第102話 偃師で料理しました
「さて、この馬車は4人用なのですが」
「大丈夫です、
子履は嫌そうに唇を尖らせながら、「‥‥分かりました」と言って先に馬車に乗ってしまいます。あたしたちも後に続きます。
子履はあたしの隣を一人占めしたいようで、ぎゅっとあたしの袖をつかんでいます。姚不憺は向かいの任仲虺の隣に座りました。
「まったく、どうして虞は商の近くにあるんでしょうね」
などと言ってすねている子履の足を、そっと任仲虺が軽く踏みます。これはこれでかわいいかもしれません。
◆ ◆ ◆
馬車は
「
「わかってるくせに」
子履はなぜかぷんぷん怒りながら窓の外ばかりを眺めています。今日の子履は機嫌が悪いようです。そんなあたしは姚不憺と話をしています。斟鄩の思い出話に花を咲かせていると、姚不憺が河を眺めながら言いました。
「僕、友人と一緒に河へ釣りに行ったんだ」
「素敵ですね。河はきれいでしたか?」
「ああ、水も澄んでいるし、魚もたくさんいたんだ」
「あたしもいつか釣りに行ってみたいですね」
街道を進んでいるので、河のへりを直接進んでいるわけではありません。しかしここから河までの距離が誤差に思えるくらいに、河はとても大きく、海だと間違えるくらいに広いのです。向こう岸がよく見えません。
「魚を
「そんな、あたしが姚不憺様の料理を作るなんて恐れ多いです」
「いいや、僕は君の料理が食べたいんだ」
あたしは頬を赤らめて、ひたすら及隶の頭をなでるというかこすりまくります。及隶が「痛いっす」と言い出したので手を止めました。そしてちらっと子履を見ると、窓枠に肘をつけて頬杖をしている子履は、ぎろりとあたしをにらみました。ああ‥‥子履が不機嫌な理由、なんとなくわかります。あたしを姚不憺にとられるとでも思っているのでしょうね、ですが姚不憺のようなイケメンで身分も高い人があたしのような下人と結婚したいなんて考えるはずがありません。
◆ ◆ ◆
偃師に着きました。斟鄩から商丘まで約10日かかる予定ですので、宿への宿泊はあと8回繰り返します。
宿に入るとなぜか受付の人たちが子履や任仲虺たちをロビーのソファーに待たせて従業員たちが受付の奥の廊下に集まってひそひそ話をしている様子でしたので、あたしはロビーで掃除している人を見つけてそっと尋ねます。
「すみません、何かトラブルなどありましたか?」
「ああ、料理長がみんな熱出しちゃってさ、厨房を仕切る人がいなくて困ってんだよ。お帰り願うかもしらんねえ」
とため息をついて、また掃除に戻ります。あれ、これチャンスでは?
あたしはすぐに及隶の腕を引っ張って、子履たちに一声をかけて許可をもらうと受付に走りました。
「料理長が足りないようですが、あたしがお手伝いいたしましょうか?」
「あなたが‥‥?少々お待ちください」
と言って受付の人はしばらく後方と話していましたが、戻ると首を振りました。
「いんや、貴族にお出しする料理でございますので、それなりの熟練がございませんと」
「問題はありません。あたしは
やっぱり実務経験があるのは強いですよね。受付の人はあたしを二度見どころか何度もましまし見ています。ああ、あたし見た目はよくても10くらいですよね。あたしみたいな子供が嘘をついているとでも思われているのでしょうか、一気に不安になります。
と思っていると、子履が歩いてきました。
「ああっ、これはお客様、しばらくおまたせいたします」
「これは客としての要望なのですが、料理人がおられないのでしたら
「こんな子供がですか?」
「はい」
受付の人はまた丁寧に「しばらくお待ち下さい」と言ってまた後ろへ行って、戻ってくるとあたしを手招きします。子履のおかげで助かりました。
厨房では何人か料理人がいますが、みんな作れるのは簡単な料理ばかりです。料理長の手並みを毎日見ているので難しい料理も作れないことはないですが、質は保証できない程度の腕前でしょう。雑な料理を出すか客を帰らせるかで悩むあたり、この宿はある意味で健全な経営ができているのかもしれません。まあ、あたしも商の屋敷に戻ったらまた料理の仕事再開ですからね、練習だと思っていきましょう。この宿で出している普段の料理を確認して、慣れた手付きで次々と料理人に指示を出します。
料理人たちはみんな大の大人ですので、あたしが流暢に指示するのを「えっ」と目を丸くしながら聞いています。作業自体はまじめにしてくれるのですが、あたしが指示した時の料理人たちの反応が脳裏に焼き付いて、料理中に何度も笑ってしまいそうになるのですがこらえます。
そんなあたしは、刺身を作ります。前世では刺身は日本発祥だと考える人も多いようですが、この世界に転生して初めて知りました。刺身は古代中国にもあるようで、
「では、この鹿肉の膾も」
と言って料理人が真っ白な肉を差し出してきました。うん、この宿は今までにどれだけ死者を出してきたんでしょうか。
「その鹿肉は膾にできませんし、焼いても危険なので捨ててください」
「ええっ、ですがうちのメニューに入っていますので。ほら、霜が降ってきれいでおいしそうでしょう?ここ1ヶ月の中でも格上の食材だと、猟師も絶対の自信を持っておりました」
「ダメです。絶対に捨ててください。それを食べると、はじめは何もなくても半年以内に病気になって死にます。というか、白い肉は絶対に食べないでください」
この世界に寄生虫という言葉は確かなかったのですよね。どのような説明をしたら伝わるのかわからないし、子履ですら虫歯を説明しようとして伝わらなかったので、あえて説明するよりも権力で押していくべきでしょう。実際、あたしの料理長としての腕前はもうみんな知ってますよね。
料理人たちは戸惑いますし、中には「先生の料理を否定するとは」と怒って飛び出した料理人も半分くらいいましたが、他の人は最後にはあたしの言う通りに捨ててくれました。ていうか、まさかですけどもしもともとの料理長が倒れていなければあたしたちは‥‥前世の知識があるあたしと子履以外はあれを食べさせられていたんでしょうか。やっぱり陽城のような大きい宿のほうが安全だったかもしれません。あたしはちょっと背筋が凍ります。
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