第128話 羊辛と会いました
学園が明日に始まるというのに、
今回は及隶も貴族になったので、馬車で留守番はさせず、一緒に会わせます。だからといって及隶は子供ですから、あたしが見守らなくちゃいけません。及隶はあたしの1つ下なのに、頭も体もあたしから一気に歳が離れて幼くなったような感じです。あっ、あたしに前世の記憶があるからあたしが大人すぎるのかもしれません。
控室代わりの応接室で待っていると、法芘が入ってきます。
「もうすぐ準備が終わる。ささ、どうぞこちらへ。今日のゲストは大物だぞ」
「ありがとうございます。大物とはどちらさまでしょうか」
と、上品に椅子から立ち上がった子履に、法芘は言い放ちます。
「ああ、右大臣
なるほど、右大臣の息子ですか。これは大物ですね。この世界にある国は夏とその他大勢の組み合わせですから、
よかったですね、子履。と思ってそちらを見ると、なぜか子履は不機嫌でした。法芘は名前だけ告げると先に行ってしまったようでその顔は見ていません。代わりにあたしが尋ねます。
「履様、右大臣に関して何かお気に触ることでも?」
「‥‥
「まさか。
「
うへえ、あたしそこまで詳しくないですよ。歴史的に前例があるのならおそらくそうなんでしょう。黙って従うのがいいかもしれません。
◆ ◆ ◆
奥の部屋に通されます。奥の席に椅子が2つあって、片方に好青年がいました。この人がくだんの羊辛なのでしょう。子履とあたしは挨拶して、子履は羊辛の隣に、あたしは子履とテーブルの角を挟んで横に、及隶はあたしの横に座ります。
「商の公子の子履でございます」
「羊辛です。よろしくおねがいします。乾杯といきましょうか」
「はい」
子履があれだけ言っていたのに、当の羊辛はおもいっきり礼儀正しく見えます。悪者って人の目を避けるために礼儀正しく振る舞う人も多いのでしょうか。あたしにとっては、ただの好青年以上の感想しかないです。だって中国史とか知らないですし。
そうやってフリートークが始まります。子履はまず生活や身の回りの話から始めて徐々に距離を詰めていきます。これまでに何度か法芘の屋敷でこのような面会を経験しているのですから、慣れた手付きです。羊辛もよく笑って、話は盛り上がります。
「ところで最近の天変地異についてはどう思われますか?」
子履がさりげなく話題を振ります。いきなり夏王さまの話をするわけにもいかないですよね。
「天から与えられた試練だと思いますよ。われわれ家臣は手を組んで、これを乗り越えるしかありません」
「そのなかで、羊辛様は何をしてらっしゃいますか?」
「父上ともよく相談して、現地へ視察に行ったり民の声を聞き入れたりし、必要な施策を検討していますよ。ここだけの話、陛下があまりお働きにならないので」
「ふふ」
あれ、なんだか普通に頑張ってまじめに働いているっていう印象を受けます。悪い人はみんなそうやってごまかしているのかな?と思って子履の顔色を見ると、子履はなぜか戸惑っているらしく、眉毛をひそめて唇を噛んでいます。
「‥‥羊辛様には出世欲のようなものはございませんか?」
「まさか。父上以上の官職はないでしょうし、大した能力もないのに父上と同じ官職につくことさえおこがましいですよ。十分に恩も財産もたまっております。もっとも、その私財もこの冷害のために使っているところです。わが羊氏は
そこまで言うのでこれ以上聞くのは野暮だと思ったのか、子履の質問は夏の政策に軸を移していきます。しばらく話して、用意してあった酒がなくなったところでおひらきになりました。
◆ ◆ ◆
「おかしいですね‥‥」
馬車に乗って、あたしの向かいに座る子履は首を傾げています。生まれてはじめて貴族の豪華な食事を食べた及隶は、あたしの膝の上でよだれを垂らしながらくっすり寝てしまっています。
「羊辛様はどうでしたか」
「怪しいところはまったく見つかりませんでした」
「ところでこの馬車はどちらに向かっているのでしょうか?学園はあちらですよ」
「羊辛様が実際に来たという場所へ行って、羊辛様の客観的な評価を聞きたいのです」
「履様は疑い深いですね」
あたしの言葉に子履は何も反応せず、目を凝らしながら馬車の窓に映る街の様子を眺めていました。郊外までくると歩く人はみなやせ細っていて、道路は荒れ、建物にはひびが入っていました。時々、大通りのはずなのに骸骨が転がっているのが見えました。
しかもここで馬車を降ります。今まで窓越しに見てきた風景がすぐ目の前にあって気分が悪いです。少しして、これは
それをごまかすように目の前の壁にもたれてくったりしている人に大丈夫ですか?と声をかけようとして、くっとこらえます。大丈夫ですか?と聞いたところで、あたしにできることはありません。莘でも仕方なく放置してきた人たちです。
と思ったら子履がためらいなく尋ねます。
「すみません、羊辛のことは知っていますか?」
「羊辛‥‥ああ、あの男のことか。何日か前、ここに来ていろんな人から話を聞いてたよ」
「印象はどうでしたか?」
「細かいところにも気を配る男でさ、服が破れているのを直さないかとかさ。あとは、ここを通った人が荷物を落とした時に羊辛様自らが拾われて返したんだ。間違いなくいい人だよ」
子履は次の人にも、次の人にも、遠慮なく聞いていきます。
「あんた、羊辛様の悪いところを探してるのかね?おやめになったほうがいいよ。月に一度はここに来るんだ。あんなまめな貴族は見たことないねえ」
「宮廷の中でも人気があるらしいよ。お前さんも貴族なら、他の貴族に聞いてみたらどうだい?」
あれこれ細かいところまで聞いて回ってしばらくして馬車に戻った時の子履は、すっかりくたびれた様子でした。
「‥‥私としたことが、
子履はそう独り言のようにぼやいてから窓の外を眺めます。外では相変わらず貧乏な人達が歩いているのが見えます。
「他の貴族にも改めて羊辛のことを聞かなければいけませんね」
おいおいまだ納得してないんかい。一緒に聞いていたあたしから見れば羊辛はすでに素晴らしい家臣ですよ。子履にも思うところはあるかもしれませんが、あまり失礼なことをやりすぎないでほしいと、あたしはわずかに思うのでした。
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