第60話 同行する女性を探しました(2)

うわ、任仲虺じんちゅうきが身もふたもないことを言い出しました。確かにそれはそうですが‥‥。


「実際問題、それは可能なんでしょうか?」

「難しいですね。入学式でのあの体たらくを、この学園にいる人は全員見てしまったでしょうから」

「ああ‥‥でも聞いてみるにこしたことはないですよね」


子履しりはうなずきますが、あたしはもう一回任仲虺に尋ねます。


「そのようなことをして、あたしたち、学園中から恨まれることにはならないのでしょうか‥?」

「大丈夫です。すでに手は打っています。女を集めた後は、私にまかせてください」


任仲虺は自信ありげに笑顔をみせていました。


◆ ◆ ◆


翌日から、あたしと子履と任仲虺はとにかく手当り次第、学園中の女性に声をかけてみました。


「ひっ、王さまに謁見‥?」

「はい、名誉あることでございます」

「そ、それは私よりももっとふさわしい女性がいるんじゃないかなー、なんて」


どこの女性もこんな調子です。そりゃそうです。あんな中年デブと関わりたくないっていう気持ちは、みんな共通しているらしいです。

廊下の向こうにいる子履も、相手の女性にぺこぺこ頭を下げていました。子履も子履で苦労しているようです。


ふと、あたしの視界に推移すいいが入ります。2組の教室から廊下へ出るのを見ました。推移を誘いましょうか、いえ推移には大犠だいぎという婚約者がいてお互い深く愛し合っているようですし、誘いづらいです。無理です。

身を翻しましたが、後ろから推移が尋ねてきます。


「教室からも話し声が聞こえたんですけど、夏王さまに謁見してくれる女性を探してるんですよね?」

「えっと‥まあ、そのようなものです」

「私は大丈夫ですか?」

「えっ?」


えっ、そんなこと言われても推移には大犠という彼氏が‥‥。もしかして推移、夏王さまに会う意味を理解していないんでしょうか?


「お気持ちは大変うれしいのですが、推移様には婚約者がおられるのではないでしょうか‥」

「私は夏の国の貴族で、先祖代々夏のために尽くしてまいりました。夏王さまのおそばでお仕えできるなら、それこそ本望です」

「ええ‥」


そのためだけに婚約者を捨てていいんでしょうか?この世界では先祖様を大切にしろという教えがあって、「先祖代々お仕えした」という言葉は前世の日本よりとても重く、先祖様にそむくようなことは忌み嫌われています。とはいえ、愛する人まで捨てるものでもないでしょうに‥‥とあたしは言いかけましたが、自分自身が身を捨ててくれる女を探していたという自己矛盾を思い出してしまいます。うーん、大犠には気の毒ですが、これは‥これは‥大犠には悪いんですけど、受けるしかありません。


「断る理由はございません、ぜひ同行いただければと思います。日程は追って連絡いたします」

「よろしくお願いしますね。寮の部屋にいますから。いない時は同室の人に伝言してください」


そう言って推移は通り過ぎてしまいます。罪悪感はしますが、これでやっと1人です。でもこれ、あたしはもしかして思ったよりひどいことをしているんじゃないでしょうか。罪悪感はありますが、かといって子履や妺喜を差し出せるかといえば、そういうわけにもいかないんですよね。

仮に夏后履癸かこうりきのご指名を拒否したらどうなるんでしょうか。王様の命令を聞かなかった不道徳な人物として笑いものにされるかもしれません。それは貴族にとっては不名誉なことです。‥‥あたし平民ですし、汚れ役をあたしがやってもいいんじゃないでしょうか、と一瞬思いましたが、他の貴族と違ってバックのないあたしはもしかしたら殺されるかもしれません。怖いです。


