第21話 同級生の男の子と出会いました

この世界にも暦はありますが、数字を付けて2月とか3月とかは言いません。日本にもある十二支を使って呼んでいます。今は建丑けんちゅうの月といいますが、子履しりによるとグレゴリオ暦(※現代日本や各国で標準的に使われている西暦)で1月に近いらしいです。

来月は建寅けんいんの月、つまり2月ですが、これはこの世界では正月・1年の始まりになるのだそうです。ちなみに前世の中国にもこの暦が残っていて、建寅の月のことを旧正月と呼んでいるらしいです。


あたしすでにこの世界で6年以上生きているのですが、この世界の暦(前世では夏暦かれきと呼んでいるらしい)はグレゴリオ暦と1ヶ月ずつずれていると先日子履に言われて知ったばかりなので、しばらくこのもやもやは続くかもしれません。

ちなみに「どうしてグレゴリオ暦のことを西暦と呼んではいけないのですか?」と子履に聞きましたが、返事はよく分かりませんでした。西暦にはグレゴリオ暦のほかにユリウス暦というものがあって、今の時代からだとユリウス暦の発明のほうが近いので、混合を防ぐためだそうです。もう子履はすっかり学者肌ですよ。何言ってるか分かりません。あたしユリウス暦のこと知らないので混合のしようがないと思うんですが。


ところで斟鄩しんしん学園は春から始まります。夏暦では、春は建寅の月(グレゴリオ暦の2月)から始まることになっています。グレゴリオ暦の2月から4月が夏暦の春になります。ただでさえ正月が1ヶ月遅いのに、四季は1ヶ月早いなんてややこしすぎます。

この世界では家族を大切にせよという考え方があります。これを聞いたら親孝行がしっかりしているくらいにしか思わないかもしれませんけど、この世界の実態は‥‥うーん、体育会系です。昭和の古い考えも裸足で逃げるくらいとんでもないのです。まあ、細かいことはおいおいここに書くとして、この世界の人たちは建寅の月(2月)のはじめを家族と過ごしてから学園に行きます。なので実際に学園が始まるのは、その次の建卯けんぼうの月(3月)です。とはいえ、この商の國は斟鄩との距離を考えると建寅(2月)の最初の1週間を過ごしたらすぐ出発なので、今のうちに準備するに越したことはありません。


年末と学園の準備を同時にしなければいけません。あたしは及隶きゅうたいと一緒に町へ買い出しに行ったり、他の料理人へ引き継ぎのためにレシピを教えたり、忙しいことばかりです。


「センパイ、もうすぐこのしょうの國ともお別れっすね」

「まあね、夏休みまでの辛抱かな」


斟鄩学園は2学期制になっています。なので長期休暇は夏休みと正月休みだけです。

あたしは及隶と一緒に、いろいろな店を見に行きます。子履だけでなくあたし自身も生徒として学園に行くので、あたしの分のものを買わなければいけないのです。ついでに及隶の身の回りのものも揃えてあげます。


「お嬢様に用意してもらわないっすか?婚約者だから言えば何でも揃えてくれるっすよ?」

「そんなことしたら、あたしが士大夫になるのを認めたようなものじゃないの。士大夫とは距離を置きたいんだよ」

「うーん‥気持ちは分からないでもないっすけど‥金かからないっすか?」


確かにめっちゃお金がかかります。料理人の給料は庶民の中ではかなりいいほうですが、それでも埋められない格差があります。

学園に通っている2年間、もちろん料理人としての給料は出ないのですが、子履には依存したくないので食費など生活に必要なお金はバイトでなんとかするつもりです。私服や教科書代、ノートなどの文具、学生寮で暇をつぶすためのおもちゃなどは、自費でなんとかなります。

ですが学費(寮の共益費・家賃含む)、制服はもう仕方がないです。子履にお願いするしか無いです。でもただでもらうわけにはいきません。料理人として働いてお金をためて、子履に返します。10年あれば返せない金額ではないので大丈夫です。


