第137話 もう一度索冥のところへ(1)

しばらくたって、あたしたち3人は任仲虺じんちゅうきの部屋に集まりました。テーブルに集まって、3人一緒にその本を精査します。


「‥‥‥‥確かに、この呪文例は水の魔法と同一です」

「よく見てみると、金の魔法もありますね」


2人ともそう言ってため息をつきます。どうやら光の魔法の章だと思っていたものは、他の五属性の呪文が混ざっていただけのものだったようです。


「はぁ、この本は偽物だったのですか‥‥やっと実用的な本を見つけたと思ったのですが‥‥」


と肩を落とす子履しりを見て、あたしは小さく首を振ります。


「‥‥この前、図書室で読んだ本と矛盾はしていないのでは」

「えっ」

「いったん本に書いてあったことや務光むこう先生のおっしゃっていたことを整理してみましょう。『光の属性は他の属性に擬態することがある』『光の魔法の中身よりも、光の魔法が使えることそのものを強調しがちな傾向にあること』、とありましたよね。ということは、光の魔法でできることは実は他の五行と区別しづらいのでは」

「はい」

「それに、ほら、様自身も、金の魔法の呪文を使って実際に魔法を使うことができてましたよね」


子履と任仲虺はしばらく2人で小声で相談していましたが、子履が「‥そうですね、確かに」とうなずきます。

任仲虺は本を開いて、ページをめくって調べています。


「それでは金の魔法が突然使えなくなったのはなぜでしょうか」

「光の魔法にはまだわからないことも多いのですが‥」


あたしはそう前置きした上で、「おそらく‥他にも条件があるのかもしれません。普通の魔法と違って」と付け加えます。


「条件‥ですか」


子履がそうやって考え込むかたわらで、本を読み続けていた任仲虺が提案します。


索冥さくめいに聞くのはどうでしょう?」


索冥は、1学期に洛水らくすい伊水いすいの合流地点近くにある小さなびょうに行って、そのときに子履たちの前に姿を現した麒麟きりんの種類の1つです。

子履がおそるおそる尋ねます。


「なぜ索冥ですか?」

黄帝こうていのところに五獣ごじゅう(※索冥は五獣の1つである)があらわれ、偉業を補佐したという伝説を、せつの国で小耳に挟みました。補佐したのであれば、少なからず光の魔法についてご存知のはずです。聞くべきでしょう」

「聞くべきでしょうって、神獣に対してそんな簡単に‥‥」

さんこそ、以前に学園の課題というくだらない用事で呼び出せたではありませんか」


子履はためらう素振りを見せますが、任仲虺は本をまた閉じてテーブルの上に置きます。


「さっと見る限り、五行やあんの魔法に関しては、呪文だけでなくその属性でできることの概要、歴史的背景についても簡便な記述がありました。しかし光に関しては呪文の羅列のみで、他の記述は一切ありません。この本の筆者にもわからないことが多いのでしょう。使えるものは何でも使うべきだと思いますよ」


◆ ◆ ◆


今から行くと帰りは深夜になりそうなので、翌日の朝から行くことになりました。

翌日はバイトの予定が入っていたので、まず馬車はそっちに向かいます。あたしがいつもの癖で膝の上に及隶きゅうたいを置いたら、子履があっさり横に座ってきました。おいやめろ。

でも子履はあたしにもたれるまもなく、昨日の本をまだじっくり読んでいます。


「‥仮に光の魔法が五行すべての属性魔法を使えるというだけのものであれば、五行に優越している部分はどこにあるのでしょうか」

「1人で五行を全て扱えるというだけですごいのでは。そう王さまのように2つ持ってるだけでも珍しいですよ」

「いいえ。実務としてはそれぞれ異なる属性を持った人を5人集めればいいだけです。なぜ黄帝やは、光の魔法が使えると喧伝けんでんしていたのでしょうか。実際に見せてみろと言われても、人並みの魔法しか使えないのは目に見えているのに」

「確かに‥」


確かに歴史書では、光の魔法を使って戦争に勝ったなどという記述はありません。光の魔法を積極的に評価する記述もありません。それだけ実際に使う魔法がしょぼかったのでしょうか。


「魔法そのものではないと思いますよ」


と返事するのは任仲虺です。


「光の魔法を操る人は徳にあふれていて、五佐や五獣など、伝説の神々と交流を深めていたそうではないですか。もしそれらの神々と出会う条件が光の魔法の使い手ということであれば、それだけで他の属性を軽く優越します」


などと話しているうちにみせに着きました。あたしが「失礼します」と先に降りようとしますが、子履が「そういえばこの先は長いですし、少し早いですがここで昼食代わりに軽く食べるのも悪くないですね」と言い出します。まあそりゃそうですが、もう少し東にある廟に近い別の肆でもよくないですか。


◆ ◆ ◆


「本日、急用が入って仕事できません。大変申し訳ございません」

「こちらこそ伊摯いし様の料理には大変助かっています。どうぞご遠慮なくお休みになってください」


お互い深く頭を下げながらやる変な挨拶も終わらせてあたしが店長の部屋から出ると、歩瞐ほばくが「前よりもかわいくなってる~」と言いながら及隶を持ち上げて頬をこねこねして遊んでいるところでした。「苦しいっす‥」という声が聞こえてきたような気がしますが気のせいでしょう。気のせいです。あたしは「先輩、後で手を洗ってくださいね‥‥」と小声で言ってやります。

テーブル席に戻って子履や任仲虺と会釈して椅子に座ると、子履が食べていたを盛ったスプーンをあたしに差し出してきます。


「これおいしいですよ。食べてみてはどうです」

「はい、喜んで」


とあたしがそれをぱくりと食べます。確かにおいしいです。ふと隣を見ると、任仲虺が何かに呆れたようにため息をついています。


「どうかしましたか、仲虺ちゅうき様」

「いえ‥‥矛盾しているなと‥‥いえ、何でもございません」

「矛盾って、あの本のことですか?」


任仲虺は答えたくなさそうに首を振ります。それ以上聞かないことにします。


食べ終えました。さて馬車に戻りますかと思って外に出ようとすると、いつもの2人とすれ違います。あたしが拝をしようと腰をかがめると、羊玄ようげんは「こんな狭い玄関で膝をつかんでよい、あとがつかえる」と言ったので立ち上がります。


「お二人様、よくこちらにお通いになりますね」

「庶民の味を知っておくことは民を治めるのに必要なことだ」

「じじい、こう言いながらいつもここに来てまっせ」


公孫猇こうそんこうが横からいじると、羊玄は靴を踏みます。相当きつめだったようで、公孫猇は片足を持ちながらカンガルーのようにとんでいきます。


しょう伯の子か。なつはよくいたのに、最近見えないな」

「はい。文化祭の準備で忙しくなりまして」


子履が答えます。羊玄は「ふうむ‥」とあたしたち4人を一通り眺めてから、もう一度あたしに尋ねます。


伊摯いし、今日はお前がこの肆の当番だろう。これから作るのか?」

「いいえ、今日は急用が入ったのでお休みさせていただいてます」

「急用?何のだ?差し支えなければ教えてくれぬか」


やっと足の腫れが引いたのか、向こうの方で「えーっ、今日いないのかよ」という公孫猇の大声が聞こえます。羊玄は「お前は黙れ」と怒鳴りつけています。


「はい。東へ行って、索冥さくめい


そこまで言いかけると、いきなり子履が腕をあたしの肘に絡めて思いっきり引っ張ってきます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る