第161話 襲撃の日の朝
あたしたちが寮に帰ったかと思ったら、建物に入る前に
「おかえりっす!」
「
「センパイがいなくて寂しかったっす!」
と言って及隶はいきなりあたしに抱きつきます。頬をこすりつけてきます。うわ、くすぐったいよ。そんなに長いこといなくなったわけでもないのに。頭を撫でようとしましたが、はっと気づいて手を止めてちらっと隣の
「寂しかった?よしよし」
と思ったら、及隶があたしを抱きながらいきなり変な話題を振ってきます。
「‥センパイ、
「‥‥え、三尸?聞いたことないな」
「
と言うと及隶はあたしの体を抱いて抱いてぎゅっと絞ります。絞るほど抱くといっても幼女の力ですから、かわいらしいものです。‥‥「ああっ!?」急にあたしの体に一瞬だけ電流が流れる感じがします。
及隶はここでやっとあたしから離れて、笑顔満面で言います。
「三尸は隶がとってあげたっす」
「あ、ああ、ありがとう‥」
一体何をしたんでしょう、と思ったら及隶が今度は子履に抱きつきます。
「お嬢様の三尸もとってあげるっす!」
あれ、ああ、及隶って今まで子履を抱いたことはなかったですよね。平民と王族の関係ですから、触っちゃいけない関係です。あたしがあせって「待って‥」と言いますが、子履は笑って及隶の頭を撫でながら「将来結婚するのですから、
と思うと子履が「あうっ」と変な声を出します。及隶が離れると、あたしはすぐさま子履の肩を両手で掴んで「大丈夫ですか?」と尋ねます。
「大丈夫です‥よ‥‥」
と返事してから子履は一瞬で顔を赤くして、肩をすくめてあたしから離れます。ほてるような頬を手で覆い隠して、あたしを見てぷるぷる震えてます。
あたしと近づくのが恥ずかしいっていうの、まだ続いてたんですね。その様子を見てると、なんだかあたしまで胸が高鳴りして、いてもたってもいられないような気持ちになります。
「‥入りましょう」
「そ、そうですね‥」
子履は目を伏せて、あたしの後ろについてきます。かわいいです。
なんだかこの前、あたしが子履から逃げて
‥‥あれ、何か忘れてたような気が。ああ、勝手に子履に抱きついた及隶を叱っておかないと。‥‥後でいいか。もう少し子履の近くにいたいです。
◆ ◆ ◆
一方で玄関の外に残った及隶は、周りに誰も居ないのを確認すると、わきにある林の茂みに入り込みます。そこに現れた、体が真っ白にわずかに光る
「報告通り、虫がいた」
<やはりか>
と、索冥はため息をつきます。
「あいつらは
<そのようだ>
「他に何かあったか」
<ああ。2つある。明日竜が来ることをばらしやがった>
「‥‥いや、それは天帝の想定の範囲内だろう。遅かれ早かれ知る運命だった」
<そして、あの2人の近くに
及隶の眉毛がぴくっと動きます。「そうか」とだけ答えて、索冥に背を向けます。索冥の気配が消えると、及隶は林から出ます。寮の玄関の反対側です。そして日が沈み赤くなった西の空を仰ぎます。
「‥‥『センパイ』はこんな『隶』を受け入れてくれるのだろうか」
その顔はどこか寂しけで、目は少しうるんでいて、涙は空の光を粉々に砕いていました。
◆ ◆ ◆
翌朝になりました。あたしは部屋に勝手に入ってきた子履に起こされ、着替えさせられ、早めの朝食を終えてから寮を出ます。
「昨日三皇の廟で聞いたこと、本当に信じるんですか?」
「本当であれば夏の危機です。実際、兵隊もたくさん出回っているので王宮もこの情報をなにかの手段で掴んでいるのでしょう。たかが竜と侮ってはいけません。前世では悪竜が災いをもたらすような創作も多かったですが本来の竜は神獣のひとつで、権力の象徴であるのと同時に、姿をあらわしたり力を使ったりすることは吉兆でもあります。そんな竜が夏を害するのであれば、それこそ夏の徳が地に落ちたということです。攻撃そのものだけでなく、そのあと長年続くであろう権威の低下を心配します」
「でも仮に竜が来たとして、何かできることはあるのですか?」
竜の力は強大ですし、いくら子履が
「説得して追い返します」
「はい、履様。寮に戻って頭冷やしましょうか」
勝手に歩いて行く子履を見ながら、あたしは立ち止まります。子履は不満そうに頬を膨らませて、振り返ります。
「私は大丈夫です。
「その魔力も使えないですよね。使えない理由も、間違った道を歩いているからですよね」
「それは神様が間違っているんです」
と言って子履は腕を組みます。あ、これだめなやつだ。ま、まあ、竜もさすがに子履を殺すようなことはしないと思いますが、危険な目にあうのは確かです。
「外には兵士も多いでしょうし、一回頭冷やしましょうか。お菓子ならありますよ」
「冷やかすならよそでやってくれませんか」
と言って子履は歩き出します。うわ、やる気だよ。子履に何かあったら困りますから、あたしもついていかないわけにはいきません。
「せめて
子履はしばらく立ち止まってから「早く呼んでください」と言ったので、あたしは寮に向かって一目散に走り出します。まったく、一体何を考えているのでしょうかね。
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