第189話 羊辛の内政
ある時、意を決した数人の家臣たちが、後宮に押しかけました。
「お前ら、何しにきた。くだらない用なら殺すぞ」
「陛下。
「お前らは一体何の話をしている。羊司士に権限を譲ってから、わしたち王族や貴族の生活は豪華になったぞ。食料もふんたんにある。平民どもがいなくなっても、我々は困らないのではないか」
「何をおっしゃいます。我々の食料や富を作ってくれるのは平民でございます。平民は国の資本です。それを忘れたら生きていけませんぞ」
それで夏后履癸は表情をさらに歪ませますが、決死の思いで集まってきた家臣たちはひるまず、夏后履癸をにらみます。上半身を露出させたまま夏后履癸に抱きついている妺喜が「怖いのう」と茶々を入れてきます。夏后履癸は「待ってろ、すぐ終わるからな」と妺喜の頭をなでると、家臣もとい腐ったハイエナどもに返事をします。
「それは
「確かに我々は羊司士を尊敬しておりましたが、それは昔の話でございます。最近の羊司士は、これまでは考えられなかった愚策を
「讒言は国を弱めるものじゃ。こやつらは私利私欲に溺れ、
妺喜がまた茶々を入れます。その顔はにっこり笑っていましたが、夏后履癸の顔は本気でした。何か怒鳴ろうと息を吸っている途中に、ドアがばんと開き、
「
「父上。羊司士の行動は私も気にかかっていたところです。ここにいる以外にも、多数の家臣から話を聞いております。確かに以前は民を思いともに行動する義士でしたが、今はその影も姿も残っておりません。夏のためにも、ご英断をお願いします」
「ううむ‥‥」
息子がここまで強く言ってくるのですから夏后履癸は少しためらいの表情を見せます。それを見た妺喜は、夏后淳維に問いかけます。
「のう、その多数の家臣とは具体的に誰じゃ?」
「はい‥」
夏后淳維は次々と、家臣の名前を挙げます。確かにどれもこれも、先祖代々夏に仕え、夏のことを思ってきた人ばかりです。ですが、そのような人たちの多くは、妺喜が来る前から朝廷で諫言してきた人ばかりでした。妺喜は「やはり」と小さい声でつぶやくと、夏后履癸を見ます。
「どうじゃ、この家臣たちの名を聞いてどう思ったのじゃ?」
「うむ。どれもこれも、わしを批判してくる者ばかりだ」
「つまり、陛下の偉業を妨害し、名誉を傷つける者ばかりじゃ。遠慮はいらぬと思うぞ」
夏后履癸は腕を組んで目を閉じたかと思うと、かっと見開いて「うむ」と頷くと、瓦を叩き割るような声で、家臣たちを指さして返事します。
「お前たちは全員、
すぐさま兵士たちがやってきて、抵抗する家臣たちを引っ張り上げます。無理やり立たされた家臣の1人が、後ろを振り返って夏后履癸に怒鳴りつけます。
「陛下、このようなことばかり繰り返していると本当に夏は滅びますぞ!」
「うるさい。お前は何様のつもりでいる。よしわかった、お前1人だけ
「私は全身を燃やされようと、全くもって怖くはありませんな。私よりも苦しむ万民が不憫でならないです」
家臣は笑いながら応じますが、その挑発のような言葉に夏后履癸は顔を真っ赤にします。
「お前は神聖な夏を穢すつもりだな。もういい。全身の皮膚を引き剥がしてから鋳腑に出せ。きっとほかよりもいい声が聞こえるだろう」
こうして1人は鋳腑に処され、他の数人は酔い狂いながら互いを殺し合いました。夏后履癸は妺喜と一緒にそれを酒を飲みながら楽しんでいました。夏后淳維が名前を挙げた20人くらいの家臣は、朝廷の場で引きずり出され、大広間にいる他の家臣たちの目の前で百叩きの刑を受けました。
「あはは、2人もいいが4人がお互いに殺し合う姿も面白いな」
「お気に召しましたか」
酒の池に浮かび上がった、八つ裂きにされた2名と、溺死した2名を認めた後も、夏后履癸は酒が止まらず妺喜とともに試合の内容を何度も何度も回想していました。
◆ ◆ ◆
夏后履癸は悦酔の試合がすっかり気に入ったようで、死刑囚を使って定期的に開催するようになりました。酒に酔うとおぼつかない手足で相手の急所を外しまくりますが、酔った人は痛みを感じないこともあってお互いに何度も傷つけ合います。酒、人によっては快楽を感じる薬を使われ、顔を真っ赤にしてけらけら笑いながら刺し合います。展開が何度も変わり、最後まで誰が勝つか分からないのです。夏后履癸がはまってしまうのも必然でした。
一方、家臣たちはすっかり夏后履癸に諫言する元気をなくしていました。
先日のときも、その前も、夏后淳維は何かと夏后履癸の命令に口を挟んでいました。それにもかかわらず
確かな噂を聞いたわけではありませんが、關龍逢は最近の夏后履癸の言動からして、察しはついていました。押し止める家臣がいなければ、夏后淳維は今すぐにでも殺されるでしょう。關龍逢は、このことを知り合いの何人かの家臣に相談します。
「殿下は聡明でいらっしゃいます。これを失くすことは、夏にとって大きな損失でしょう。陛下がどれだけの悪政を敷いていても、殿下がおられるからこそ希望を持てるというものです。それさえも失えば、夏の弱体化は必然です」
「陛下はこれまで殿下に一切の罰を加えていませんでしたが、ここにきて謹慎を申し伝えています。これは危険な徴候と見ていいでしょう」
家臣たちが口を揃えて同じことを言うので、關龍逢たちは首を揃えて後宮へ行きました。果たして応接室にやってきたのは、夏后淳維でした。
「父上ではなく私にご用命でしょうか。珍しいですね」
と、椅子に座った夏后淳維はそう尋ねますが、特に慌てる様子もなく、しっかりと腰を下ろしていました。
数人の家臣を代表して、地べたに座った關龍逢が頭を下げます。
「このたびの事件による殿下のご苦心、察するに余りがございます。しかし殿下には、そろそろご決心いただかなくてはなりません」
「と、いいますと?」
「夏のためにも、殿下にはしばらく
夏后淳維は特に驚いた様子も見せず、目を閉じてため息をつきます。
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