第221話 虞の貴族と面会しました

そのあと、あたしから役人に説明して、みせで捕まえておいた4人の男の取り調べがありました。脚だけになっていた骸骨は丁重に葬られましたが、その彼女だという女性はどうなったか、近くに肆を構えていた家族はどうなったか、役人はあたしに説明してくれませんでしたしあたしも聞きたくありませんでした。ただ、近くにいた家族の肆は閉店して、妻は商丘しょうきゅうへ戻ったけど夫の姿が見えない‥‥なんて噂は聞きました。夫の姿が見えない理由をあたしは考えたくありませんでした。あたしの想像と違う理由だったらいいのですが。

この世界にはそういうこともあるのでしょうかと割り切るにはあまりに残酷な話です。


と思ったら、あたしがある日の朝廷を終わらせたタイミングで、刑吏けいりがひょっこり現れて質問してきました。


「例の肆の男たちですが、何か知っておられますか?出自とか、以前はどこにいたとか」

「いいえ、あたしもあの日に初めて出会いましたから。おとといもあなたから同じ質問が来て同じことを説明しましたが、何かありましたか?」


子履しりは三年の喪中で本来なら外を遊び歩いてはいけない立場なので、あたしが目撃して戦って勝ってと、あたし1人だけで全部やったことにしていました。実際、あの4人をやっつけたのもあたしの魔法です。あれ、じゃあ子履は何しに来たんだ‥‥まあ接客を頑張ったのでよしとしましょう。


「それが‥あの4人は、記憶がないと言うのです」

「えっ?」

「あの日に何をやっていたのかはおろか、あの肆を数ヶ月前から営んでいたことすら記憶にないようなのです」

「えっ」


あたしが4人と戦った時に、頭の打ちどころが悪すぎたのでしょうか。逆に言えば、あの4人の罪が立証できなければあたしの責任になってしまうのです。まあ、商に法律はありますが三権分立とか平等とかいったものはないので、いざというときは子履があたしを守ってくれると言ってくれましたが‥‥その前にできるだけあたしだけで解決できるよう説明はしたいです。


「それで、あたしが疑われているのですか?」

「いえ、めっそうもございません。受付の女性もあなたと同じようなことを話していましたし、男らを捕まえてひどく感謝もされましたので、あなたを疑うようなことはこれっぽっちもありません。そもそもあなたが嘘をついているなら、彼らはアリバイを主張するでしょう。獬豸かいち(※きょうしゅんに仕えた、公平な裁判を行うことで知られる皋陶こうように協力していた伝説上の動物。人々の善悪を判断していた)に誓います。それよりも、男らはあれだけのことをしでかして本当に記憶がないようなのです。仮にあなたの攻撃で頭を打ったとしても、4人全員があれだけきれいに記憶を失うとは考えづらいのです。普通なら記憶を失うのは2~3人だけとか、記憶を失う期間にばらつきがあったほうが自然なのですが、それがないのです。4人とも均一なのです。これについて何か心当たりは?」

「いいえ、特にありません」

「そうですか‥‥」


刑吏はまた首を傾げて、そのままどこかへ行ってしまいました。この件、役人や刑吏に全部預けたつもりでしたが、今の話を聞くとやはり何かが引っかかります。一体何なんでしょう。

そもそも人の記憶を奪う魔法なんてこの世界には存在しないんですよね。なにか‥‥ただの妄想かもしれませんが、見えないところで大きい力が働いているような気がします。得体のしれない存在が近くにいるようです。あたしはちょっと寒気がしました。


◆ ◆ ◆


さて‥‥‥‥その虹色に光る石を握って、仮の屋敷の屋根に及隶きゅうたいが座っていました。時は夜、半月が及隶とそばにいる黒い影を薄暗く照らします。


「本当にあれでよかったのか?」


索冥さくめいの質問に、及隶はすぐには答えませんでした。及隶の目には、すっと下にある中庭にある小屋が映っています。今頃あの中に伊摯いしと子履の2人がいて、歓談を楽しんでいるでしょう。冬を前にした冷たい風が、及隶を包みます。


