第81話 あたしの親戚を見つけました(2)
しきに料理中だったらしく食べ物のにおいを身につけている年配の女性が姿をあらわし、洋風の絨毯に膝をつけて丁寧に頭を下げます。
「うちの息子が無礼を働いたのであれば、申し訳ございません」
「とんでもございません」
母親は頭を上げると、改めて自己紹介します。
「私は姓を
「いえいえ」
「私は子履と申します。こちらこそ急に押しかけてしまい、申し訳ございません。どうぞ楽になさってください」
子履がしっかり
「そして、そちらの‥‥」
「伊摯です」
「はい、そちらの伊様が親戚をお探しとのことですが‥‥‥‥」
終宏がこう言ってからしばらく話が途切れたので、あたしは自分から聞いてみます。
「この家にいる女性で、洪水に巻き込まれて亡くなった方はおられますか?」
「
終宏がこう言い切ったので、あたしは思わず子履と目を見合わせます。子履が食いつくように聞いていきます。
「その洪水はどこで起きましたか?」
「
「その母親は亡くなった後どうなりましたか?」
「伝聞では
さすがに非現実的な話を信じない人もこの世界にいるようです。あたしは少し安心しました。子履は横から見てわかるほどの興奮気味で、ひとつ深呼吸してから、落ち着いた声で言いました。
「こちらにいる
「ああ‥‥目の形と髪の色は似ております」
「盤費の写真はございますか?」
「写真‥‥とは?」
やはり子履は興奮してしまっていたのか、この世界に存在しない言葉を使ってしまいます。子履は「あっ、いえ」と口をつぐみますが、背もたれに体重を預けてからちらと私を見ます。いかにも女の子らしい控えめな笑顔でした。
「祖母にもしっかり縁談を認めてもらいましょう」
言ってることは控えめじゃないんですけどね。この世界では親の言うことは絶対で、たとえ国の王様であっても自分の親に従わなければいけません。ですから、外戚政治といって、親や皇后の親が国を乗っ取るケースがあるのです。そんな世界で、詳しい事情を知らない親にとりあえず承諾させるのってこの世界の習慣の悪用ですよ、悪用。
しかしこの話を総合するに、目の前にいる終宏という人はあたしの祖母かもしれません。まだかもしれないという段階ではありますが、言われてみれば確かに目の前の女性はどこかなじみのあるような雰囲気をしています。これまで他人だと思っていたのが、妙に心の隙間にはまるような絶妙な感じがするのです。
終宏はそれでも、あたしを見て首を傾げている様子でした。目が似ているというのも、事実かもしれませんが終宏にとっては確信に至るほどではなかったのでしょうか。微妙な空気の流れを感じ取って、子履は黙ってしまいます。証拠がないんですよね。あたしは赤ちゃんの時、桑の木のところに落ちているのを見つかったらしくて、あたしを育ててくれた義理の親ですら母の顔を見たことがありません。前世ならDNA鑑定があったんですけど、この世界ではたとえ母の資料を引っ張り出してもそれは証明できません。
ですが、隣の子履の顔がやけに悲しげに感じられたので、あたしはため息をついて、自分らしくもない質問をしてみました。
「すみません、その盤費様は身ごもっておられましたか?」
「はい、臨月でした」
「日記がもしあれば、見せていただくことは出来ますか?」
「それは‥‥持ってきますので‥‥」
席を立って部屋を出ていこうとする終宏が露骨に嫌そうな顔をしていたのであたしは慌てて立ち上がりかけましたが、やっぱり座り直しました。これが最初で最後のチャンスだという気しかしてならなかったのです。
終宏と入れ替わりに、鏡を持ち上げて髪にくしを入れながら、伊纓が入ってきました。伊纓はあたしの目に気づくと鏡を収めて、そのまま隣まで回ってきます。
「な、何でしょうか」
「首の後ろを見せてほしい」
「は、はい」
さっき子履に応対したときとは別人のように、あたしに堂々と迫ってきます。うわ、これあれです。少女漫画に出てくる男の人みたいな感じです。あのナルシストで残念な男がこんなイケメンさを出してくるなんてずるいです。
別にイケメンだからというわけでもないですけど、あたしはそのまま伊纓に背中を見せます。すると伊纓は、あたしの後ろ首をなぞります。微妙にくすぐったいです。
「‥‥後ろ首が丸く膨らんでるね。おば上はそれを呪いによる腫れかと思って心配していたんだ」
「‥‥盤費様の首にもこのような膨らみが?」
「耳たぶがない。肩幅も狭い。ちょっと立ってみて。‥‥身長に対して座高が少し高いね。
それだけ確認してから伊纓は立ち上がって、「ああ、戻ってくるな」とつぶやくと、呆然とするあたしにささやきます。
「今度の
「は、はい」
あたしがうなずくと、伊纓は逃げるようにその場を離れます。少し経って、1冊の本を持って終宏が戻ってきました。
正直、その本からは収穫はありませんでした。ただ、盤費という女性は優しい女性で子思いであること、人柄のとてもいい女性であることは分かりました。終始終宏が不機嫌そうな顔をしていたので、あたしは素早く読んだ後に返しました。
◆ ◆ ◆
「あの家にはそうそう簡単には行けなさそうですね。可能性は高いと感じたのですが」
家から出てしばらく歩いてから、子履は残念そうにつぶやいていました。あたしの隣の
「今度、
そう声をかけてやると、及隶の顔は一瞬で輝きました。
馬車に戻ります。馬車が動き出すとあたしはふと思い出して、当たり前のように隣の席に座っている子履に尋ねました。
「そういえば履様はお見合いのときに
法彂がお見合いの話を断った時、子履はいくらか食い下がっていました。子履はあたしのことが好きだと思っていたのですから、あたし以外の相手に食い下がる子履というのが新鮮だったのです。しかし子履はふふっと笑ってから返事しました。
「私は空気を読んでくれる男の人が好きですよ。摯と過ごす時間が増えますから。
「ああ、そういう‥‥」
あたしは苦笑いをして、窓の外を眺めていました。
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