第64話 夏后淳維の占い
そんな広場の真ん中に祭壇が置かれています。祭壇といってもそんなに仰々しいものではなく、小さく細長いベンチのようなものでした。その両端に2つの
「それでは、今の父上に新たな女は必要か、占わせていただきます」
「おう、さっさとしろ」
先程夏后淳維が抗議する直前に、夏后履癸が最後に食いついていたのは
ですが‥‥夏を滅ぼしたくない以前に、あんな男に妺喜を渡したくないという強い念があたしの中にはありました。あの男のどこが悪いかわざわざ説明する時間も惜しいくらいに、だめな男と表現するのすら生ぬるく、この世界で最低の男であるかのように見えました。むしろ今まで夏が滅ばなかったのが不思議ですが、夏后淳維や
雨が降ってほしい。あたしは空を見てそう念じました。ふと見ると、いつの間にか隣に立っていた子履が、目を閉じて真剣な顔でうつむいていました。
「雨が降らないじゃねえか、結果は吉だな」
まだ夏后淳維が長い呪文を唱え終わらないうちに、夏后履癸がそうまくし立てて、それからそばにいた妺喜を一瞥します。妺喜はさほど怖くないのか、動じている様子はありませんでした。妺喜、自分の立場分かっているのでしょうか。断れるとでも思っているのでしょうか。
「陛下、
その妺喜の前を遮るように羊玄が割り込んで、釘を差します。夏后履癸は大きなため息1つをもらすと、みずからの息子の背中を睨んでいました。
今は
やがてぽたぽたと水滴が落ちます。少しずつ強くなってきます。冷たい雨でしたが、あたしはほっと体を緩ませました。周りの女の子たちも、
一方の夏后履癸はちっと舌打ちをして、夏后淳維に怒鳴ります。
「おい、魔法で雨を降らしただろ?こんなのはいかさまだ!」
「陛下、申し上げます。天候を変える魔法は存在しませんぞ」
羊玄が隣から注意しますが、夏后履癸はさらに声を荒げます。
「いいや、できる!雲のかかる高山に登れば、雲は霧になるという。つまり水だ。水を空に集めることくらい、
「お言葉ですが、淳維殿下の属性は
「わしに隠れて使っていたのだ」
夏后履癸がたたをこねると、羊玄はほうっとため息をついたあと、子供を叱るように大声で叫びます。
「陛下、見苦しいですぞ!本日の謁見は
孔甲は前に子履も言っていた、過去にいた夏の暴君のことですね。あたしたち客人の前で陛下を叱咤し辱めるのみならず、暴君を引き合いに出して今の王様と比べるなど、本来であればはなはだ無礼この上なくその場で首を打たれても不思議ではないのですが、羊玄の説教に夏后履癸は一歩引いているように見えました。これは、2人がそういう力関係にあるとしか見えません。
「むう‥‥」
夏后履癸はなおも、ちらちらと妺喜を見てすねているように見えましたが、羊玄が「何か!」と叫ぶとしおらしくうなずいて、そのまま
結局、あたしたちはその場で解散になりました。雨は、夏后淳維が占いをやめるとすぐやみました。それを見ると羊玄は、あたしのところに来て両手を胸のところであわせて頭を下げてきます。
「陛下が無礼を働き申し訳ない。ひとえにわしの教育不足である」
「いいえ、過ぎたことですのでお気になさらないでください。あたしは陛下に謁見できただけで光栄でございます」
「そう言ってくれるとありがたい。だが、後日埋め合わせをさせてくれ」
「ありがたきお言葉でございます」
羊玄が主殿のほうへ歩きだすと、代わりにあたしに話しかけてきたのは和晖でした。
「久しぶりですね」
「お久しぶりです、和晖様」
「本日は不愉快な思いをさせ、申し訳ありません。二度と謁見することのないよう私が取り計らいます」
「はい、ありが‥‥」
あたしがそこまで言いかけたところで、子履が横から割り込んできます。
「いいえ、結構です。ただし
和晖は目を少し丸くしてしばらく間を置いたあと、一礼します。
「わかりました。あなたのお名前も教えて下さい」
「申し遅れました。姓を
そういえばこの2人は初対面でしたね。紹介と一言二言の世間話を終わらせると、和晖は早々に去っていきます。
さてやっとおしまいですか‥と思ったところで、今度は夏后淳維がやってきました。
「危ないところだったね」
夏后淳維がやれやれと言った様子で言ってきたので、あたしは長揖の礼をとって「ありがとうございました」とお礼を言います。
「ふふ、気をつけてね。それから僕は学園の卒業生なんだ。これから何かと顔を合わせることもあると思うから、そのときはよろしく」
「は、はい、もったいなきお言葉でございます。それにしても、あの占卜はすごいですね」
あたしが憧れの目つきで言うと、夏后淳維はふふっと笑って首を振ります。
「いや、あれは魔法なんだ。それも、とびきりすごい人のね」
「
あたしの隣の子履が言うと、夏后淳維は笑ってうなずきます。
「彼女にもお礼を言ってくれ、それじゃあ」
夏后淳維はそう言って、主殿のほうへ歩き始めました。任仲虺、周りより比較的強いという理解をしていましたが、雨量はほとんどないとはいえ空に雲を集めて雨を降らせることができるなんて驚きです。夏后淳維にもとびきりすごい人と言われているのですから、あたしが思っていたよりはるかにすごいにちがいありません。きっと今もどこかに隠れているのでしょうか。後でしっかりお礼を言わなければいけません。
出口に向かって子履が歩き始めたので、あたしも他の子達と一緒にそれについていきかけたタイミングで、後ろから聞き慣れた男の声がしました。
「伊摯、今度のお見合いはよろしくな!」
「はい、よろしくお願いします」
そうやって返事するあたしの腕を、子履が骨折しそうなくらい強く掴んでいました。法芘が立ち去ると、子履は小さな声であたしに命令します。
「お見合いのこと、後で詳しく教えて下さいね」
あたしの平穏はしばらく訪れそうにありません。
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