第215話 変な肆を見つけました(1)
あたしは最近、バイトすることもなくなっています。
「あ、あの服、
「また陛下の話っすか」
あたしが呉服店を指差すと速攻で及隶にそう突っ込まれ‥‥やめました。
「そんなにあたし、履様の話してるかな?」
「今日は陛下の話しかしてないっすよ。朝食がおいしかったから履様にもあげたいとか、履様と一緒に出かけたかったとか、履様の思い出話ばかりっす。同行する
及隶は珍しくぷんぷんと頬を膨らませています。これ、及隶の頬を引っ張った時と同じ表情です。ごめんね。
「及隶って歴史好きだっけ?」
「それは陛下の趣味っすよ」
「うー‥‥そうだ、何かおやつでも食べる?」
それを言ってみると及隶は急に目をきらきらさせて、「隶はそんなものでごまかされないっす」と言いながらあたしのすそを引っ張ってきます。うん、かわいいです。
◆ ◆ ◆
ちょうとあっちのほうに、行列ができています。といってもこの
待ち時間に店内を見回して、あたしは及隶にたずねてみます。
「商の仕事は慣れた?」
「ぽちぽちっすよ」
「そっかー」
あたしは、及隶についてちょっとおかしいと思っているところがあります。及隶は
及隶の周りの人に聞いてみても、素晴らしいという話は聞かないものの、並の仕事を一切のミスなくこなしているようなのです。
「隶はちゃんと仕事できてるの?」
「うーん、自信ないっす」
「周りの誰に聞いても、ちゃんとできてると言われたよ。自信持ちなよ」
「そうっすね」
及隶は子供らしくはにがみます。かわいいです。
でも‥‥あたしが及隶に対して不思議だと思っている点はもう1つあります。
「隶、立ってみて」
「うん?」
あたしは及隶の横に並んで、身長を比べてみます。前はあたしの胸くらいの身長だったのが、腹のあたりまで低くなっています。あたしは育ち盛りだから成長しているのに、1つ下のはずの及隶は身長が全く上がっていないのです。
椅子に戻ると、尋ねます。
「隶、身長全然伸びてないようだけど大丈夫?」
「大丈夫っすよ」
「棚の上にあるものが取れなくて困ったりするでしょ?」
「他の人にとってもらうから大丈夫っす」
それ多分大丈夫じゃないんだけどな。でも及隶もうまくやっていけてるなら大丈夫だし、このままにしてみましょうか。
「センパイ、髪の毛元に戻したっすね」
「ああ‥‥」
そういえばあたし、髪の毛を切るのをやめました。この世界では髪の毛を切らないのが常識ですから、及隶も元に戻すという表現を使ったのでしょう。去年の
ともかくあたしの髪の毛は、
しかしこれ以上髪の毛を伸ばすのは違和感があります。
髪の毛があまりに伸びすぎれば、短くならない程度に切ることは許されているそうです。
「その髪飾り、きれいっすね」
「ああ、ありがとう。
「そういえば学園でも見覚えがあるっす」
そうやっていくつか話していると、やっとバフェが出ました。
「
パフェといってもクリームではなく酥ですけどね、と思ってそれを見てみて‥‥あたしの手が止まります。フルーツの切り口はばらばらで、腐っているものもあります。カップには何かをぶつけたような血痕みたいなのがついていて、酥もぼろぼろにしなびていました。ていうか変色してます。
あたしは及隶の手首をつかんで、それからあたりを見回します。周辺の人達が、あたしと同じぼろぼろのパフェをおいしそうに食べています。なぜ?一体なぜ?
普通ならその場で店員を呼んで抗議するところですが、周りの雰囲気がいやに和やかなのです。家族連れもいて、小さい子供が笑顔で腐った果物を食べています。あたしの隣のテーブルに2人組の男性がいましたので、声をかけてみます。
「こんにちは、このパフェおいしいですね」
「ああ、おいしいよ」
「この肆に行列ができていたんですが、有名なんですか?」
「ああ、有名だよ。もちきりの人気だよ。この亳じゃ、知らない人はいないだろ。お前たち、有名だと知らずに来たのか?運がいいな」
「ははは、ありがとうございます」
どうしよう。見た目はあれだけど味はいいのかな。あたしは及隶に「食べるのちょっと待っててね」と言ってから、腐りかけの葡萄を一粒口に運びます。うわ、すごいにおい。あとちょっとで生ゴミになりそうな、甘すぎるにおいです。ちょっとだけ口に入れ‥‥うわっ、うわ、まず、あ、だめ。せきをすると目立ってしまうので必死でこらえて、葡萄をカップの中に捨てると、今度は酥をひとつまみだけ指一本の先にくっつけて、口に入れてみ‥‥すっぱい。なんですかこれ、腐ってると思われても仕方ない味です。
とりあえずここに長居はできません。あたしは及隶の腕を掴んで立ち上がると、目立たないようにこっそりレジへ行きます。
「お食べにならないのですか?」
「あ、はい、この子供が酥が苦手だったらしくて。あたしだけ食べるわけにもいかず、申し訳ありません」
「分かりました、では」
適当にお金を払って肆から逃げるように出ていきます。
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