第114話 姬媺と久しぶりに話しました
そこには
姬媺と話し終えた人が次々と離脱して、人が減っていきます。その中で姬媺はようやくあたしたちに気づいたらしいのですが、頬をあからめてうつむいて、視線をそっぽにずらします。
「
あたしが声をかけますが、姬媺はまだそっぽを向いて黙ってしまっています。かといって、姬媺は眼の前にいる人と話しているわけでもありません。次に声をかけたのは
「陛下、
「好きにしなさい」
姬媺がそう言うので、あたしたちは姜莭の案内で、応接室で待たされることになりました。
◆ ◆ ◆
「姜莭様も大変でございますね」
テーブルに座ってあたしが紅茶をすすりながら言うと、あたしの隣に座った姜莭も「まったくです」と言って、かすかに笑います。
「戴冠式にご出席いただくにも、説得に2週間かかる始末です」
「はは‥‥祝賀の場ですよね」
「はい。家臣総出でした」
姜莭もあたしも苦笑いします。姬媺は頑固な人なんですよね。学園にいたときも、数ヶ月も姜莭と
「ですが陛下は軸のブレないお方です。それは尊敬しております」
「ああ‥‥」
こっちにもぶれない人がいるんだけどなーって言いたいですがこらえます。まったく、女同士で恋愛して何が楽しいんでしょうかね。友達以上の感覚はないです。
「‥‥あっ、ところで曹王さまは2学期も学園に来られるのですか?」
「はい。卒業までは摂政を置くことになりました。卒業してから正式に王の職務を始めます。もっとも学園も現役の王が生徒として通うのは初めてらしいので、調整のための使者を送りました」
「ああ‥‥異例ずくめですもんね」
前例がないと何かと大変ですね。その後もしばらく話していたところで、ようやく趙旻、そして姬媺がやってきました。あたしたちは立ち上がってしっかり頭を下げます。‥‥が、趙旻が何かに気づいたらしく、姜莭に小声で「王や宰相の場合はテーブルと椅子を撤去するのでは?」と話しかけます。姜莭も「‥‥あっ」と口を手で覆います。
「大丈夫よ。わたしは気にしないわ」
そう言う姬媺は、また冕冠をかぶっています。間近で見てこうして姬媺の声を聞くと、また何か、今ここで初めて会ったような緊張がほとばしります。
「そういうわけには参りません。王様の威厳を保つのは家臣のつとめでございます。しばらくお待たせします。申し訳ございません」
趙旻はそう言って、使用人を呼んでテーブルとあたしたちの椅子を撤去します。前世の古代中国では、
立派な椅子に座った姬媺に向かって、あたし、子履、
「もういいわよ。‥‥同級生に頭を下げられるのも変な感じね」
「立場上は外国からの使者でございますから」
子履がにっこりと返事します。姬媺はまだぎこちない様子で、冕冠を少しずらしたり、そっぽを見ていたりします。いつもはわがままな姬媺ですが、この時ばかりは肩を狭めて、もじもじしています。それを見て、子履がまた声をかけます。
「ご即位おめでとうございます」
「‥‥ありがとう‥‥‥‥」
「お気に障る点でも?」
「ないわよ‥‥‥‥」
なんか話が続きません。少し静寂がきてから、趙旻が前に進み出ます。
「おそらく陛下は、三年の喪と称して周囲と全く話していなかったのが恥ずかしくなったのでは?」
「な、何も言わないでよ」
ああー‥‥ずっと話してなかった人と話す時に感じる妙な気恥ずかしさと似たものですね。しかも今回は王と来客という立場です。緊張するのわかります。趙旻が遠慮せず進言します。
「このようなときは酒の場を設けるのが一番ですよ、陛下?」
「‥‥さっき飲んだばかりだわ」
「では今夜?」
「‥‥好きにして」
そのあともあたしたちはいくつか話しかけてみましたが話が続かなかったので帰ることにしました。立ち上がって礼をしてからくるりと体の向きを変えたところで、後ろから姬媺の声がしました。
「
「はい」
「‥‥この前の
「ありがとうございます」
あたしは深く頭を下げて、応接室を出ました。
◆ ◆ ◆
酒の席ではさすがにテーブルが用意され、あたしたちは姬媺と同じテーブルで食事します。子履が酒を飲んだので、あたしも我慢して飲みます。
「今日は来てくれてありがとう。そ、その‥何を話せばいいか分からなくて」
「ああ‥‥ほとんど話していませんでしたね」
学園に来てあたしと喧嘩して仲直りしたらすぐ訃報ですよね。話す機会ほとんどなかったです。
「大丈夫です。これから仲良くなればいいですから。まだ1年半ありますよ」
「‥そうね。ありがと」
と、姬媺は酒をもう一口飲みます。
「せっかくならこの場に饂飩を並べたかったのですが、あたし料理にも参加できず」
「気持ちは受け取るけど、客に料理をさせるわけにはいかないわ。饂飩はわたしが
「はい」
あたしたちは出された料理を次々と食べます。日本ではお皿を空っぽにするまで食べるのが常識ですが、この世界では空っぽになる前に次々とおかわりが来るので、食べ残さなければいけません。
昼間は恥ずかしがっていた姬媺もさすがにあたしたちと高さの揃った椅子に座ると落ち着いたらしく、次々とあたしたちに話しかけてきます。ああ、いつもの姬媺はこんな感じだろうな、とあたしはほっとします。そのまま夜遅くまで話し込んでしまいました。
◆ ◆ ◆
曹の国に行ってよかったです。学園でも姬媺を見かけたら話してみましょう。
4人乗りの馬車で、あたしは膝に
「数日前から思っていたのですが、なぜ平民を馬車に乗せるのですか?」
「あっ‥」
「それは私の妻の大切な人だからですよ」
と、子履が割り込んできて及隶の頭を撫でます。うん、いちいち妻とか言わないでもらえますか。でも一応あたしからお礼は言っておきます。
「毎回乗せてもらってありがとうございます」
「どういたしまして」
そんな様子を見て、子会がかばんから何かを取り出します。
「せっかくですしお近づきの印として、私もこれをプレゼントしなければいけませんね」
と言って、真っ赤な綿の塊を及隶に手渡します。「あっ‥」と子履が言いかけます。あたしもどうすればいいか分からないです。
「これは何っすか?」
「トム君よ」
「トム君っすか‥?」
及隶は不思議そうにその真っ赤な綿の玉を眺めますが、一応「ありがとうございますっす」とお礼を言っています。うん、この綿は商に帰ったら丁重にお祓いしなければいけませんね。そういえばこの世界にお祓いってありましたっけ。まあ、とりあえず易者に渡せば適当に何とかしてくれるでしょう。あたしは及隶の頭を撫でて、馬車の外を眺めました。毎年のように続く冷夏ですが、ようやく木に生え始めた若葉のつやつやが、日光をにぶく反射していました。
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