「お金は考えてあるから大丈夫!それより次は服を見に行くよ!たいも服買おう」

「分かったっす」


士大夫の中に土足で入るのですから、少しは立派な服を見繕わなければいけません。というわけで衣服店に行きました。ここは庶民向けの衣服店の中でも一番くらいにいいお店です。

ピンク色の服、水色の服、いろいろあります。この服は見かけ立派でしょうね、と思って棚に貼ってある値札を確認します。見なかったことにします。いい服は値段も高いのです。やっぱり見栄をはらず、庶民であることがばれるのを覚悟の上で安い服にして、あとは務光むこう先生の権力に頼るしかないのでしょうか、などと考え事をしながら歩いていると、突然男の子にぶつかりました。

あたしはあせって、その子の服装を見ます。立派な服を着ているので士大夫かもしれません。とっさに土下座します。


「大変申し訳ございません、命だけは、命だけは‥‥」

「はははっ、大丈夫ですよ」


軽く笑いながら、裏表ない明るい声色で返事してきました。あたしはおそるおそる顔を上げて、その男の子の顔を見ます。


「うわあ‥」


りりしい男でした。顔の偏差値では、姒臾じきと勝負できるかもしれません。

すっと手を差し伸べてきたので、あたしはそれを握りました。温かいです。あたしの手に、ぶわっとその体温が広がるような気がしました。

その男の子は、あたしが立ち上がったのを見るとにこっと笑って手を離しました。それがあたしにとっては、わずかに胸に突き刺さるような行動でした。


「商の人ですか?」

「はい、もしかしてよその國の方ですか?」

「僕はの國から参りました」


虞といえば、この商のすぐ南東にある国です。ものすごい近所です。


「斟鄩にある学園へ通うことになり、その服を探しているのですが‥‥恥ずかしながら金もなく、庶民向けでも立派な服がないか探しているのですが、このあたりで一番の店を教えてもらえますか?」

「はい、ここが商で一番の店です」


あたしはやや緊張気味にそう返事しました。すると突然、横から及隶が割り込んできました。


「偶然っすね、センパイもその学園に通うっす!」

「こら隶、なんてことを‥」


あたしは慌てて及隶の口をふさぎ、はははと作り笑いをしてその男の子を見ます。しかし彼は、あたしの顔をましまし見つめて、それから何歩か距離を置きます。


「あなたは、もしかして務光先生に指名されたお方では?」

「えっ‥はぁ、はい、まあ、そうです」

「驚いた‥この國におられたのですね」


うわ、務光先生どれだけ有名なんですか。とは思ったけど、なんとなくこの男の子ともうちょっと話をしていたいような気がして、あたしは続けることにしました。


「同級生でしょうか、よろしければお名前を交換できますか?」

「大丈夫ですよ」

「あたしは姓を、名をといいます。しんの出身ですが、今は商にいます」

「僕は姓をよう、名を不憺ふたんといいます。虞の公子こうし(伯の子供)です。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします!」


ただの士大夫ではなく伯の家族にあたる公族でした。あたしは思いっきり頭を下げます。

それにしても姚不憺ようふたんというのですね。しっかり覚えないといけませんね‥。それにしても、何度見てもりりしくて、見て飽きない顔つきをしています。きれいです‥‥。


‥‥はっ、いけません。あたしには、子履との結婚をなかったことにするという目的がありました。姚不憺は見たところイケメンで、今のところ性格はよさそうです。姚不憺をなんとか言いくるめて、子履を籠絡してもらうよう仕向けることはできないでしょうか。この世界では士大夫は10歳までに婚約相手を見つけなければいけないことになってますが、実際はいつまでたっても見つからない士大夫もいるはずです。試しに誘ってみます。


「実は、あたしは商伯(※子主癸ししゅき)のお嬢様と面識があるのですが、彼女も一緒に斟鄩学園へ通います。よろしければ、これからお会いになりませんか?」

「ああ、同級生ですか、せっかくですしひと目見てみたいですね」


よし。姚不憺がイケメンなら子履も人形のような美少女ですし問題はないはずです。このまま2人をくっつけて、美形カップルを作っちゃいましょう。

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