第236話 物産展の準備をしました

あたしは今日も、路地裏にある小さいみせに通っていました。そこで最近出されるパフェがおいしいのです。見た目は派手なのに、味もそれに負けないくらいいいのです。明らかに前よりも腕を上げているのです。


「はぁ、おいしいです!これはいつもにましておいしいです!ご主人、もう一流シェフ狙えるんじゃないですか!?」

「いいえ、それを作ったのは私です‥‥」


小声で女性が、テーブルのあたしの隣の椅子に座りました。


「ええっ、あなたが作ったんですか!?」

「はい。店主もご高齢ですし、私も勉強させていただいています」

「勉強って‥もともと料理はうまいのでしたっけ?前の肆でも受付をなさってましたよね?」

「ああ‥‥あの肆には、料理修行のつもりで入ったのです。もとから料理はうまいと家族や友人から言われていました」

「ああ、そういう」


料理がうまいと言われると、なんとなく気になるものです。仲間を見つけたとでも言うべきでしょうか。


「これまで何度もお会いしてましたが、お名前一度も聞いておりませんでした。あたしは姓を、名をといい、このしょうの国に仕えている者です」

「私は姓を、名をぎんと申します」


ん、歩姓ってどこかで聞いたことがあります。ああ、斟鄩しんしんにも、あたしがバイトで行っていた肆の先輩の歩瞐ほばくがいましたね。この世界では、無関係の家族が同じ姓ということも多いのであまり珍しいとは思いません。


「私の家は料理人の一族で、姉も斟鄩で働いているんですよ」

「‥‥‥‥ん?姉のお名前は何と言うのですか?」

ばくです」

「ええっ!?もしかして料理の修行を?」

「はい、肆に勤めてらしてるとお聞きしました」

「あたし、お会いしました!一緒に働きました!」

「ええっ!?」


こんなところに縁があったなんて。ついつい話し込んでしまいますが、しばらくたったあとに肆に客が入ってきたタイミングで「あっ、いけない」と歩誾ほぎんが立ち上がります。


しまった、今日話すべきことをまだ話せていません。歩誾があわててキッチンに駆け込んで、少し経った後に新しいパフェを持って戻ってきました。配膳したタイミングで、あたしはまた声をかけます。


「すみません、本日の用件をまだお伝えしていなかったのですが、お時間とれますか?」

「少し待ってください」


言われたとおり少し待った後に歩誾が戻ってきてあたしの隣に座ります。


「用件とは何でしょうか?」

「はい。ええと、実は来年、物産展をやることになったのです」

「物産展とは?何でしょうか?」


あ、しまった、この世界にはそもそも物産展という概念がないのでした。地方の人が斟鄩や近所の都会へ売り出すことはあっても、国や団体がきちんとイベントとして主催するようなことはないのです。これまでは祭りがその役割を果たしているようなものでしたが、祭りとは別に、商品の紹介を主体としたイベントがありません。

あたしも簡尤かんゆうに説明する時、とても苦労したものです。


「自慢の料理を作って、はくの中心部へ持っていくのです。試食してもらって、気に入ったら買ってもらいます」

「ふんふん、なるほど」


歩誾はうなずきながらあたしの説明を聞いて、それから「分かりました、夜に店主と相談します」と返事しました。


「あ、それから、物産展があることを知り合いの肆にも伝えてほしいのです」


と言って、あたしは、この肆の入り口に張ってある亳の簡単な地図を見ました。所々に、同じように路地裏にある埋もれた肆の位置に印と名前が書かれています。このような地図をあちこちの肆に張るのは、子履しりのアイデアでした。


