第215話 変な肆を見つけました(1)

建亥けんがいの月(※グレゴリオ暦11月相当)です。今日は及隶きゅうたいと一緒にお休みを頂いたので、外を歩いています。

あたしは最近、バイトすることもなくなっています。斟鄩しんしんで料理のバイトをするくらいならはくのあたしたちが住んでいる屋敷のキッチンで働いたほうが楽しいです。職場も近いし、料理人たちも普段知っているメンツですし、あたしの身分が高いのもあって無茶な料理もわりと自由に作らせてくれます。この前はマーボー豆腐を作ろうとしましたが、前世の記憶が間違っているらしくなかなか作れなかったので断念しました。


「あ、あの服、様に似合いそうだね」

「また陛下の話っすか」


あたしが呉服店を指差すと速攻で及隶にそう突っ込まれ‥‥やめました。


「そんなにあたし、履様の話してるかな?」

「今日は陛下の話しかしてないっすよ。朝食がおいしかったから履様にもあげたいとか、履様と一緒に出かけたかったとか、履様の思い出話ばかりっす。同行するたいの気持ちも考えて欲しいっす」


及隶は珍しくぷんぷんと頬を膨らませています。これ、及隶の頬を引っ張った時と同じ表情です。ごめんね。


「及隶って歴史好きだっけ?」

「それは陛下の趣味っすよ」

「うー‥‥そうだ、何かおやつでも食べる?」


それを言ってみると及隶は急に目をきらきらさせて、「隶はそんなものでごまかされないっす」と言いながらあたしのすそを引っ張ってきます。うん、かわいいです。


◆ ◆ ◆


ちょうとあっちのほうに、行列ができています。といってもこのしょうの国は亳へ引っ越してきたばかりというのもあって、人はそれほど多くないようです。30分くらい待って入ってみたそのみせは、フルーツを使ったスイーツを食べさせてくれるようでした。適当な机に座って、あたしと及隶はメニューから西洋風のバフェのようなものを見つけて注文してみます。

待ち時間に店内を見回して、あたしは及隶にたずねてみます。


「商の仕事は慣れた?」

「ぽちぽちっすよ」

「そっかー」


あたしは、及隶についてちょっとおかしいと思っているところがあります。及隶は子履しりが即位してから正式に商の役人となって働くようになって半年、一度も及隶が仕事で失敗して叱られたという話を聞かないのです。誰でも一度は失敗するのが仕事というものです。まして及隶はまだまだあたしより1つ下の子供で、身長も低いので、あたしたちにとっては普通の仕事だと思っても及隶にとっては無茶ぶりになることすらあります。なのに、どんな小さい失敗もしたという話が一切ないのです。

及隶の周りの人に聞いてみても、素晴らしいという話は聞かないものの、並の仕事を一切のミスなくこなしているようなのです。


「隶はちゃんと仕事できてるの?」

「うーん、自信ないっす」

「周りの誰に聞いても、ちゃんとできてると言われたよ。自信持ちなよ」

「そうっすね」


及隶は子供らしくはにがみます。かわいいです。

でも‥‥あたしが及隶に対して不思議だと思っている点はもう1つあります。


「隶、立ってみて」

「うん?」


あたしは及隶の横に並んで、身長を比べてみます。前はあたしの胸くらいの身長だったのが、腹のあたりまで低くなっています。あたしは育ち盛りだから成長しているのに、1つ下のはずの及隶は身長が全く上がっていないのです。

椅子に戻ると、尋ねます。


「隶、身長全然伸びてないようだけど大丈夫?」

「大丈夫っすよ」

「棚の上にあるものが取れなくて困ったりするでしょ?」

「他の人にとってもらうから大丈夫っす」


それ多分大丈夫じゃないんだけどな。でも及隶もうまくやっていけてるなら大丈夫だし、このままにしてみましょうか。


「センパイ、髪の毛元に戻したっすね」

「ああ‥‥」


そういえばあたし、髪の毛を切るのをやめました。この世界では髪の毛を切らないのが常識ですから、及隶も元に戻すという表現を使ったのでしょう。去年の郊祀こうしのあたりからまた伸ばし始めたので、あれから1年になります。前世の感覚ならそろそろ髪の毛を切らないとやばいという長さまでのびていますが、そういえば前世より伸びるスピードがやけにゆっくりですね。この世界の食べ物の問題でしょうか、それともこの世界では体の遺伝子とか作りが違うのでしょうか。魔法も存在するくらいですし。

ともかくあたしの髪の毛は、伊纓いえいからもらった、あたしの本当の母らしい、盤費ばんひという人が使っていた髪飾りで結んでいます。オレンジ色のチューリップのような、控えめだけどきれいな髪飾りです。

しかしこれ以上髪の毛を伸ばすのは違和感があります。子履しりはあたしと違って髪を切ったことがないのですが、それでも大きなリボンでポニーテールにするのにも無理が出てきたようで、髪の毛を後ろでつづら折りのようにしてまとめています。


髪の毛があまりに伸びすぎれば、短くならない程度に切ることは許されているそうです。子主癸ししゅきもそうやって伸びすぎないように調整していたようです。この世界の人の中には髪の毛がある程度伸びるとそれ以上伸びなくなるという人もいるらしく、それがあたしにはうらやましいです。お風呂で頭を洗うの大変ですし。


「その髪飾り、きれいっすね」

「ああ、ありがとう。斟鄩しんしんの知り合いにもらったんだ」

「そういえば学園でも見覚えがあるっす」


そうやっていくつか話していると、やっとバフェが出ました。


の柑橘彩りでございます。それではごゆっくり」


パフェといってもクリームではなく酥ですけどね、と思ってそれを見てみて‥‥あたしの手が止まります。フルーツの切り口はばらばらで、腐っているものもあります。カップには何かをぶつけたような血痕みたいなのがついていて、酥もぼろぼろにしなびていました。ていうか変色してます。

あたしは及隶の手首をつかんで、それからあたりを見回します。周辺の人達が、あたしと同じぼろぼろのパフェをおいしそうに食べています。なぜ?一体なぜ?


普通ならその場で店員を呼んで抗議するところですが、周りの雰囲気がいやに和やかなのです。家族連れもいて、小さい子供が笑顔で腐った果物を食べています。あたしの隣のテーブルに2人組の男性がいましたので、声をかけてみます。


「こんにちは、このパフェおいしいですね」

「ああ、おいしいよ」

「この肆に行列ができていたんですが、有名なんですか?」

「ああ、有名だよ。もちきりの人気だよ。この亳じゃ、知らない人はいないだろ。お前たち、有名だと知らずに来たのか?運がいいな」

「ははは、ありがとうございます」


どうしよう。見た目はあれだけど味はいいのかな。あたしは及隶に「食べるのちょっと待っててね」と言ってから、腐りかけの葡萄を一粒口に運びます。うわ、すごいにおい。あとちょっとで生ゴミになりそうな、甘すぎるにおいです。ちょっとだけ口に入れ‥‥うわっ、うわ、まず、あ、だめ。せきをすると目立ってしまうので必死でこらえて、葡萄をカップの中に捨てると、今度は酥をひとつまみだけ指一本の先にくっつけて、口に入れてみ‥‥すっぱい。なんですかこれ、腐ってると思われても仕方ない味です。


とりあえずここに長居はできません。あたしは及隶の腕を掴んで立ち上がると、目立たないようにこっそりレジへ行きます。


「お食べにならないのですか?」

「あ、はい、この子供が酥が苦手だったらしくて。あたしだけ食べるわけにもいかず、申し訳ありません」

「分かりました、では」


適当にお金を払って肆から逃げるように出ていきます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る