第159話 天帝が間違っている

その翌朝、の宮殿では、風䅵ふうしゃくが上奏していました。風䅵、そして風普ふうしんは呪術だけでなく占術、夏・中華や九州の将来の予見を専門としており、たびたび占いの結果をもとに進言していました。彼らが名乗っているふう姓は三皇である伏羲ふくぎ女媧じょかの姓とされるものであり、神々の子孫であることがうらないの結果に威厳を持たせていました。


「卜いによりますと明日の午前、この斟鄩しんしんわざわいが起きるでしょう」(※ここではわざわいは自然災害、禍は人間によって引き起こされる災難として区別される)

「ははは、面白い余興だ。さて明日は何が起こるだろうか」

「笑い事ではありません。明日の禍を放置すれば、夏の権威は地に落ちるでしょう。斟鄩は今すぐ厳戒態勢とし、至るところに兵士を置いて有事に備えるべきです」

「して、禍の犯人はどこから来るのだ?」

「空から参ります」


その風䅵の返事に、夏后履癸かこうりきはけらけらと、椅子というかベッドに寝転がりながら笑い出します。


「卜いというものはもっと厳かなものだと思っていたが、そうではないようだな。わしを楽しませてくるなら毎日卜ってくれ」

「笑い事ではございません!」

「お前の卜いは当たることもあったが、これは余興であろう」


などと夏后履癸は全く相手にしないので、風䅵は「下がれ」と怒鳴られるより前に真っ赤な絨毯の上を引き下がって、家臣の列の中におさまります。


◆ ◆ ◆


朝廷が終わった後、足早に帰ろうとする風䅵と風普を、羊玄ようげんが呼び止めます。この日は羊玄の後ろに羊辛ようしんも控えていました。

羊玄が尋ねます。


「今日の卜いの話を詳しく聞かせてくれないか」

「はい‥いいえ、本日陛下に上奏した以上の結果は出ておりません」

「なんと‥さらに詳しく卜えないものか」

「卜いというものは、時として抽象的なものでございます。私どもも、敵が空から参ることの意味をいまいち掴めておりません。しかし禍の規模は、夏の存続を問うものでございます」

「なんと。夏が滅ぶようなことがあれば、この九州を治めるのはえびす(※異民族)を差し置いて何があろうか。それではこの地はたちまち荒廃するだろう(※この世界では、異民族は下劣で野蛮なものとみなされている)。備えはないよりはあったほうがいいが、念のためわしも卜いをしておこう。お前たちはわしの屋敷でしばらく待ってくれないか」

「は、はい、ありがとうございます」


と、風䅵と風普は丁寧に、深く頭を下げます。

羊玄は羊辛に何か指示を出します。すぐに羊辛が、散っていく家臣の塊に突っ込んでいって、そして公孫猇こうそんこうを連れて戻ってきました。


羊玄の屋敷で、羊玄はみずから、風䅵と風普が卜ったものをあらためて卜い直します。その亀の甲羅の割れ目を見て、それを少し乱暴に机の上に置いてから、羊玄は客間に戻ります。


「待たせた。わしも占ったが、明日禍が来るというのはどうやら本当のようだ」

「それでは‥」

「うむ。兵を動かしてくれ。陛下にはわしから伝えておくので、あとはお前たちの好きにしろ」


公孫猇は拝をしてすぐ出ていきましたが、風普と風䅵は拝をしてから立ち上がったまま動きません。


「敵が空から参るとありますが、その意味は何なのでしょうか?」

「それはわしも分からぬ。空から参る以上のことはきれいに何も書かれていなかった。卜いの限界を超えたものだろうか、それとも‥」

「卜いの限界‥でございますか」


羊玄の話の途中に割り込んでしまったかと風䅵は怖気ついて頭を下げ一歩下がりますが、羊玄は構わんとでもいうように返事します。


「うむ。お前たちの言った通り、卜いでは細かい結果が返ってくるとも限らぬ。空から何が来るかは重要ではないのだろう。そのものがこの斟鄩に加える災厄、これが甚大だということなのだろう。分かったか?」

