第158話 光の魔法と徳と背信
いっぽう、あたしと
「‥
とたんに子履がそうぼやきますので、あたしも手紙を書く手を止めて、子履に尋ねます。
「光の魔法があれば、
「いえ‥光の魔法で何ができるかは分かりませんが、きっと五行よりも強力な力でしょう。光ということですから、きっと‥
「人の気持ちを操るのは
あたしの推測に子履は返事もせず、少し呆然とした後にまた手紙を書き始めます。そして、もう一度筆を止めます。
「光の魔法は
「そういうことではないですよ」
‥確かに、光の魔法は未知です。どうすれば発動できるかだけでなく、この力でできることすら分からないのです。わらにもすがる思いで光の魔法の話を持ち出したのでしょう。子履が抱いているのは、もしかしたらありもしない希望かもしれません。
「ささいなことにこだわるなと言っているのではないですか」
任仲虺も口を挟みます。
「‥妺喜が、ささいなことなのですか?」
「『小事に拘りて大事を忘るな』、という言葉があります。わたくしも言いたくはありませんが、妺喜さんよりも優先すべきことがあるのでは」
「えーっと‥
あたしが質問してみます。あたしも友達に対して言うことではないかもしれませんが、妺喜はあくまで外国の人ですし、
「はい、わたくしはそう思います。外国同士の話に首をつっこむのはやめ、自分の領土をよくおさめるべきでしょう」
「仲虺。夏王さまが妺喜を溺愛し国を乱すようなことがあれば、それこそ徳を失したということでしょう。夏が徳を失うことの無いよう未然に防ぐことは、まわりまわって商や周辺諸国にも利益をもたらすはずです」
「確かにあなたかたの言う前世では、そうなっていたかもしれませんが‥‥」
そう言いかけて、任仲虺は言葉につまります。手も止まります。しばらく何か考えている様子でしたが‥‥ここで、あたしのベッドでくっすり寝ていた
「
「‥‥あっ、センパイ。隶、ちょっと怖い夢を見たっす」
などと言って及隶がよちよち歩きしたあと、あたしの膝に飛び込んできます。あたしの腰をしっかりつかんで離しません。もうこうなったら面倒ですね。及隶はぴょこっと机の上に顔を乗せますが、まだ体がふらついています。ねむそうです。
ちょうど手紙を書くのも行き詰まった頃ですし、ちょっとだけ話してみるのも悪くないかも。「どんな夢見たの?」と尋ねますが、及隶はひとつあくびをしてから、ぴょんとあたしの膝から飛び降ります。
「‥そうだ、さっきの話を聞いてたっすけど」
「あれ、やっぱり聞いてたんだ」
まあ前世の話とか及隶には分からないだろうなと思いつつその頭をなでていると、及隶はねむたそうに目をこすりながら言います。
「天命は商にありて、
「‥‥えっ?」
「と、夢の中で誰かが言ってたっす」
「あ、ちょっと‥」
及隶が勝手に歩いていってまたぽんとベッドにとびこみます。あたしは呼び止めようとしますが、ふうとため息をついて椅子に座り直します。しょせんは子供ですからね。
任仲虺が興味深そうに身を乗り出して「夢のお告げかもしれません、詳しく聞きませんと」などと言い出しますので、あたしは「子供の言うことですから‥」と適当に言ってごまかします。
「
「正直、私もそこまで気にはならないのですよ。今までは周りにあわせて興味のあるふりをしていましたが、前世ではそのようなものはオカルトだと言われて信じられませんでしたから。科学が発展するとは、目の前の真実だけを見るということです」
うわ、子履の説明も容赦ないなあ。確かにこの世界‥‥じゃなかった、前世の古代中国で占いが発達する理由も理解できますが、少しは期待させるような言い方してくださいよ。いってるあたしも信じませんけど。
「うう‥前世はよほど無味乾燥な世界なのですね」
任仲虺はそうぼやきます。
◆ ◆ ◆
時間は少し遡って、その日の早朝、
その目の前には、
この世界では竜は神のようなものとして崇められ奉られています。夏の国に竜を管理する役職があるほどです。そのようなものを目の前にして、喜㵗は「おっ」と思わず声に出し、喜比は一瞬立ち止まっていましたが、喜鵵は顔色一つ変えず、まっすぐ広萌真人を見ていました。
「ほう」
広萌真人がひげをいじりながら笑います。喜鵵の表情をもう一度確認します。
「やはり来たな」
「はい、まいりました」
喜鵵は2人と一緒に地面に膝をついて、頭を下げます。
「真人のおっしゃる通り、
「うむ。ひとつ策を授けるが、これを実行すればお前たちは二度とこの国に戻れないだろう。この九州で身を隠しながら暮らすか、あるいは
「承知しております」
広萌真人の言うことで、喜鵵はこの真人が何を考えているかを一瞬で悟りました。確かにここで行動を起こすということはどちらにしろ夏に反抗することになるので、必然的に自分たちはこうなるでしょう。
「帝丘軍はお前を
「三日三晩でございますか」
「そうだ。そして、斟鄩に乗り込み夏の後宮を襲撃し、
喜鵵はこくんとつばを飲み込みます。‥が、前かがみになってしまうのを止めて、質問します。
「この国の
「気の毒だが、せめて周囲の国に散ってもらってくれ」
こうして喜鵵、喜㵗、喜比はそれぞれ数人の兵士とともに竜に乗り、残った兵士たちには民衆を他の国へ逃がすよう命じます。出発‥‥直前に、喜鵵は竜の上から広萌真人に尋ねます。
「お尋ねしますが、天帝のご加護を受けた人とはどなたでしょうか?」
「行って確かめよ。その者は光の魔力を持ち、天命を託された者と聞く。いずれ夏は滅び、諸侯はその者に従うであろう。禹の再来となるだろう」
「あの夏が滅ぶとは‥それほどの者が、すでに」
禹は九州を明らかにし、九山を治め、九川を導き、複雑だった税制を五服制度をもって簡素にし、武器の生産をやめ、無駄な工事をさせず、あまりの手腕に、当時禹が仕えていた帝
(※家来がまじめに仕事に励み、舜の名声が上がり、民も街も栄えるさをあらわす。なお『史記』ではこのあとに
帝舜の死後、
そのような名君がすでにこの世に誕生し、斟鄩にいるということに、喜鵵は興奮を隠せませんでした。
竜は蒙山の国を
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