第4章 斟鄩学園1年目2学期

第126話 子履の魔法の練習(1)

2学期が始まる2日前に、あたしたちは斟鄩しんしん学園に到着しました。寮の中に入ってみると、ロビーのソファーに、見慣れない顔だけどどこかで会ったことがありそうな気がする女の子がいました。


「あれはどなたでしたっけ」

劉秀りゅうしゅう(※架空の人物)ですよ。そう王さまと同室の」


そう返事したのは子履しりです。さすが王族だけあって顔が広いというか、人の顔はしっかり覚えているようです。


「確か、現役の王様が学生として通うのは初めてでしたっけ」

「そうでしたね」


よく見ると、劉秀のそばに帰省1回分の大きな荷物が置いてあります。まだ部屋に戻っていないようです。あたしは声をかけてみます。


「劉秀様でしょうか?」

「はい」


劉秀は立ち上がってゆうをします。あたしも礼をして、それからちらりと傍らを見ると、及隶きゅうたいが頭も下げずに突っ立っていましたので、その頭を軽く掴んで下げさせます。


「劉秀様、部屋にお戻りにならないのでしょうか?」

「それが‥‥姬媺きび‥ではありませんでした、曹王さまが趙旻ちょうびん様と同室になるらしく、職員が部屋割りを再検討しているところです。私は職員を待っているところです」

「ああ‥‥」


異例中の異例だと思ってましたが、寮の部屋にまで影響あるのですね。確かに王様の子供ならまだしも、王様自身が入るとなったらさすがに他の国の人は同じ部屋に入れられないですよね。いくらこの寮に異国人同士の交流を深めるという趣旨があれと、危険です。


「‥それではあたしたちはお先に失礼いたします」

「はい」


そう挨拶して劉秀と別れて、あたしは部屋に入ります。子履も後ろについてきます。向かいのスペースにはすでに妺喜ばっきがいたので、手を振って挨拶します。そしてあたしが自分の机近くに荷物を置くと、子履も隣に荷物を置きます。


様の部屋は上の階では?」

「私もと一緒の部屋がいいです」

「はいはい、百合ごっこはそこまでにしてもらえますか」


子履は「摯は頑固ですね」と頬を膨らませて、荷物を持っていきます。及隶が「持っていくっす」と言いますが、子履は「外国の貴族に持たせるわけにはまいりませんので‥‥」と言っていなくなってしまいます。

及隶はドアを閉めると、少し残念そうにうつむいて、あたしのところに歩いてきます。


「最近、お嬢様が手伝わせてもらえないっす‥‥」

「ああ‥ま、まあね。あたしを手伝う?」

「わかったっす、センパイ!」


名目上とはいえ及隶が曹の国の役人に任命されて以降、子履は何かと及隶に遠慮するようになってしまったのです。そりゃ将来王様になる身ですからどんなに小さい問題でも作りたくないという立場の問題もあるのでしょうか。ですが及隶は今でもあたしの後輩のつもりでいますし、平民の仕事はまだまだ続ける気でいるようですので、あたしから見ると子履はいささか薄情に思えます。


◆ ◆ ◆


食堂で食事する子履は、どこか上の空でした。


「どうかしましたか」


あたしがその向かいの席にお盆を置いて、椅子に座ります。


「‥摯。思い出したのです。私、まだ魔法が使えないのです」

「ああ‥‥」


子履、夏休みに入ってから魔法が使えなくなったんですよね。それで家庭教師を呼んで練習したのですが、まだいっこうにできないようです。学園の授業でも魔法の実技はありますし、せめて何か使えたほうがいいでしょう。

と思っていると、横の席に妘皀目うんきゅうもくが座ってきます。あれ、そういえば任仲虺じんちゅうきはまだ戻ってないのでしょうか。


「妘皀目様、仲虺ちゅうき様は戻られましたか?」

「いや、戻ってないな。遅いね」


妘皀目はあたしの質問に首を傾げますが、「まああと2日あるだろ」と言って食べ始めてしまいます。


「‥‥そうだ、子履、元気がなさそうだけど何があったんだ?」

「はい。実は魔法の使い方をど忘れしてしまいまして‥‥」

「気にすんなって、よくあることだから先生も何か考えてくださってるはずだよ」

「‥そうですね」


そうやって子履も食べ始めます。気がつくとそばのテーブルに推移すいい大犠だいぎ、向こうのテーブルに終古しゅうこがいます。みんな、本当に変わってないです。夏休みはたった2ヶ月なのに、ずいぶん久しぶりに会ったような気がします。


