへ」
子履にそう言われてにっこり笑う及隶を、心なしか姬媺はちらっと見ているようでした。
あたしは料理人の分際で、子履とテーブルの角を挟んですぐ隣に座ります。左側横に子履が姬媺と並んでいて、右には子亘、そして前には
「子亘様、外国から来たお客様なので‥‥」
「もう‥‥伊摯様が来る前は私がそっちの席でしたのに‥‥」
子亘はつーんと頬を膨らませます。ごめんねあたしだって嫌なんですよ。
◆ ◆ ◆
「本日はなぜこちらへお越しに?」
そう子履が尋ねると、姬媺はナプキンで口を拭いてから返します。
「先日の戴冠のときに商王さまがいらっしゃらなかったので、挨拶ついでに食糧の相談もしようと思ってたのよ。まあ、学園には間に合わないから続きは摂政に任せるわ。せっかく近くまで来たんだしと思ったけど、用もないのにおしかけて迷惑だったかしら」
「いいえ、迷惑ではございませんよ。私も王になりますから、王同士これから会える機会も減っていくでしょうし」
「そうね」
姬媺は、子履が横から注いできた酒を飲みます。子履もお酒‥‥を水でうすめたものを飲みます。商は自分の国ですからこういう融通もできるのです。
「曹の食糧事情も厳しいのでしょうか?」
「ええ。すでに大勢の餓死者が出ているわ。
「ひとえに母上の徳の高さでございます」
「それでも周辺の国に食糧を求めるのは、わたしから見れば強欲だわ。こっちが商から分けて欲しいくらいよ」
その姬媺の言葉に、子履は口をつくんでしまいます。「陛下」と姜莭が声をかけると姬媺は酒をテーブルに置いて、「ごめんなさい」と謝ります。
「いいえ、本当のことでございますから。酒もお注ぎしますね」
子履は姬媺の杯になみなみと酒を注ぎますが、あたしから見るとため息をついているような、どこか浮かない顔をしているように見えました。
「‥‥いずれにしろ、一番悪いのはこの冷害でございます」
「ええ、そうね」
「これだけの災害は過去に例がないのだとか」
「ええ。
姬媺はもらった酒を少し飲むと、そのままテーブルにことんと置いてしまいます。
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