第162話 蒙山伯の逆襲(1)
そして3日目の朝、出発する前に喜鵵は数少ない兵士を集めて言いました。
「わしたちはこれから
「何をおっしゃるのですか、陛下。ここまで来た以上、私たちにもう選択肢はありません。先祖代々お世話になった国のために、覚悟を決めます」
「ああ、なんと心強い。時間も惜しい。生き残った奴とはまた酒を飲もう」
誰一人脱落する人はいませんでした。兵士からの心強い言葉に押されて、喜鵵たちはまた竜に乗って斟鄩へ向かいます。
◆ ◆ ◆
「今すぐ寮に戻るべきです」
あたしと違って
「それだけではありません。竜が来るのであれば今すぐ先生や全校生徒に知らせて、万全の体制をとるべきです!」
「で、でもたかが卜いですし‥」
「卜いは外れることもありますが、神のお告げになると事情も違います。竜は必ず来ます!」
あまりに激しすぎるのでかたわらで茶々を入れようとしたあたしにすら、任仲虺はつっかかってきます。もうすぐ冬の季節だというのに汗を垂らして、顔色はあまり優れていません。あわよくば1人で勝手に帰りたがっているようにも、子履を担いでまで逃げようとしているようにも見えました。子履を竜から助け出す時にあたし1人よりは多いほうがいいと思って任仲虺を連れてきたのは失敗だと悟りました。かくいうあたしも、子履の申し訳程度の護衛として仕方なくついてきただけで、早く帰りたいと思ってます。竜と戦わないのが一番ですし。
「‥‥で、ですよね、
「竜と対話できるのが、
「言いたいことは分かりますが落ち着いてください」
などと少し大きめの声を出してしばらくなだめていたところへ、あたしたちのところに兵士たちが集まります。やばい、なだめるのに時間かけすぎたんでしょうか。
「あ、ご、ごめんなさい、この子をなんとかして早く家に帰らせますので」
「そういうことじゃないんだ。君、今、『竜が来る』と言ってたね?」
「は、はい」
「将軍に報告したら、今すぐ連れてこいと言われたんだ。一緒に来てくれないか」
「はあ?」
あたしは目を点にします。さすがにここまで大げさに兵士を展開しておいて、竜が来るという情報をつかんでいないはずがありません。それとも、竜が来るということは機密なので、どこから情報が漏れたかということでしょうか。とりあえずおとなしくついていったほうがよさそうです。
◆ ◆ ◆
そして通されたのは、宮殿の前にあるあの広場です。あたしが
「この人でございます」
「ああ、ありがとう。僕が対応するよ」
と言って出てきたのは、若めの将軍でした。これでも高貴の家の出身らしく、それらしい紋章をつけた鎧をつけていました。誰かと思ったら、子履がその名前を口にしました。
「
「はい。あなたは
「はい。
ああ、法芘の屋敷にはあたしも同行してるのでこの顔は前に見たかもしれません。が、1回ちょっとしか会ったことのない相手でも顔と名前がすぐに出てくるのはさすが子履です。法芘の屋敷では週変わりで大量の貴族と面会したので、いざそのうちの1人を思い出せと言われても普通は混乱しちゃうんですよね。
「ん、おい、子履が来てるのか?」
その後方から聞き慣れた声が聞こえます。見てみると、やっぱり
「おお、やはり子履か。
「ご無沙汰しております。わけあってしばらく休養をいただいていたところです」
バイトしている肆には、あたしが
「
「はい、父上」
と言って公孫昂が行ってしまうと、公孫猇は「こっちだ、ついてきてくれ」と言ってあたしたちをさらに奥へ通します。奥へ?うわ、えらそうな将軍っぽい人たちがたくさんいます。あたしたち商の人ですよ。外国人ですよ。こんなところに通していいんですか。
「座ってくれ」
と言われたテーブルの椅子に座ります。6人用の長方形の大きなテーブル、といっても周囲にあるテーブルと比べると小さい方でしょうか、その長椅子にあたし、子履、任仲虺は並んで座りました。向かいに公孫猇が座っています。
「さて、いきなり呼び出してすまんな、本題だが」
と言ったところで、そばからちょっとした騒ぎ声が聞こえます。向こうに小さく見える兵士たちもちょっと困った様子で、慌てていました。公孫猇は不機嫌そうに立ち上がって、「おい、どうした」と一喝します。
果たして、少し後にかけつけてきた兵士たちの手には、
「この平民が近くをうろついていたので捕らえました。いかがいたしますか」
まるでスパイとでも言いたげな口調ですが、及隶は公孫猇とも面識があります。公孫猇は「俺が預かる」と言って兵士を帰らせた後で、「ちゃんと見ろ」とその子をあたしに譲ります。あたしは「は、はい」と苦笑いして、すぐに及隶のほっぺたをぴろーんと引っ張ります。
「寮にいてって言ったよね。何で勝手に来たの?」
「ふぇえ、ふぇえ‥‥」
及隶はとにかく泣いてました。でも困りました。ここまで来てしまうと、わざわざ寮に戻って及隶をベッドにでも縛り付けるわけにもいきません。自分の膝の上に置いておくしかありません。子供はきちんど見ておかなければいけませんね。1歳違いですけど。
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