第48話 子履の不安
帰っていく2人を見送った後、バイトを終わらせたあたしと
大通りを歩いているところで、いきなり叫び声が聞こえます。
「おい、
「ああ困ったな、まだ開いてる
紂とは
「どうなさいましたか、
「‥‥何でもございません。行きましょう」
子履はにこっと笑って、また歩き始めました。
◆ ◆ ◆
寮に戻っても子履の表情は晴れません。あたしは及隶を部屋に戻すと、また子履のあとを追いかけます。本当は近づきたくもないんですが、やっぱり不安そうにしている子履をこのままにはしておけないです。
「履様、ご気分が優れないですか?」
「‥何でもございません」
子履はあくまで話さないようです。
「履様が話してくれないと、あたしまで不安になります」
しかし子履は返事もせず、そのまま自分の部屋に帰っていってしまいます。
どうしたものかと思って部屋に戻り、及隶や
その日の夜、妺喜が寝静まったのを見てあたしも寝ようと布団に入ったところで、コンコンと小さいノックの音が聞こえます。あたしがそのドアを開けると‥枕をぎゅっと握った子履がいました。
子履はあたしの顔を見ると真っ暗な顔でうつむいて、それからまた年下のあたしの顔を見上げます。その表情はずるいです。救いを求めているかのような叫びを感じましたので、あたしはにっこり笑って子履を部屋に入れます。
「‥妺喜は寝たようですね」
「はい。突然どうなさいましたか」
「‥眠れないのです」
子履は枕をぎゅっと握って、なおドアの前から動きません。あたしは構わずベッドに座ると、隣をぽんぽんと叩きます。子履がおそるおそる近寄ってきます。
「いいのですか‥?」
「はい。困ってる子は見逃せません」
◆ ◆ ◆
子履とあまりくっつきたくないあたしがベッドの端にいるのはもちろんですが、子履ももう一方の端にいます。ていうか壁とは反対側です。
「そこにいると落ちますから、代わりましょうか?」
「いえ‥壁の方だと逃げられません‥」
逃げられないのはあたしのほうなんだけどな。子履は眠れないとはいえあたしと一緒に寝るのがまだ慣れないようです。
でも単に寝れないのなら、こうやってベッドから落ちそうなほどに避けるくらいならあたしの他にも選択肢はあるのではないでしょうか。
「なぜ
「‥‥未来の話ができるのは
なるほど‥夕方の件ですね、とあたしは勘付きました。子履がころんと、こちらへ向きを変えてきます。子履の顔が見えると、あたしは急に子履と同じベッドで寝ていることが恥ずかしくなってきました。子履も同じことを思っていたようで、寝転がる時少しだけあたしとの距離が縮むのですが、それを元に戻すようにまた向こう側に下がります。
それでも言いにくそうにもたもたしていましたので、あたしのほうから話しかけます。
「
子履はしばらく黙っていましたが、やがて口を開きます。
「‥
「紂はどのような人でしたか?」
「紂‥‥正しくは
「そんなことがあったんですね‥」
あたしが軽く返事すると、子履はふうっと鼻から勢いよく息を放ちます。
「‥似ていると思いませんか?」
「えっ?」
「王が女を侍らせ、忠臣を退け、佞臣を重用し、人望を集めた君主に滅ぼされる構図は、
「なぜそんな作り話を?」
「2つの可能性が考えられます。1つは時の君主を諌める目的で儒学者が作り話をしたこと。1つは商や周の国が自身のイメージを損ないたくなかったこと。そもそも
「えっと‥
五帝は、周囲に慕われている優れた人を見つけるとその人を後継者として育て、最後には禅譲して死にました。自身の子供である必要はなく、世襲なんてなかったのです。
「ですよね。禅譲に限らず、仁徳を積み重ねることで周りを心服させる政治は、春秋時代に成立した儒教でも理想とされ、
なるほど‥難しい言葉がたくさん出てきて分かりませんけど、要するに中国の国は世襲が基本だと言われていましたが、夏の時代から始まっていたのですね。
「後世にはもう1つ、重要な変化があります。武力による治世のはじまりです。武力や策略をもって周囲を従えます。また
「えっ、戦争で滅ぼすって、それが普通では‥」
「いいえ、特に
「それが作り話につながっていくのですね」
「はい。前世の歴史書は、儒教の影響を強く受けて改竄されたというのが私の考えです。儒教は春秋時代に成立しましたが、あれは中国に古来より伝わる考え方を体系化したものにすぎませんからね。古代中国の思想そのもので、日本の神道のようなものです。実際には三皇五帝もほとんど作り話で当時も武力抗争による政局変化があったでしょうけど、これ以上言ったら話がややこしくなりますね‥」
子履はうなずいて、それから、あたしの顔を覗き込みます。
「私は2つの意味で怖いのです。ひとつは、この世界の歴史が前世の史書通りに動いていること。前世では作り話だと思われていた部分も、現在の
「‥‥‥‥」
「そしてもう1つは、私が仮に史書通りに夏を滅ぼして商王朝をたてたことで、私の子孫の
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