第221話 虞の貴族と面会しました
そのあと、あたしから役人に説明して、
この世界にはそういうこともあるのでしょうかと割り切るにはあまりに残酷な話です。
と思ったら、あたしがある日の朝廷を終わらせたタイミングで、
「例の肆の男たちですが、何か知っておられますか?出自とか、以前はどこにいたとか」
「いいえ、あたしもあの日に初めて出会いましたから。おとといもあなたから同じ質問が来て同じことを説明しましたが、何かありましたか?」
「それが‥あの4人は、記憶がないと言うのです」
「えっ?」
「あの日に何をやっていたのかはおろか、あの肆を数ヶ月前から営んでいたことすら記憶にないようなのです」
「えっ」
あたしが4人と戦った時に、頭の打ちどころが悪すぎたのでしょうか。逆に言えば、あの4人の罪が立証できなければあたしの責任になってしまうのです。まあ、商に法律はありますが三権分立とか平等とかいったものはないので、いざというときは子履があたしを守ってくれると言ってくれましたが‥‥その前にできるだけあたしだけで解決できるよう説明はしたいです。
「それで、あたしが疑われているのですか?」
「いえ、めっそうもございません。受付の女性もあなたと同じようなことを話していましたし、男らを捕まえてひどく感謝もされましたので、あなたを疑うようなことはこれっぽっちもありません。そもそもあなたが嘘をついているなら、彼らはアリバイを主張するでしょう。
「いいえ、特にありません」
「そうですか‥‥」
刑吏はまた首を傾げて、そのままどこかへ行ってしまいました。この件、役人や刑吏に全部預けたつもりでしたが、今の話を聞くとやはり何かが引っかかります。一体何なんでしょう。
そもそも人の記憶を奪う魔法なんてこの世界には存在しないんですよね。なにか‥‥ただの妄想かもしれませんが、見えないところで大きい力が働いているような気がします。得体のしれない存在が近くにいるようです。あたしはちょっと寒気がしました。
◆ ◆ ◆
さて‥‥‥‥その虹色に光る石を握って、仮の屋敷の屋根に
「本当にあれでよかったのか?」
「
陽城の郊外の
「人間に情が移ったのか?」
「いや。これが最善だと判断した」
「そういうことにしておこう」
及隶は索冥の返事を聞くと、ふうっとため息をついて屋根の坂を登ります。
「だが‥‥これだけは変わらない。旧世界は滅んだ。この世界に旧世界の痕跡を残してはいけない。いいか、『あれ』は存在してはいけない。今度こそ、うまくやるのだ」
そう言って及隶は、手に持っていた虹色に光る石を高くかかげ‥‥そして強く握ります。石はふっと消えて、手の中から虹色のきれいな光の粒がいくつも散っていきます。
「旧世界は犠牲にならなければいけない。ここが理想の世界であるために」
◆ ◆ ◆
さて、役人たちの取り調べのせいもあって予定より数日遅れましたが、この
しかしあの役人、やっぱり子履から聞いた通りふてふてしい態度ですね。
玉座の前で
「あの、あ‥‥‥‥‥‥こ、これが目録でございます。これ」
従者が、貴族から受け取った竹簡を子履のそばにいる侍從に渡します。侍從がそれを階段をのぼって子履に渡します。それを読んだ子履は、
「聞くところによると、あなたは虞の国で贈り物を繰り返してけっこうな数の愛人を作っているようですね。この目録には豪華な宝物がいくつもありますが、私を買いに来たのですか?」
「そ、それは‥‥」
「女癖もほどほどにしてくださいね」
冷や汗をたらたら流していた貴族はそれが効いたのか、ついに用件を何一つ言わず、贈り物を持って逃げるように帰っていきました。それにしても使者の罪を数えるって家臣たちはどう思うのでしょうね‥‥と思ったのですが、周りの誰を見ても、怒るどころか首を傾けていました。食料はともかく、たったあれだけのやり取りで使者が態度を変えるのは一体なぜだろうと言いたげでした。
◆ ◆ ◆
その翌日の夜に小屋の地面からぴょこっと出てきたあたしは、最初に「昨日はお疲れ様です」と子履を労いました。
「昨日は強く言い過ぎてしまった自覚があるのですが、家臣たちの誰も私に注意しないのが不思議でした」
「まあ、虞も昔は栄えていたらしいですが、今はそれほどでもないというのも手伝っているのでしょうね」
「徳のない人をわざわざ使者に選んだ虞の落ち度とも言えますね。ところで
「いいえ、あたしとの面会もキャンセルしてしまったようです。あたしのことまでは知らなかったはずですが、よっぽと早く帰りたかったのでしょうね」
それを聞くと子履はくすくす笑います。「このことは2人だけの秘密にしておきましょうね」「はい」あたしも子履も頬を赤らめて、お互いの顔をにっこりと見ます。なんだかこうしているだけで、心が温まりそうです。
「ところで、履様」
「どうしましたか、摯」
「あのメイド服、どこにあったのですか?」
「普通に更衣室に飾ってありましたよ」
「この世界は漢服ばかりですが、メイド服なんてあるものなんですね」
「水着もあったではありませんか」
「そうでしたね、はは」
あの日の話題には、触れたくない部分もあります。あたしも子履も慎重に言葉を選んでいるようでした。でも話せるところだけ取り上げると案外盛り上がるものです。いつか、子履の喪が明けた後に今度こそ本当に楽しい思い出で盛り上がれるようになりたいものですね。話が盛り上がる中で、夜は更けていきました。
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