なんだかんだで推移のほかにも1人の女性を見繕いました。劉秀りゅうしゅうです。「はいい、おもしろそうですねぇ‥」とか言ってました。


◆ ◆ ◆


ついに当日の朝になってしまいました。朝と言っても、まだ鶏も鳴かない、西の空が真っ黒な時間です。

結局、あたしの知り合いは子履1人だけです。任仲虺は参加しませんが、夏の宮廷に母(※せつ王)の知り合いがいるので話を通しておくということでした。

あたしと子履以外は、あまり仲の良くない人ばかりです。仲が悪いわけでもありませんが、名前だけ知ってる人や、ちょっと話しただけの子ばかりです。子履もああ見えて一応人見知りなので不安ではあります。建前はしょうの公子ですから、他の国の人とも気軽に話せるコミュニケーション力は必要です。でも、あたしが料理のためにそばにいない時に、子履は一体何をやらかすかと、それだけが心配でした。


あたしは推移、劉秀、そして子履も何人かの女の子を誘いましたが、その中に姒泌じひつもいるのだそうです。姒臾じきの手に落ちるくらいならいっそ、と子履は言っていましたが、それもっと不幸になったりしないでしょうか。

という姓は夏の始祖であるが帝ぎょうから賜った姓であり(※姓といみなを組み合わせて姒文命じぶんめいという。夏后かこうは氏といい、1つの姓から複数の氏族に分かれていく)、夏の王族の親戚であることを示します。夏の始祖を共通の先祖に持つ以上、夏王さまの命令にそむくのは夏の国益に相反するために先祖にそむいたのと一緒になるので、ことさら従わなければいけない立場です。そういうことから、姒姓の人は誘いやすい‥‥らしいです。ただ、子履もあたしと同じような罪悪感を抱えていました。

あたしも姫媺きびの調査が正しければ本来は姒姓らしいのですが、それは言わないことにしました。実際、あたしも1人くらい姒姓の人に声をかけましたが断られてますし。

ちなみにですが、この世界では近親婚の定義が前世の日本とは違っているらしく、前世の日本ではある程度より遠い親戚の人なら結婚できましたが、この世界では同じ氏族の人全員アウトらしいです。結構範囲が広いです。でも夏王さまは夏后氏ですが学園に当該する学生がいないため、学園にいる姒姓の人全員問題はありません。ひええ。(※作者補足:夏、商の時代の制度は不明ですが、周の時代には同じ姓を持つ人全員アウトでした。ただしこの頃には姓と氏が混合され、氏の多くが姓として扱われるようになったので、実際の範囲は夏の時代でいう氏族とあまり変わらないと思います)


「なんじゃ、出かけるのか?」


あたしが準備をしていると、向こうのベッドで寝ていた妺喜ばっきが目をこすりながら起き上がってきます。妺喜はもちろん誘っていません。


「はい、今日は夏王さまへ謁見しなければいけませんので」

「ふむ‥夏王さまか。面白そうじゃのう」

「はは、入学式で酔っ払っておられましたからね」


あたしは少し笑いながら、かばんに荷物を詰めます。


「わらわも連れてくれんかのう?」

「え?」


意中にない一言が飛び出してきたので、あたしは思わず振り返ります。妺喜が目をきらきら輝かせて、ベッドから身を乗り出していました。


「ですが妺喜様‥」

「大丈夫、大丈夫じゃ。わらわは酒を飲みながら入学式に来られるような王様のなりたちに興味があるのじゃ。王様を間近で観察したいのじゃ。どうじゃ?」


うわ、たまにいる人間観察が趣味ですって感じの人ですね。夏王さまのことを尊敬しているわけではなく、単に興味があるようです。他の人と違って、純粋に行きたがっているように感じられました。

さすがに行きたくない人ばかり連れて行きたい人を連れないわけにはいかない‥とあたしは少し思いました。まあ、妺喜以外の女性は多く確保しましたし、妺喜がお持ち帰りされる確率はそれだけ下がるでしょう。それでもあたしが妺喜と初めて会った時、美しいと感じたことは覚えています。美しい女の子なら、夏王さまもきっと同じ印象を抱くでしょう。


「妺喜様、ひとつ条件がございます。なるべく醜く化粧してもらえませんか」

「うむ、わらわもあいつに興味はあるが結婚はごめんじゃからのう」


妺喜はいつもより下手めに化粧します。それでも他の子と比べるとひときわ美しくなっているように見えました。

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