第43話 婚約をばらされました
「先生」
「
「闇の魔法の使役者に影響を及ぼすのは、魔力そのものよりもむしろ周囲の扱いでしょう。差別されることで憎悪が蓄積し、人を変貌させるのです」
「他に質問はありますか?」
務光の問いに、推移は一度上げかけた手を引っ込めます。他の人達もしんと静まってしまいます。
妺喜があたしの隣の椅子に戻ると、あたしは手招きをします。妺喜が椅子を近づけてくると、あたしは「大丈夫です、妺喜様」と言ってにこっと笑います。
1時間後、あたしのもう一方の隣に
他の5人のうち3人は不在、推移と
◆ ◆ ◆
「5人でいれば退屈はいたしませんよね」
「
子履と任仲虺が、妺喜を挟んで仲良く話しています。
それでも周囲への配慮から、あたしたちは壁近くのテーブルを選びます。5人用の丸いテーブルでしたが、妺喜とあたしに挟まれた子履は言いました。
「それでは、改めて自己紹介いたしましょうか。私は
えっ、平民のあたしが二番手ですか?ちょっと怯みましたが、子履が「別け隔てはいたしませんよ」と言ってきたので自己紹介します。
「あたしは平民ですが、縁あってここの学生になりました。
「そして、私の婚約相手です」
横から子履がひょいっと茶々を入れます。ん?待って。
妺喜も姚不憺も目を丸くしてます。任仲虺はすでに知っていたはずですが、周りに合わせて手を口に当てています。
「待ってください
「冗談ではございませんよ。母上の立ち会いのもと、正式に合意されたではありませんか」
「ええっ‥」
ま、まだ結婚は確定じゃなかったですよね?あたし、子履に別の男をくっつけて逃げるつもりだったんですが、婚約の話が広まってしまうとそれすらできなくなるんですけど。
「この話は他言無用でお願いします。公子と平民の婚約でございますから、発表は慎重にしなければいけません」
そう言って、子履はあたしの肘を両手で握ります。これあれですね、あたしが姚不憺や妺喜と仲良くしてたのを牽制してるってやつですね。姚不憺も冷や汗をかきながら固まっています。
と、妺喜が質問してきます。
「それは‥側室か?正室だと問題が出てくるように思うが‥」
「正室でございます。その代わり、側室には男をあてがいます」
「ううむ、普通は逆なんじゃがな‥いや、側室でもないがな‥」
妺喜は引いている様子でした。まあ、無理もないですね。
この世界では、同性同士は普通は結婚しません。この世界において結婚とはすなわち生殖行為であり、いくら夫婦がお互いに強く愛し合っていても、女が子供を産めなければ離婚しなければいけません。愛情は当然ありますが、悪く言えば女は子供を産む機械という扱いをされます。仮に夫が許しても親族や周囲が許しません。それだけ子供は大切なものだと思われています。世襲制をとる王族であればなおさらで、前世の日本や台湾、アメリカなどのような性の多様性などもってのほかです。
ただ、前に任仲虺が言っていたように、結婚できないという背景がありながら、男性同士、女性同士の恋愛はあまり特別なことではありません。性行為するカップルも多くあります。彼らはただ結婚できないだけです。いくら
「‥‥まあ、わらわは他国のことにあれこれ口出しはせんのじゃ」
次に口を挟んできたのは姚不憺でした。テーブルから身を乗り出して、焦ったようにあたしに聞いてきます。
「摯、今の話は本当か?」
「あら、私の妻を下の名前でお呼びになるのですね」
あたしの代わりに答えた子履がくすくす笑って牽制します。なんだか今日の子履、攻めて来てませんか?
「あ‥くっ‥‥伊摯」
「はい‥本当です」
姚不憺はしばらくちらちらあちこちを見ていましたが、あたしにもう一度質問してきます。
「いろいろ聞きたいことはあるんだけど‥‥
「あっ‥」
あたしは最初から子履にイケメンを押し付けて逃げるつもりでしたから、こういう場でどう答えてごまかすかまだ決めてませんでした。平民に世襲も何もありませんが、こんな習慣や考え方のある世界ですから、子供のいない老人は周囲から哀れと思われるきらいがあります。同調圧力ってやつです。ふりでもいいから、子供を作るつもりであることを宣言しなければいけません。
「えっと‥いつか作ろうかなって思います」
途端に子履が不機嫌そうな顔をしてるのが見えました。しかし、その隣の妺喜が子履の腕を指でつつきます。
「子供くらい自由に作らせるのじゃ。ていうか、
「うう‥」
子履は観念したように唇を噛みます。そうですね、こんな世界ですから、あたしが子供を作りたいと言い出せば子履は止めることができないのです。
それにしてもどうしましょう、下手なことを言うとまた子履の機嫌を悪くします。子供を作るというのは、同性カップルにとっては何かとデリケートな話題かもしれません。この場をごまかすアイデアはないんでしょうか。‥‥あっ、ひとつ思いつきました。
「あたしも履様の側室との間で子供を作るというのはどうでしょうか?そうすれば半分は同じ遺伝子になりますし‥‥」
◆ ◆ ◆
その日の夕方、姚不憺と子履が2人で
寮の部屋に戻ると、例によって
「こら
「細かいことはいいのじゃ」
身分の差なんて全然気にしてないかのように、妺喜はベッドの上で相当姿勢を崩していました。
「センパイは貴族より厳しいっす‥‥」
「周りの貴族が優しすぎるだけだよ」
そう言って、あたしは及隶の隣に座ります。平民向けのベッドは硬いものですから、及隶が使用人の部屋を抜け出してわざわざこっちへ来るのも分かります。気がつくと、あたしは猫みたいに及隶の頭をなでていました。
「そういえば、センパイ」
「どうしたの?」
「学費を稼ぐためにバイトするって言ってたっす、隶も連れて行くっす」
あっ、いろいろあってバイトのことを忘れていました。ていうか。
「及隶も行きたいの?」
「センパイが料理するなら隶も料理したいっす!」
「ああ、隶も料理人になるために
うん、まあ仕方ないですね。使用人は使用人でも、学園備え付けではなく貴族が連れてきたものなら、子履と相談すれば簡単に時間は作れるでしょう。今度の休みにバイト先に行きましょうか。
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