第127話 子履の魔法の練習(2)

1時間くらいたって、子履しりはすっかり疲れてしまったのか、荒い息をつきながら、寮の裏手の草原の岩に座り込んでしまいます。あたしたちはそのまわりに集まります。


「魔法が突然使えなくなる話はわたくしも聞いたことはありますが、実際に見るのは初めてでした。本当に使えなくなるのですね」


さすがの任仲虺じんちゅうきも困った顔をします。姚不憺ようふたんも「こんなはずじゃなかったけどなあ」と言って、手に持っている木の枝を眺めます。

家庭教師の先生とも一緒に同じことをしていたのですが、先生にもできないことを学生たちができるはずはない、ということなのでしょうか。あたしも肩を落とします。

と、向こうから呼び声がします。


「おぬしら、何をやっているのじゃ?」

「ああっ、妺喜ばっき様。様が突然魔法を使えなくなったので、練習していたところです」

「突然使えなくなる‥‥卞隨べんずい先生が授業でおっしゃっていたことじゃな」


と言って妺喜が子履に近寄ります。


「じゃがおぬしの属性はきんじゃろう。金属性の人を呼んだほうが捗りそうな気がするのじゃ。推移すいいでも呼ぶか?」

「いいえ、実はそういう話ではないのです」


子履は首を振ります。あたしが代わりに妺喜に説明します。子履は夏休み、しょうに帰る前に務光むこう先生から『あなたの属性は金ではない』と言われたあと、魔法が使えなくなってしまったのです。なので金以外の属性の魔法を試してみようという話でした。妺喜は首を傾げます。


「なるほど‥確かに土に対して金の魔法は使えぬな。務光先生も1学期の授業でおかしいとおっしゃっていたのじゃ」

「そうです。今は五行ごぎょうの各属性を試しているところですが、全く動かないようでして」

「これだけ試してダメなら、戯れにあんこうも試してみるか?」


あたしは子履とお互いを見合います。


「‥確かに妺喜様は闇の魔法をお使いになりますが、人の心を操る以上はできないのでしょう?土を固くする魔法はちょっと想像できないです」

「わらわも闇の魔法は資料が少ないので詳しくはわからないのじゃが、例えばその土が固くなったと周囲に錯覚させることなら闇の魔法でもできると思うぞ。土人形に闇の魔力を込めれば、それに近寄った人の心を操り、硬いと思わせて無意識のうちに力を抜かせるようなものじゃ」

「なるほど、催眠のようなものですね」

「催眠とは何じゃ?」


あたしは「ああ、言い間違えました」とごまかしますが、なるほど、そういう線もあるのですね。でもそれに術者自身が引っかかったりはするのでしょうか。

任仲虺も「試してみる価値はありそうですね」と言いました。子履は闇の魔法を試してみることになりました。岩から立ち上がります。


「‥ところで」

「どうしたのじゃ、子履」

「闇の魔法を試すとして、ターゲットとなる人間が必要ですが。妺喜は普段、どのようにして魔法の練習をされているのでしょうか?」

「わらわは自分自身にかけることも多いが、例えば、そうじゃな。わらわの考えた単語を対象の頭に転送して、それを言わせるのじゃ」

「なるほど、テレパシーのようなことができるのですね」

「テレパシーとは何じゃ?」


うわ、闇の魔法って意外と万能なんですね。あたしは薬に使うくらいしか思いつかなかったのですが、脳神経を自由にいじれるのなら、応用次第で何でもできそうな気がします。


「わらわにかけてみるのじゃ」

「闇の魔法の使い方が分かりません」

「それはな、イメージするのじゃ」


しばらく妺喜による闇の魔法の講義が始まります。そりゃめったに出現しない属性ですので、しばらくは理論から入る必要がありそうです。

それにしても妺喜はどうやって自分が闇の属性だと分かったのでしょうか。うっかり家族の頭の中を操ってしまったのでしょうか。当時、妺喜はわがままを言うような子供だったと思いますから、親に一体何をさせたのでしょうか。ひええ、想像するだけでぞっとします。もし自分の子供が闇属性だったらと思うと嫌です。妺喜は母からは嫌われているそうですが、父はよく妺喜と仲良くできたなと思います。尊敬しますよ。