◆ ◆ ◆


夜になりました。くさむらを選んで、あたしと及隶は持ってきたバケツの水で体を洗います。けっこう寒いです。冬はどうしましょう。そうだ、土の魔法でかまくらのような部屋でも作りましょうか。などと考えていたところで、向こうのほうから掛け声が聞こえてきます。

慌てて服を着たあたしが草の隙間から覗いてみますと、少し遠くに子履の背中がありました。子履がの魔法の呪文を唱えていました。


たい、これ部屋に持ってって」

「わかったっす」


そうやって及隶を帰らせてから、あたしは子履に近寄ります。足音で気づいたのか子履はぴくっと振り返りますが、「‥摯ですか」と肩の力を抜きます。


「履様、こんな遅くまで外にいると危ないですよ」

「お互い様ではありませんか」

「履様は公子ですから、なおさら危険ですよ」

「‥‥そうですね」


と、子履は目を伏せます。やっぱりその目からは、あせっているのが伝わってきます。あたしはにっこりと笑います。


「土の魔法を教えてあげましょうか?」

「‥‥分かりました。摯は優しいですね」


うん、結婚はしたくないけどやっぱり放っておけないんですよ。「ここに力を込めて、はじめは土の粒ではなく塊全体を見るように意識して」「はい」など、結果は想像のとおりですが夜遅くまで一緒に練習していました。


◆ ◆ ◆


「夜遅くまで外で何をされていたのでしょうか?これを外国人に言うのも変かもしれませんが‥‥履さんは公子です。誰かに誘拐された時のことを考えたことはあるのですか?摯さんもです。分かっていたのならなぜ帰らせなかったのですか?」


夕食の後に戻ってきたらしく、窓から見ていたという任仲虺に朝食の食堂でお説教されます。あたしは「すみません‥」と平謝りしていました。


「ところで、履さんはなぜ魔法の練習をなさっていたのですか?」

「はい‥それが、魔法が使えなくなったようなのです。このままでは実技の授業に支障が出るのではと‥‥」

「急に使えなくなるのはよくある症状なので、先生もそれなりに準備はしていると思いますよ」


任仲虺は妘皀目と同じことを言います。確かにこの世界全体で見ればそのとおりかもしれませんが、それぞれの個人には一生に1回あるかないかレベルの事件ですから、そりゃ焦りますよ。


「授業が始まるまでに少しでも練習しておいたほうがいいのではないでしょうか」


そうあたしが言うと任仲虺は少し考えてからうなずきます。


「‥魔法が使えない時はしばらく時間を置いて様子を見るのが一番かもしれませんが‥それもありですね。わたくしもお手伝いしましょうか?」

「ありがとうございます」


食後、あたしたち3人が玄関へ向かうと、これまた荷物を持ってきた姚不憺ようふたんと鉢合わせします。わ、相変わらずイケメンです。あたしは思わず前のめりになって、姚不憺のそばへ走って声をかけます。


「あ、姚不憺様、おかえりなさいませ」

「ああ、ただいま。なんだかこれを言われると嬉しいな、はは」


と姚不憺は笑ったのち、あたしの背後にいるものを見て表情をこわばらせて、何歩か引いてしまいます。一体何があるんでしょうかとあたしが振り向きかけた時に、姚不憺はまた声をかけてきます。


「じゃ、後でまた遊びに行くね」

「はい‥‥あっ、あ、待ってください!」


確か姚不憺はもくの魔法を使うんでしたね。あたしの土、任仲虺のすいとも競合しませんし、いたほうがいいでしょう。子履にも確認します。


「履様、姚不憺様は木の魔法をお使いになりますし、誘いますか?」


子履はなぜか不愉快そうな顔をしているのですが、任仲虺は「‥‥仕方ないですね、履さんにとっては非常事態ですし」と、首を傾けながら言いました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る