第123話 姬媺が風呂に入りました
「
「確かに無責任でございますね」
「夏の民は今日の食べ物にも困る始末で、盗賊も増えて次々とあちこちの
「夏王さまの代わりに
「禹って400年も前でしょう?そんな徳ももう薄れてきたんじゃないかしら。現に
そこまで言って深い溜め息をつく姬媺に、子履は咀嚼し終わってから箸を置いて返事します。
「孔甲の代にあれだけのことをして夏の国力が衰えてなお滅ばなかったのは、禹の徳がまだ残っているからです。そして、今もそうではないですか。確かに
「あんたはお気楽ね」
もうそれ以上話す気力もなくなったのか、姬媺はそれ以上何も言いませんでした。
斟鄩にいたときも、
◆ ◆ ◆
それから少したったところで、姬媺がまた子履に話を振ってきました。
「そういえば、この商の国には変な
「風呂のことでございますか」
「風呂っていうのね、詳しく聞かせて」
姬媺は子履にいろいろ質問を投げてみますが、いかにも興味津々という感じで子履の話を聞いていました。
「その風呂というものに、わたしも入ってみたいわ」
「わかりました。食事が終わったら、ぜひ」
「そうするわ」
ということであたしたちは食事を早めに終わらせて、姬媺を屋敷に連れていきます。姬媺は明日の朝にはもう行くらしいです。帰るというか、少し早いですがこのまま直接学園へ行くそうです。どうりで警備の兵が多かったです。
それから早速準備、ということですがあたしは厨房の後片付け、亭にもともといた料理人たちへの挨拶などをやらなければいけなく、子履や
あたしと子履は前世の記憶があるので大丈夫なのですが、それ以外の人はそうもいきません。
「あっ」
と、あたしは広間のすぐ外の廊下で子履や姬媺たちと集まって打ち合わせている時にふと思い出します。
「
「‥でも及隶は平民ですので」
横から子履が小声で不安げに言ってきます。「あ、‥‥そうですね」とあたしは答えます。すっかり忘れていましたが、姬媺は平民と話すのが嫌いみたいなのです。
と思ったところで、姬媺は面倒そうに言います。
「それしかいないんだったらそれでもいいわよ。今はとにかく入りたいから」
「‥‥‥‥及隶と会話できるのでしょうか?」
あたしが不安になって姬媺の顔を覗き込むように尋ねると、隣の
「大丈夫です、私が陛下と一緒に入ってサポートしますから」
「そこまでおっしゃるのでしたら」
◆ ◆ ◆
及隶も料理人なので一応やるべき仕事はあります。でも料理長の私はともかく、及隶は一兵卒なので他の料理人で代替可能です。
更衣室に姬媺、姜莭、及隶、そして着替えを手伝うために
「狭いわね」
と姬媺が言うと、及隶が説明します。
「屋敷にもとあった部屋を改造したから、そんなに広くは作れなかったらしいっす」
しかし姬媺はまるで聞こえていなかったかのように向こうを向いてつーんと無視するので、姜莭が復唱します。
「屋敷にもともとあった部屋を改造したので、あまり広く作れなかったようです」
「そう。けっこう最近の話なのね」
ここでやっと返事した姬媺を見て、姜莭は首を小さく振りながら「失礼します」と言って姬媺の服を脱がせます。
「ん、待って。水着のようなものはないの?体の一部を隠すとか」
「そのようなものはないっす。裸で入るっすよ」
「体に何も付けず裸で入ります」
「そう、姜莭ならいいけど少し恥ずかしいわね」
こんなやり取りが続くので、趙旻も呆れ顔で、姬媺の服を姜莭から受け取ると丁寧に畳んでかごに入れます。
浴室に入っても案の定、こんな調子でした。
「床は滑りやすいから気をつけるっす」
「床は滑りやすいから気をつけてください」
「この米の研ぎ汁をどうするの?(※この世界には石鹸がないので代用)」
「それを体にかけて、タオルでこするっすよ」
「研ぎ汁を体にかけて、タオルでこすってください」
「髪の毛を洗うの大変じゃない?(※この世界では髪の毛を切る習慣がないので髪を洗うのも一苦労である)」
「だからいつも2人で入るっす。1人だけのときは使用人を呼んで手伝ってもらうっす」
「髪を洗うために2人で入るか、使用人を呼び出して洗ってもらうそうですよ」
「この湯の入ったくぼみは何に使うの?」
「それに入るっす」
「その中に入ってください」
「ふうん、この中に入るのね」
と、姬媺が湯船に入ったところで、その中に入らず、そばでしゃがんだ姜莭が呆れ顔で姬媺に言います。
「陛下、大変恐れ入りますが、世間話などはともかく入浴の説明のときまで平民を無視するのはどうかと思います」
「姜莭がいるからいいじゃない」
「私もいない時、緊急の時に平民と話せるのですか?」
その苦言に姬媺は一度も言葉を発さず、少し困った顔で反対側の壁を眺めていました。
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