◆ ◆ ◆


「というわけで、物産展は来年の建寅けんいんの月(※グレゴリオ暦2月相当。この世界ではこの月が一年の最初/正月となる)の中頃に準備が整う見込みとなりました」


あたしは商の朝廷でそう報告しました。簡尤も相談に乗ってくれますが、この物産展の責任者はあたしなのです。あたしがリーダーになる初めての仕事です。頑張ります。


「来年のお正月であれば、私も参加できますね」


子履のコメントでした。はい。今は建申けんしんの月(※グレゴリオ暦8月相当)。来年の正月になれば子履の三年の喪も終わり、おおっぴらに外を歩けるようになるのです。子主癸ししゅきが亡くなってから何かと慌ただしい日が続いていましたが、これでやっと子履と安心してデートに行くことができます。

子履の顔も、どこか楽しみそうに見えました。三年の喪ではあまりろくな食事ができなかったので、来年はもうあたしも頑張って子履のために料理を作らなければいけませんね。


あたしの話も終わったところで、大広間に役人が入ってきて「勅使でございます」と言います。これで朝廷は中止になりました。


商はの家来という立場なので、夏から来た使者は国賓としてもてなし、その客間に子履がみずから行かなければいけません。勅使は夏の王(※実際のこの時代は王のことをこうと呼んでおり、后が王の正室という意味を持ったのは後の時代からとされる資料がつい先日見つかったが、本作では便宜上王/后とする)と同様に扱わなければいけないのです。

子履と徐範、そしてなぜか本来同行するはずだった簡尤に背中を押されてあたしが、その国賓の間に行きます。宮殿の一室にあり、身を清めるための香がたかれていました。香のかくわしいかおりがぶんぶんしてきて、あたしの気持ちまで落ち着かされます。というかいつもここにはあたしの代わりに簡尤がいたので、なにげに子履が勅使に対応しているところを見るのは今日が初めてです。


冕冠べんかんをかぶったままの子履は膝を地面につけて、そこに立っていた勅使に丁寧にはいをしました。まるで勅使が夏の王かのような扱いです。

と、横にいた徐範に促されて、あたしたちも子履の後ろで拝をします。


「商伯でございます。本日はどのような用件でお越しになりましたか」

「陛下(※夏后履癸かこうりき)からの用件をお伝えします。来月、斟鄩の新しい宮殿が完成します。それを祝って宴をやるので、ぜひ来てくれないかとのお誘いです」


竹簡を渡しますので子履は直々にそれを受け取って少しばかり読みますが、すぐに後ろの徐範と小声で相談した後、勅使にもう一度頭を下げます。


「恐れ入りますが、私は三年の喪の途中であるため、慶事に参加できません。陛下にお伝えくださいますでしょうか」

「承知しました、しかとお伝えして参ります」


そのやり取りは、丁寧な礼の手間からは考えられないくらいすぐ終わりました。

ちなみにあたしは後で簡尤に代わりに行かされた理由を聞いてみましたが、「あなたはいずれ商の重鎮となるお方ですので、このような儀礼にも少しずつ慣れていただかなければいけません。徐範にも話は通してあります。なあに、即断できなかった場合は家臣一同で相談してから返事することもできますからな、まずは形式的なもので済むことから始めましょう」と言われました。いまいち実感がわかないです。


◆ ◆ ◆


あれから数ヶ月経ちました。建丑けんちゅうの月(※グレゴリオ暦1月相当。この世界ではこれが1年の最後の月となる)となりました。子履の三年の喪が終わるまであとちょっとです。小屋で話した時の子履の嬉しそうな顔が、今も頭を離れません。

正月になったら‥‥宴会で忙しいと言えば忙しいのですが、正月の宴会はあたしと子履2人仲良く隣同士になる予定です。そうしてくれるよう、家臣たちにも配慮してもらいました。今からうきうきしてきます。来年が待ちきれません。


と思ったのですが、建丑の月の暮れ、あとちょっとで来年だというタイミングで、また勅使が来ました。

子履は夏后履癸から緊急で呼び出しがあったため、来年の元旦になったらすぐ斟鄩へ出発することになりました。あたしは物産展の準備のため、亳に残らなければいけません。ものすごく悔しいですが、用事もすぐ終わるでしょうし建卯けんぼうの月(※グレゴリオ暦3月相当)になったらまた会えますよね。

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