第101話 務光と卞隨の報告

★小難しいことを書いてますがノリで適当に書いてるだけなのであまり気にしないでください。




羊玄ようげんの右大臣だけあって、使用人たちが接客室に置いてあったテーブルを撤去して、大きい立派な椅子を1つだけ残して行ってしまいました。椅子に座った羊玄に、務光むこう先生と卞隨べんずい先生ははいをします。


喜珠きしゅに怪しい動きはないか?」

「はい、今のところございません」


夏后履癸かこうりきは妺喜を注目していましたが、羊玄は別の意味で気にしているようです。それだけ妺喜の持つあんの魔法は数百年に一度しか出現しないものであり、王朝にとっては監視の対象にせざるをえないのです。殺したほうが楽になるかもしれませんが、妺喜は蒙山もうざんの国の王族であり、国同士の関係に関わるので丁重に扱わなければいけないのです。


「まったく、数百年に一度の使い手だというに、陛下は危機感がなさすぎる。せめて蒙山と国交を深めるべきだ」


羊玄は誰に向けたわけでもなくぼやきます。「お気持ち、お察しいたします」と務光先生も苦々しい表情で、小さめの声で返事します。


「ところで、本題は何じゃ?しょうの公子のことであったか?」

「はい。子履しりのことでございます」


務光先生はそう言ってから、ちらちらと部屋の周りを一通り確認して、間を置いてから話し始めます。


「彼女の属性はこうである可能性がございます」


その一言に、羊玄は表情をこわばらせます。椅子の下の2人から見ても分かりやすいくらい、脚が震えていました。


「何か根拠はあるのか?」

「はい。神獣・索冥さくめいの分身が、子履の前に姿を現したようなのです」


羊玄は一度腰を浮かせかけましたが、ため息をついてもう一度椅子にもたれます。がたたという音が立ちます。


「いかがいたしますか。子履をここへ召し出しますか?」

「‥‥いや、放っておけ。わしらがより多くの徳を積めば済む話だ。他に言うことはないか?」

「特には」

「下がりなさい」


2人は深く頭を下げてから立ち上がり、その接客室を後にします。羊玄はもう一度ふうっとため息をつくと、「誰か!」と言ってコップを持ったような形に指を曲げて手を振ります。すぐに使用人が走ってきて、水を持ってきます。小さいテーブルも運ばれてきました。

水を一口飲んで小さいテーブルに置くと、使用人がなくなってまた部屋に1人きりになった羊玄は、窓の外の青空を眺めます。


光の魔法の使い手は、過去に数えるほどしかいません。黄帝こうていは徳を積み、諸侯を従え、蚩尤しゆうを倒し、神農しんのう氏の後をついで五帝時代という伝説の治世の祖となりました。しかし三皇は神、五帝は人間による統治です。人々が神から人間の世へ変わるのを受け入れた背景には、黄帝が光の魔法の使い手であったことがあまりに大きいでしょう。この魔法は生まれながらに徳がある人物の証でもあるのです。

もこの魔法を取り扱っていたことで有名です。闇を扱うこんの子でありながら鯀にはできなかった治水事業を成し遂げ、帝ぎょうからの国(※夏王朝とは異なり、ここでは単に安邑あんゆうという地の周辺をさす。現在の山西省さんせいしょう運城市うんじょうしにあったといわれる。なお斟鄩しんしんは洛陽市周辺)を賜り、帝しゅんの後継者となり夏王朝の祖となりました。その禹の子にあたるけい大康たいこうに位を与えるにあたり、史上初めて世襲制を確立させました。五帝はみずからの子がたまたまもっとも徳を持っていたために禅譲していましたが、みずからの子という理由だけで位を譲るようになった「世襲制」への変化を民が受け入れた理由として、禹が光の魔法の使い手であったという事実はあまりに大きいでしょう。(※なおWikipediaと『史記』では禹を司空にし治水を任せたのは舜とされているが、本作では便宜上の理由により『帝王世紀』の記述に従い堯時代にあったとして扱う。『史記』と矛盾が発生するが適宜読み替えされたい:堯命以為司空,繼鯀治水。十三年而洪水平。堯美其績,乃賜姓姒氏,封為夏伯,故謂之伯禹。及堯崩)

このほかにも光の魔法の使い手とされる人間は何人かいますが、とりわけ上の2人は、この中華の統治に大きい変革をもたらした点から、注目に値します。果たして子履もまた、この中華に史上初の何かをもたらすのか、それとも”その他大勢”でしかないのでしょうか。