10分くらいの座学が終わったようで、子履は魔法を試し始めます。妺喜が横から呪文を小声で言ってくるので、子履が復唱します。そして魔法を使う対象はあたしです。なぜだ。なぜなんだ。まあ、単語を転送するだけらしいですし、だ、だ、だだ大丈夫だと思いましょう。

でももし子履が闇属性だったらどうしましょう。子履の魔法であたしはメロメロになって結婚させられて、ううーっそれは絶対嫌です。怖いです。子履ならやりかねないのが恐ろしいです。闇確定したら即逃亡ですよ。

あたしが子履の前に立って3分、5分、10分たちます。子履があたしに指を向けて何度も呪文の詠唱を繰り返しますが、どうにもうまくいかないようです。


「おかしいのじゃ、闇の魔法でも簡単な部類だと思うがのう。単語ではなく文字1つを送るのはどうじゃ?」

「やってみます」


子履はいたってまじめに、次々と呪文を唱えます。さっきの単語転送よりも短く簡潔な呪文に思えました。

しかししばらく待っても、頭の中にどんな文字も出てこないのです。子履や妺喜が尋ねるたび、あたしは何度も首を振ります。妺喜は困った顔をします。


「対象との相性が悪いかもしれんのう。慣れれば問題はないのじゃが、はじめのうちは特に愛するひとには魔法を使いづらいらしいのじゃ。書いてある書物が書物だから、本当かはわからぬのじゃが」

「それでは対象を変えたほうがいいのでしょうか」

「うむ、じゃが‥みな怖がろう」


妺喜の心配したとおり、任仲虺も姚不憺も不安そうな顔をしています。妺喜はしばらく考えて、「‥‥おぬし、呪文は覚えたか?」と尋ねます。子履がうなずくと、妺喜は「わらわに使ってみるのじゃ」と言って、子履の前に立ちます。

子履ははじめは少し遠慮しましたが、やがて呪文を際限なく唱え始めます。何分か続けていましたが、妺喜は首を振ります。


「頭の皮に触れたような感じもしないのじゃ。闇ではないと思うぞ。もっと試したいのなら止めぬが」


子履も「そんな‥」と、困ったようにうつむきます。


「務光先生から言われる以前は魔法が使えたことに変わりはないので、必ずどれかの属性だと思うのですが‥‥土を金属のように固められる魔法は存在しないのでしょうか‥‥」


子履はそう言って、ふたたびうなだれるように岩に座り込みます。あたしも隣りに座ってその背中をさすりますが‥‥そうですね、もうこれしかないでしょう。


「光の魔法はまだ試されてなかったじゃないですか」


子履が振り向きます。しかし、すぐに肩を落としてうつむきます。


「試そうにも、この学園には光の魔法を扱える方がおられません。おられないと試しようがございません」

「でも妺喜様も、周りに闇の魔法を扱える人がいないのに自分で試してみて見つけ、懸命に練習してらしてましたよ」

「そもそも光の魔法では何ができるのかわからないのです。何を試すべきか分かりません」

「ああ‥そうですね」


確かに闇の魔法は人の心を操ることができるとして長年恐れられてきましたが、それは同時に闇の魔法の個性が代々伝わってきたことを意味します。しかし光の魔法にはそれすらありません。火の魔法を使うと火が出て、水の魔法を使うと水が出るのでそれぞれの属性ははっきり区別できてわかりやすいのですが、光の魔法でできることを知らないと、仮に魔法が使えてもそれが光なのか判断できないのです。


「学園が始まったら、図書室で光の魔法について調べましょう」

「‥そういたしましょう」


あたしに背中をさすられながら子履はこっちを振り向いて、ほほえみます。

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