第45話 バイト先の土人形(1)

のほうから呼び出してくるとは、珍しいですね」

「‥様のお力が必要になっただけでございます」


とろけるような顔をしてくる子履しりに、あたしは目をそらしてあしらいます。あたしは子履に一通り事情を説明します。


「なるほど、土の魔法の強化が必要なのですね」

「はい。鍛え上げた男の腹筋に負けないものを作りたいです」

「分かりました」


あたしは土の人形に魂をもたせてあたしの見えないところで動かすことはできますが、土の分解と変形など高度な操作は、やっぱりあたしの目の前でないとできません。なので、土人形の形を崩さずに長持ちさせるには、子履の力を借りるしかないのです。

あたしはもう一度3体の土人形を作ってから、子履に魔法をかけてもらいます。とたんにその3体のあたしと同じくらいの身長をした人形たちは、まるで金のようにつやつやとした外見になります。肩を叩いてみますが、まるで金属のように硬く、一粒の砂も崩れ落ちません。


「これで大丈夫ですね」

「ありがとうございます、履様。この人形には、みせを守ってもらいますね」


この日、喜友軒きゆうけんの前には3体の土人形が並びました。


◆ ◆ ◆


「本当になんとお礼を言えばいいのか‥‥」

「いえ、あたしは当然のことをしたまででございます」


また主人の部屋に通され、長揖ちょうゆうの礼で何度も頭を下げてくる主人をあたしはたしなめますが、主人は止まりません。


「まあまあ、そこに椅子がございますが、おかけになってもよろしいですか」

「はい」


子履が、部屋の横にあるテーブルに注意を向かせます。あたし、子履、及隶は並んで座りますが、主人は何度も頭を下げてから向かいの椅子に座ります。


伊摯いし様、子履様がお望みになることは何でもお申し付けください。こんな肆ですが、出来る限りのことはいたします」

「それでしたら、あたしをこの肆で働かせてください」

「‥うん?」


主人は目をぱちくりさせます。お金をくれという返答を期待していたのでしょうか、わざわざ労働を献上させろという返事は想定外だったのかもしれません。


「申し遅れました。あたしは斟鄩しんしん学園の学生ですが、もとはしょうの国で料理人として働いていました。学園に来てから料理する機会がなくなりましたので、ぜひこの肆で機会をいただけないかと思い、商の料理仲間の紹介でここに参りました」

「はて‥その紹介くださった方はどなたですか?」

韋圉いぎょという者です」

「おお、韋圉は私の友人の子です。商の料理長は幼いながらも実績抜群と伺っておりました、まさかあなただとか。こんなぼろい肆にはもったいないくらいでございます。見合った給料は出せないかもしれません」

「いえいえ、給与は他の料理人と同じでいいですよ」

「とんでもない!」


うーん、謙虚はいいんですがされる方は面倒なんですよね。子履は謙虚する人との付き合いは慣れているからいいでしょうけど、あたし初めてです。少々慣れないながらもなんとか主人と話を合わせて、どうにか給与だけは他の料理人より1割増しにとどめることに成功しました。


ちなみにこの場に子履を呼び出したのは土の人形を作るためでしたが、子履を呼ぶことで1つデメリットが発生します。


「次のシフトが決まったら必ず私に教えて下さいね」

「はい‥‥」


帰り道でこんなことを言われました。まあ、仕方ないですね。

今日は顔合わせと店内構造やルールの勉強で終わりました。ちゃんとした仕事は次の休日から始まることになりました。


◆ ◆ ◆


その翌々日、教室に行くと姫媺きびやその取り巻きがいました。姫媺が教室に来るのはあの事件の時以来です。妺喜ばっきと一緒に来ていたあたしは、姫媺の様子をうかがいます。姫媺はあたしと目を合わせないように、ふんとそっぽを向いていました。

及隶きゅうたいに謝ってほしいなどと、言いたいことはたくさんありましたが、今は話を聞いてもらえる状況ではないですね。あたしは諦めて、妺喜と一緒に定位置の席へ座りました。


久しぶりに10人が揃って、授業が始まりました。務光むこう先生は姫媺を特に咎めるようなこともせず、そのまま授業を進めます。あたしはそれがわずかに不満でした。机で、子履とあたしに挟まれた及隶は、あたしになついていました。かわいいです。


「さて、今日の座学はここまでにして、このあとはグラウンドに出て魔法を使いましょう」


務光先生に従って、あたしたちはグラウンドに出ていきます。この前姫媺と戦ったところに、あたしたちはまた集まりました。ちらりと姫媺を見ると、以前のことはまるで気にしてないかのように2人の取り巻きと話していました。あたしはそっと、及隶の手を握ります。うん、及隶はあたしが守らなくちゃいけないですよね、うん。


グラウンドには、緑色のポニーテールをした卞隨べんずい先生が先に来て準備していました。土の台のようなテーブルを5つ横に並べるように作って、その上に小物を置いています。

準備を終わらせた卞隨先生を隣に置いて、務光先生が説明を始めます。


「魔法には原則として5つの属性が存在することを授業で教えました。ここでは実際に、5つの属性の魔法がどういうものなのかを、学生同士で実演しながら学んでもらいます。ではまず、の属性が見たいですね。姜莭きょうせつ


姫媺の取り巻きの1人である姜莭という学生が指名されます。目つきはきつく、子履のような美しさというよりは怨嗟のこもっていそうな無愛想な黒髪を伸ばしています。鼓楽壺こらくこを彼女が持っていたという事実も頷けるくらい、あやしい雰囲気をまとっていました。

姜莭は土の台の上にある布切れを簡単に燃やして、炎を自分の身長くらいまで伸ばします。しかし、それっきりでした。務光先生が説明します。


「皆さんも知っているように、魔法を使うには媒体が必要です。火の場合は何もないところで火をおこすことはできず、伝説にあったような火の竜を作ることもできません。魔法を使うには燃やすためのものが必要ですが、例えば布切れが小さいとすぐ燃え尽きてしまいあまり炎はあがりません。さて、火の魔法で他にできることはありますか?」

「ありません。ただ燃やすことだけです」

「そうでしょうね。ですが、火を応用してさらに高度な技を編みだすこともできます。激しい炎で風を起こしたり、空中で爆発を起こしたり。すべては工夫次第です」


水の魔法は任仲虺じんちゅうき、木は姚不憺ようふたんが実演します。


「では、次はきんの魔法を、子履」

「はい」


子履は鉄のボールの置かれた台まで行って、魔法をかけます。


「デ・ア・ウン・グ・ズ・ゼン・カ」


手がかざされたそのボールがほのかに光ったかと思うと液体や粘土のように変形して、細長い棒のような形になります。


「おおおお‥!!」


あたしを含む何人かの生徒たちは、それを見て興奮して声を出してしまいます。そういえばあたし、子履が『金属に対して』金の魔法を使っているところは初めて見たのかもしれません。

務光先生が当たり前のように言います。


「ご覧のように、金の魔法は金属を媒体としてはたらきます。例えば食器、建物などの強化ができます。逆に言うと、金属以外のものに魔法は使えないので、金属と縁のない生活を送っていると少々苦労するものがあります。‥‥どうしましたか、子履」


あたしも子履も不思議そうに目を丸くして、務光先生を見つめます。


「先生、私だけかもしれませんが、私は金属以外にも金の魔法が使えます」

「‥‥えっ?」


今度は務光先生が首を傾げます。

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