妺喜と同じく殺したほうが都合がいいかもしれませんが、仮にも子履は商伯主癸しゅきはく(※長女)であり、安易に殺すわけにもいきません。そもそも他国の人を捕らえて殺すという行為自体、『武力ではなく徳によって統治する』というこの中華の価値観とは相容れないものであり、そして夏を永えらせるには徳が必要不可欠だと考える羊玄の最も嫌うものの1つでもありました。すでに夏后履癸は岷山みんざん氏の勢力を武力で制圧し、えんえんの2人の女を奪っており、そのほかにもいくつかの国を、本来徳で従えさせるべきが、代わりに武力で制圧しています。夏は諸侯から嫌われつつありますが、夏が積極的に武力を使うようになったのは夏后履癸が即位して以降です。今であれば、夏王朝全体の問題と結びつかないよう工作することも可能です。羊玄はそう確信しました。


「時間がない」


そうつぶやくとコップの水を一気に飲んで空にし、椅子から立ち上がって部屋を出ていきました。


◆ ◆ ◆


さて当の子履ですが、あたしを従えて法芘ほうひの屋敷にいます。及隶きゅうたいは法芘の家の使用人に混ざってお手伝いすることになっています。あたしもせめて料理を、と思って使用人に話しかけましたが、「うちにはうちの料理の流儀がございますので‥‥」とやんわり断られたので、こうして子履と一緒にいます。法芘から「しばらく待ってくれ」と言われ、部屋で2人きりになっています。


様は本当に戦争がお嫌いなんですね。こうして夏の家臣と交流を深めて、内部から夏を支えようだなんて」


あたしがぼやくように天井を仰いで言うと、子履は紅茶を上品に飲んで、それからにっこりほほえみます。


「私が歴史通りに戦争を起こしたなら、それは史上初の革命(※ここでは単に王朝が変わること)になります。確かに黄帝は涿鹿たくろく蚩尤しゆうを破り、阪泉はんせん楡罔ゆもうを破ったことはありますが、あれは人が神を倒した伝説上の事件でしかありません。今回私が戦争を起こすと、それは人間が神から信託を受けて立てた王朝を人間が倒す‥‥人間同士の戦争になり、時代が前世(※三皇五帝の徳のある時代をさす)から後世(※世襲が始まって以降、三皇五帝の徳がうすれた時代をさす)にうつりかわったことをあらわす象徴的な事件になるのです。中国では歴史的に、ほぼ全てのケースで武力を背景とした制圧、革命が起き、その数だけ悲劇が繰り返されてきました。その前例は何がなんでも作ってはいけません」


ほほえんでいたはずの子履はいつの間にか紅茶のカップを強く握って、その水面を鋭い瞳で見つめていました。


「中国では何度も戦争が起き、数え切れないほどの血が流されてきました。当然、人民が戦争を嫌うのはいつの時代も変わりありません。しかし時の統治者は例外なく、前例があったことを理由の1つに数えて武力革命を正当化しました。その端緒が私になるのです。この世界に概念というものを与え、形式を確立して後世に大きな影響を与えたのは私の他に王莽おうもう(※史上初の禅譲という名の簒奪を行い、しん王朝をたてた。同手法は曹丕そうひ、五胡十六国時代、南北朝時代、五代十国時代などに何度も踏襲された)もいますけどね‥‥。『反乱』という概念はすでに蚩尤によって作られてしまいましたが(※蚩尤は中国史上初の反乱を行った存在とされ、黄帝と戦った)、史実で私が起こしたとされる夏商革命(※商が夏を滅ぼした戦争をさす)の阻止は目先の戦争をなくすだけでなく、そもそも『革命』そして『放伐(※愚かな王を武力で討伐すること)』という概念を創造せず人民に与えないことで、以後5000年にわたる血と戦争の歴史をなくすか、あるいは軽減する‥‥このような意義もあるのです」


子履は想像以上に戦争を重く考えているようです。そりゃあたしも前世で太平洋戦争に従事したお年寄りから戦争の話を幾度も聞かされています。戦争は大嫌いですし、戦争のない世界が一番です。‥‥ですが、子履の話を聞くたびに、ひとしきりの、とりとめのない不安が頭をよぎるのです。

そんなにうまくいくのでしょうか?と‥‥。

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