「はい、よく分かりました」


2人は深く頭を下げて、足早にその場を去ります。その後姿を少し眺めて、羊玄はそれから反対側にある窓を振り向いて、つぶやきます。


「それとも、天が我々に、意図的に隠そうとしているのか」


◆ ◆ ◆


そのころ、あたしと任仲虺じんちゅうき子履しりはあたしの部屋に集まって、索冥さくめいを召喚していました。子履の部屋でもいいんですが、同室の姒泌じひつにばれたくないんです。あたしの部屋なら、同室の妺喜ばっきは不在なので都合がいいです。本当は悲しいことなんですけど。

その索冥は、あたしの作った小盛りの饂飩うんどんを食べながら(※この世界では野菜炒めと焼きうどんを混ぜたものを饂飩と呼んでいる)、ただ子履だけを見ています。


<わざわざ呼び出してくるのは久しぶりだったな。何の用だ?>


「索冥。こうの魔法でできることを教えてください」


それを聞いた索冥は、またもくすっと笑います。


<使えもしない力について質問しにきたのか。お前が考えを改めない限り、決して使えないだろう>


「私が力を使えないのは、天帝が間違っているからです」


子履の言葉に索冥は一歩下がりますが、あたしも任仲虺も目を丸くして子履から少し下がります。少しの沈黙の後、索冥はまた笑います。


<面白い人間だ。そのように言ってくるのはお前が初めてだ。どこが間違っているのか聞いておこう>


「はい。私は夏に敵対することなく、平和的に現状を解決できる方法を考えています。それなのに天帝は、夏を滅ぼさない限り平和が訪れることはないとお考えなのでしょうか。最初から決めつけてかかるのを、私は納得できません」


<なるほど。どうあってもお前は、夏の饕餮とうてつ(※四凶しきょう神のひとつ。財産・暴食をむさぼるという)を生かしたいようだ>


「そんなことはありません。王が誤っていても家臣さえ間違っていなければ、国はもちます。そして間違った家臣がもしいれば、外部からできるだけ介入して取り除くだけです。例えば私が指名した家臣を夏の宮殿に送り込み、悪臣をやめさせるよう工作します」


それを言われると索冥はため息をついて4本ある足を曲げ、床に寝転がります。


<お前はなぜ、そこまで夏の安寧にこだわる?>


「これまで人間同士の大きな戦争はありませんでした。仮に革命(※王朝が変わること、またはそれにつながる戦争など)が起きれば、後世の人々もきっとそれを見習い、次々と革命を起こすでしょう。これから数千年にもわたって、戦争によって多くの民が苦しみます。それを防ぐ方法は簡単で、革命を発明しなければいいのです」


索冥は目を閉じて、またため息をつきます。


<戦争によってしか得られない平和もあるのだ>


「それは戦争を起こさなくてももたらせることを、きっと私が証明します」


<ああ、天はなぜ愚かな人間に力を与えたのだ>


索冥はそこまで言うと一気に目を大きく開け、何かに気づいたように窓の方へ歩いていきます。「窓から顔を出さないでください‥」とあたしは言いますが、索冥は反応せず、しばし窓の外を睨んでいる様子です。やがて、それから一度だけ「はっ」と小さく笑ってから、振り向きます。


<最初の質問は、光の魔法でできることだったか>


「はい」


<光は五行のすべての魔法を包含し、なお強化することが可能だ。呪文の書かれた書はあるが、別に覚える必要はない。この前びょうに来た時にどこまで説明したかな。お前が『願い』を念じれば、呪文はすぐ出てくるだろう>


索冥はそれだけ言い捨てると、子履の「あの‥」という返事も待たずに一瞬でふっと消えてしまいました。

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