第44話 バイト先面接

しょうの屋敷で料理人からもらったメモに書かれていたのは、入学式の前にひと悶着のあったあのみせでした。喜友軒きゆうけんという名前があります。


「センパイ、ここで合ってるっすか?」

「ここみたいだね。うん、ここならあたしの料理の腕は知ってると思うし、下働きではなくいきなり料理できるかもね」


なんて思ってその肆に入ってみたら、中からまた怒鳴り声が聞こえます。


「こんなものも作れないのか!」

「申し訳ございません、申し訳ございません!」


テーブルを何度もばんばん叩いて男が喚き散らしているところを、店員がべこべこ謝っています。

なんだかこの前も同じ光景を見たような気がします。話を聞いている感じ、肆の料理が想定よりまずかったようです。前回と違うのは、抗議している人があまり立派な服を着ておらず言葉遣いも粗暴で、平民に見えるところです。

見たところ、あたしが姚不憺ようふたんとこの店に来たときと比べて、客の数が減っているようです。今日は休日なのに関わらずです。それに、他の店員も見るからにやつれている様子です。あたしはそっと、そばにいた店員に尋ねます。


「すみません、この肆は最近うまくいってますか?」

「ああ‥あなたはもしかしてこの前饂飩うんどんをお作りになった伊摯いしさんですか?」

「はい、そうです」


あたしがそう答えると、店員は何か神様でも見たかのように、やつれていた表情を一気に明るくします。


「奥に行って、主人とお話してもらえますか?」

「はい、大丈夫です」


これはたたごとではないな、とあたしは勘付きました。キッチンの奥に主人の部屋があります。そこは普通の住居にあるような部屋でした。ヨーロッパ風のデザインの壁に、赤い絨毯がしかれています。といっても安物なので、子履しりの部屋にあるようなやわらかさはありません。

部屋の奥の机に主人が座っていました。主人は椅子から立つと、あたしと及隶の前まで来て、両手を組んで額につけ、思いっきり頭を下げてきます。これはこの世界で、長揖ちょうゆうの礼と呼ばれています。目下の人が目上の人に対して行う礼です。もちろんあたしはこれをしたことは何度もありましたが、されるのは初めてです。あたしは何歩か下がって、腰を低くします。


伊摯いし様、ようこそよくいらっしゃいました。ここまでお越し下さり、私は天にも登る心境でございます」

「ま、待ってください、あたしは長揖の礼をされるほど偉くはないです、本来ならこちらがはい(※土下座)をしなければいけないほどでございます」

「とんでもございません」


そこまで言って、主人はようやく頭を上げました。改めて顔をよく見ると、主人も他の店員ほどではありませんが少し顔色が悪いようです。やっぱりたたごとではありません。


「‥どうしたのでしょうか?」

「実は‥和弇かかん様の一件があってから、毎日のようにガラの悪い男が何人も上がりこんできて、あのように些細なことで店員を怒鳴りつけるのです。悪い噂が広まり、他の客もほとんど来てくれなくなりました‥‥」


うわ、これ絶対和弇の差し金ですね。なんだか聞くほどにむかつきます。


「なんとか助けてくれないでしょうか?何でもいたしますので!」

「‥分かりました、やらせてください」


まったくこの世界のいじめは陰湿です。陰湿というか度を超えてるんですけどね。和弇は、弟の和晖かきから何を学んだのでしょうか。


◆ ◆ ◆


あたしは肆の入り口のドアを大きく開けて、なお店員に怒鳴っている小悪党を見て、鼻で笑います。小悪党もそれに気付いたようです。


「何だお前は、俺を見て笑ったか!?」

「そりゃ笑いますよ。どうでもいいことでいちいち怒るなんて、器の小さい人だと思いまして」

「あ?何だとコラ!」


そうやって震え上がる暴漢を、他の暴漢が止めます。


「おい待て、あいつは伊摯ではないのか?この前御主人様がおっしゃっていた、茶髪の幼女だぞ」


幼女といっても、もう8歳(虚歳きょさい)ですけどね。ていうかあたしの見た目を知ってるなんて、やっぱり和弇が関わっていますね。


「ああ、確かの魔法を使うという話だったな」

「あいつの挑発に乗るな、落とし穴に落ちるぞ」

「うん、それもそうだ。おいそこの女、俺らと一発やりてえならお前がこっちに来い!」


魔法は媒体がないと使えません。姫媺きびもくの魔法を使うのにわざわざ用意していた種をばらまいたのと同じように、あたしは近くに砂や土がないとの魔法は使えません。ましてや建物の中に土なんてありません。

しょうがないですね、プランBです。あたしは落とし穴を掘った土に手をかざして呪文を唱えます。光とともに、土の人形が3つできました。


「わあ、初めて見るっす、センパイ!」

「あたしも教科書でしか見てないからね、これ使うのは初めてかも」


その3体の人形を操って、肆の中に入れます。


「おらおら、何だ!?」


男たちがその人形を警戒して集まります。と思うと、人形がぼかすかと男の腹を殴ります。


「やったっすか!?」


及隶が興奮しながら言いますが、男は息も乱さずふふっと笑っています。


「うにゃああ、効かないぞ!この鍛え上げた腹筋を馬鹿にするな!」


と言って、逆にその人形の頭を殴ります。殴ります。

及隶が「ひゃっ」と言って目を手で覆い隠しますが、もちろんこれもあたしの作戦のうちです。土の魔法だけで作った人形はもろく、本来なら子履の魔法で固める必要があるのですが、それをしなくてもできることがあります。

すぐに男がその腕をぶんぶん振り始めます。


「何だこれ、取れないぞ!?」


土人形の頭に手が埋もれて取れないのです。ぶんぶん暴れているうちに、土人形が上半身と下半身の2つにぽこっと分かれます。下半身の脚が地面を蹴って、男のもう1つの手にかぶりつきます。男の両手は、2つとも丸くなってしまいます。


「これ、取れないぞ!おい助けてくれ!」

「へい!」


別の男たちが手を覆う土を砕こうとしますが、そうはさせません。別の2体の土人形と戦ってもらいます。

あっという間に男たちは3人とも、土の玉で手を縛られてしまいます。


一通り済んだのを見て、あたしは及隶に「様を呼んできて。相談したいことがあるから」と言って使いに出してから、肆の中に入ります。男たちは3人とも、手を地面や壁にぶつけて土の塊を砕こうとしていますが、そのたびに土はスライムのように元の形に戻ります。


「それを取ってほしければ、二度とここには来ないと約束してくださいね」


あたしはにこーっと笑いながら、男たちを見下してそう言いました。1人が「くそっ!」と言って立ち上がります。


「暴れたら足にも同じことしますよ?」


それでその男は歯ぎしりしながら座って、3人で相談し始めました。うん、嘘をついて謝るつもりですね。聞かなくても分かります。


「すまん、二度とここには来ない!この通りだ!」

「約束する、許してくれ!」

「分かりました、じゃあ肆から出ていってください。それで外してあげます」


肆を出ていった3人の手の拘束を外してあげると、3人とも頭も下げずにそのまま行ってしまいました。

あたしの後ろには主人が控えていて、何度もあたしに深く頭を下げてきます。


「ありがとうございます、ありがとうございます、これで救われました‥‥!」

「いえ、まだですよ。あの男たちはまたここに来ますから、何か対策しなければいけません」


あたしがそう言ったところで、及隶が子履を連れてやって来ました。

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