陽城ようじょうの少年を落雷で殺したのを引きずっているのか?あの4人の男の記憶と石を奪うにとどめたのは、理由があるのか?」


陽城の郊外のむらにいた金髪の少年が死んだ後、馬車の中は重苦しい雰囲気に包まれていました。妺喜ばっきのことを忘れようとしていた子履はまた煩いが再燃していました。


「人間に情が移ったのか?」

「いや。これが最善だと判断した」

「そういうことにしておこう」


及隶は索冥の返事を聞くと、ふうっとため息をついて屋根の坂を登ります。


「だが‥‥これだけは変わらない。旧世界は滅んだ。この世界に旧世界の痕跡を残してはいけない。いいか、『あれ』は存在してはいけない。今度こそ、うまくやるのだ」


そう言って及隶は、手に持っていた虹色に光る石を高くかかげ‥‥そして強く握ります。石はふっと消えて、手の中から虹色のきれいな光の粒がいくつも散っていきます。


「旧世界は犠牲にならなければいけない。ここが理想の世界であるために」


◆ ◆ ◆


さて、役人たちの取り調べのせいもあって予定より数日遅れましたが、このしょうの南にあるという国から貴族がいらっしゃったようなので、大広間に通してやります。前情報ですと、あたしと会う予定もありましたが何やら商に食料を無心するのがメインの用事だったらしく、背後にはいくらかの贈り物を控えていました。

しかしあの役人、やっぱり子履から聞いた通りふてふてしい態度ですね。


玉座の前ではいをしている貴族に、冕冠べんかんをかぶった子履は「顔を上げて」と言います。貴族はその声で何か気づいたらしく、おそるおそる顔を上げて、それから子履の顔を見て真っ青になります。


「あの、あ‥‥‥‥‥‥こ、これが目録でございます。これ」


従者が、貴族から受け取った竹簡を子履のそばにいる侍從に渡します。侍從がそれを階段をのぼって子履に渡します。それを読んだ子履は、りゅう(※冕冠の前後についている玉をつないだ糸)を揺らしながら答えます。


「聞くところによると、あなたは虞の国で贈り物を繰り返してけっこうな数の愛人を作っているようですね。この目録には豪華な宝物がいくつもありますが、私を買いに来たのですか?」

「そ、それは‥‥」

「女癖もほどほどにしてくださいね」


冷や汗をたらたら流していた貴族はそれが効いたのか、ついに用件を何一つ言わず、贈り物を持って逃げるように帰っていきました。それにしても使者の罪を数えるって家臣たちはどう思うのでしょうね‥‥と思ったのですが、周りの誰を見ても、怒るどころか首を傾けていました。食料はともかく、たったあれだけのやり取りで使者が態度を変えるのは一体なぜだろうと言いたげでした。


◆ ◆ ◆


その翌日の夜に小屋の地面からぴょこっと出てきたあたしは、最初に「昨日はお疲れ様です」と子履を労いました。


「昨日は強く言い過ぎてしまった自覚があるのですが、家臣たちの誰も私に注意しないのが不思議でした」

「まあ、虞も昔は栄えていたらしいですが、今はそれほどでもないというのも手伝っているのでしょうね」

「徳のない人をわざわざ使者に選んだ虞の落ち度とも言えますね。ところで、あの人には結局会ったのですか?」

「いいえ、あたしとの面会もキャンセルしてしまったようです。あたしのことまでは知らなかったはずですが、よっぽと早く帰りたかったのでしょうね」


それを聞くと子履はくすくす笑います。「このことは2人だけの秘密にしておきましょうね」「はい」あたしも子履も頬を赤らめて、お互いの顔をにっこりと見ます。なんだかこうしているだけで、心が温まりそうです。


「ところで、履様」

「どうしましたか、摯」

「あのメイド服、どこにあったのですか?」

「普通に更衣室に飾ってありましたよ」

「この世界は漢服ばかりですが、メイド服なんてあるものなんですね」

「水着もあったではありませんか」

「そうでしたね、はは」


あの日の話題には、触れたくない部分もあります。あたしも子履も慎重に言葉を選んでいるようでした。でも話せるところだけ取り上げると案外盛り上がるものです。いつか、子履の喪が明けた後に今度こそ本当に楽しい思い出で盛り上がれるようになりたいものですね。話が盛り上がる中で、夜は更けていきました。

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