第59話 同行する女性を探しました(1)
やがて混雑が一段落ついて休憩時間が取れるようになったタイミングになっても、
「
そこにいたのはやっぱり、
姫媺はあたしを見て、頬をぷくーっと膨らませていました。何が言いたいのかいくつかの解釈があったのではっきりはしませんでしたが、とにかく外に出たくなかったというのは伝わりました。
「おいしい料理をありがとうございます。陛下(※姫媺)も舌鼓を打っておられました」
趙旻が椅子に座って姫媺の肘を掴みながら小さく頭を下げますが、当の姫媺は何度も首をぶんぶん振っていました。あたしは失笑を必死でこらえて、ぎこちない笑顔で返事します。
「お気に召したようで、大変嬉しくございます」
と、姜莭が話を切り出してきます。
「おそらく夏休みに即位式があると思うけど、来てくれる?」
「はい、あたしはおそらく
「その時にも饂飩を献上してほしい」
「はい、ありがたき幸せでございます。履様と相談いたします」
これが本題だったのでしょうか。話は終わったようですね、と思って、ふと公孫猇を見ます。公孫猇も何か言いたげにしていました。
「実はだな、陛下(※
「‥はい?」
公孫猇は困った様子でため息をついていました。
「‥できることなら、お前や子履のほか、かわいこをできるだけ集めてほしいんだ」
「ああ‥‥」
「そこの姫媺も曹伯になるから、正式ではないにしろ早めに引き合わせたほうがいいだろうが、それ以外の子も連れてほしい。できるだけかわいいのをな」
「はあ‥」
うん。うん‥‥。かわいい子を連れてきてくれというのは、この世界ではわりとよくあることなんですよね。
それを聞いた途端、あたしはまっさきに子履のことが不安になります。子履、もしかして夏后履癸に捕まって帰れなくなるんじゃないでしょうか‥‥?いえいえ、そんな状況はむしろあたしにとってはご褒美なはずです。あたしは一体何を考えているんでしょうか。
「‥‥持ち帰って履様と相談いたします」
「おう、頼む」
大変なことになりました。夏后履癸が万が一子履を所望するようなことがあれば、あたしはどうすればいいんでしょうか‥‥どうもしないと思いますけど‥ええと‥ううん‥うん、あんなかわいい女の子をデブのじじいに渡すもんですか、うん、怒るポイントはそっちですよね?そうしましょうか、うん。
◆ ◆ ◆
「‥話は分かりました。なぜ私に相談したのですか?」
あたしは今、寮の
あたしの隣の席では、
「いや、それは、その、ほら、あれです‥‥」
あたしは肩をすぐめながらごまかしますが、任仲虺はため息をつきます。
「履をここに連れてきて、3人で話しましょうか」
「‥‥‥‥はい‥」
「その様子ですと、まだ仲直りできてないようですね。私が呼んできます」
「い、いえ、貴族にそんなお気を遣わせるわけにはまいりません、あたしが‥」
「いいえ、私が行きますよ」
と言って任仲虺は行ってしまいました。しばらくして、部屋に任仲虺と一緒に入ってきた子履は、あたしと目が合うとすぐそっぽを向いてしまいます。そのまま、長方形のテーブルで、あたしの向かいで任仲虺の隣の席に座ります。
「‥女の子ですか?」
「はい。夏王さまができるだけ連れてこいと」
「‥‥‥‥困りましたね」
任仲虺が腕を組みます。
「場合によっては、
この世界では、王様は妻をいくつ持ってもいいことになっています。
「そ、そんな怖いことおっしゃらないでください」
「まさか。冗談ですよ」
ほっとしました。怖い冗談はやめてくださいね。
「ですが、1人や2人持ち去られる可能性はゼロではありません」
「やっぱりですが‥‥」
あたしはあんなくまのプーさんのようなデブには近づきたくありません。本気で嫌いなわけではなく、職場のうざいおっさんくらいの立ち位置であれば普通に関われるのですが、結婚を前提にされると急に気味悪くなってしまうタイプです。
「‥‥‥‥失礼ながら、夏王さまの好みの女性のタイプって分かりますか?そのタイプの子を連れてこなければ問題はないんじゃないでしょうか」
「かわいければ何でももってこいって感じですね。気にいるかいらないかはその時の気分によるかと」
「やっぱりですか、はぁ」
あたしはため息をつきます。子履はともかく、あたしにも可能性があるんですよね。子履と結婚するのは嫌ですが、酒ぴたデブと結婚するのはもっと嫌です。
と、任仲虺がまた口を開きます。
「
「‥‥あれ?どこかで聞いたような気はします」
「入学式にいたあの女性を見たでしょう?」
ああ、確か入学式で、夏后履癸は2人の美しい服を着た女性をはべらせていましたね。あの2人が琬、琰だったのですね。
「あの姉妹ももとは略奪された女なのです。何年か前に
ひええ。なんだか聞いていると、あたしたちまで本当にお持ち帰りされそうです。背筋が凍ります。
「な‥なんとか、あたしたちがお持ち帰りされない方法を考えることはできますか?」
「‥‥可能性をゼロにすることは出来ませんが、下げることはできます。美人や
任仲虺がそう言ったので、あたしは思わず任仲虺の胸を覗き込んでしまいます。漢服に隠れてあまり目立ちませんが、胸大きいですよね。
しかし任仲虺は、別の人に視線を向けていました。子履です。
「‥
「そ、そうですか‥」
「はい、少し振る舞い方を変えれば、何人もの男に囲まれるくらいの素材はあります」
そういう場面でもないのに、子履は頬を染めてしまいます。
なんだろう‥あたしは子履と距離を置きたいし、今まで子履にイケメンをくっつけて逃げようとしていましたし、子履が夏后履癸に見初められるのはあたしにとってありがたいはずなのに‥‥あの夏后履癸の顔を思い出すと、どうにも子履を放っておけなくなるのです。
「‥履様をここに置くことはできますか?」
「それをしたら
その任仲虺の返答に、あたしはさっきの2倍くらい背筋を凍らせます。あたしにしっぽがあったらバリバリに立っていたんじゃないでしょうか。
「こんなことを言うと嫌われるかもしれませんが、自分の身の回りの女性を連れ去られたくなければ、普段からほとんど関わらないような女性を多く連れて行くことです。それで友人は相対的に目立たなくなります」
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