第47話 公孫猇と羊玄
数十分後、あたしは当たり前のように
あたしは料理を運ぶ給仕と一緒にその円いテーブルまで行って、丁寧にお辞儀します。
「饂飩でございます」
「ああ、まさかお前がその料理人だったなんて思わなかったよ。今日は2回も驚いてしまった」
大きく盛った、野菜と混ざった饂飩をひとかたまり食らいついたところで一呼吸置いた公孫猇に、あたしはおそるおそる声をかけます。
「すみません、饂飩は初めてでしょうか‥?」
「ああ、初めてだぞ。お前こんなおいしいもん、よく知ってるな。饂飩は
「あたしがその莘の国の出身です。饂飩はあたしが作りました」
「おお、あの土人形といいお前には驚くことばかりだ。ほれ、座れ」
そう言って公孫猇が空いている椅子の背もたれを乱暴に叩きます。
「で、ですがあたしには料理人の仕事がございます」
「あっ、あ、ああ‥‥むう、付き合いが悪いな。貴族なのにこのような庶民の肆で下女をやってんのか」
「あたしは平民でございます」
「‥‥ん?」
公孫猇は、手に持っていた箸をぼろりと落とします。1本がからんと床に落ちましたので、控えていた給仕がキッチンに走っていきます。
公孫猇は残ったもう1本の箸を拾って饂飩の山に差すと、テーブルを軽く叩いて尋ねてきました。
「平民が魔法であんな土人形を作れるのか?」
「はい」
「お前、本当に平民か?」
「はい」
「何か隠してないか?ご先祖様は
「聞いたこともございません」
公孫猇はあたしとの問答を終えると、「まじかー‥‥」とため息をつきます。それでしばしの間ができてしまいます。
「あ、あたし、そろそろ仕事に戻ります」
「お、おう‥」
あたしがおそるおそる体の向きを変えたところで、正面からまた別の貴族らしい立派な服を着た男が、わざと足音をたてているかのようにつかつかと歩いてきます。ものすごい剣幕でしたので、あたしは思わず大きくよけます。
その白髪を生やす初老に見える男は、公孫猇の姿を認めるなり怒鳴ります。
「
「ああ
「座れではない。お前には常識がないと言っている!」
「まあまあ、じじいも細かいことはいいんだからさ」
なんか口喧嘩を始めていますが、向かいに座っていた子履は勝手に席を立って、椅子のそばで立って待っています。ん?そこまで偉いお方なのでしょうか?と思っていると、箸を持ってきた給仕があたしの袖を引っ張ります。キッチンを指差したので、あたしは給仕と一緒にキッチンに戻ります。
「あの御方はどなたですか?」
あたしが尋ねると給仕は顔を真っ青にしてあたしの口をふさぎ、周囲をちらちら確認した後、口から手を離すとふうっとため息をつきます。
「
「右大臣‥‥?!」
右大臣といえば、左大臣と並んで、王様に次いで2番目に偉い人ではありませんか。もちろん公孫猇よりも身分は上です。タメ口、下の名前を呼ぶ、じじい呼ばわりからは想像できません。ていうかなぜできるんでしょうか。それだけ2人は仲がよろしいのに違いありません。
まあせっかくキッチンに戻ってしまったのですから、次の注文を処理しましょう‥と思ったら、店員が慌てて駆け寄ってきました。
「
うん、ですよねー。ていうか右大臣がなぜこんな庶民向けの肆で注文するんですか。役不足じゃないですかやだー。やだやだー。
「できるか?」
「‥できます」
店員が不安そうに尋ねてきたので、あたしはそこは大丈夫そうに振る舞います。
「本当にか?」
「はい、あたしは料理長として莘や
「そ、それなら心強い‥」
そう返事した店員は急いでキッチンを飛び出します。あたしが料理していると、キッチンの外から「あの人は料理長として2国に仕え伯の食事を作っていた者です。味は保証いたします」という大声が聞こえます。あの、プレッシャーかかるんですけど。無駄にハードル上げないでもらえますか。
「たまけたなあ、あいつは子供なのにすごい経歴と才能を持っているじゃないか。夏に欲しいくらいだ」という公孫猇の声、「私の自慢の料理人でございますよ」という子履の声も聞こえます。くそー、集中できない。
ちなみにここで商の王である
中には
なんだかんだで料理を作って、給仕に手渡します。
しばらくすると給仕がまた戻ってきて、あたしを呼び出します。
「公孫大将軍がお呼びでございます」
うん嫌ですこの展開。今作ってる料理は途中ですが、
テーブルでは、さっきまで立っていた子履が椅子に座って、公孫猇や羊玄と話していました。あたしはおそるおそる近寄って、手を組んで額に当て、深く頭を下げます。
「
「おう、さっき話したばかりなんだ、そうかしこまるな。そこに座ってくれ」
公孫猇がそう言いますが、あたしは一応羊玄の機嫌を伺って、それから「失礼いたします」と言って子履の隣に座ります。
羊玄は改めて顔を見ると、何事にも厳格な怖そうな人という雰囲気でした。実際に先程公孫猇を叱っていたときも怒鳴り気味でしたね。
軽い自己紹介や世間話を短く済ませた後、羊玄は饂飩を指差して、言います。
「これをぜひとも王様にお召し上がりいただきたい。用意してくれるか?」
あたしは震え上がります。えっと、あたし確かに莘王様や商王様の食事は作りましたが、この中華(※≒世界)を統べる夏の国の王様の食事を作るなんて、畏れ多すぎて死んでしまいます。間違ってまずいものを作ったら絶対殺されるやつです。
あたしは小刻みに首を振りますが、横から子履が肩をたたいてきます。料理を作れとでも言いたげな笑顔だったので、あたしはこくんとつばを飲み込んでから小さくため息をついて、うなずきます。
「‥はい。ぜひ作らせてください」
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