第226話 新しい屋敷の中を見ました
「まずはどこから見たいですか?」
「そうですねー‥‥」
建物は
「図書室みたいなのはないですか?」
「ありますよ」
「えっ」
聞いているあたしが驚きました。ダメ元で聞いたつもりだったんです。図書室って前の屋敷にはなかったんですよ。
案内されてみると、図書室は1階の突き当りの部屋にあるようでした。わあ、前回の子履とあたしの部屋よりも広いです。そんなスペースに、小綺麗に本棚が並べられています。
「このサイズの本棚が30基、あそこの棚は竹簡専用です。限られたスペースで竹簡を効率よく並べられます」
どこの本棚にも本や竹簡はまだ少ししかありません。だいたい、前の屋敷の主は子主癸であって、子履のためのスペースはそこまでありませんでしたし、妹の
「これだけ本棚があればきっと
「恐れ入ります」
「ところであちらに階段があるのですが、この図書室に2階があるのでしょうか?」
「いいえ、そちらはお二人の部屋に直接繋がる階段でございます」
「えっ」
実際に上ってみます。さすがに温度調節を気にしているのか途中にドア1つを挟みましたが、入ってみるとそこは部屋でした。見るからに、あたしと子履が普段過ごすような部屋のようで、王様になった子履にふさわしく、広いです。及隶が騒げるくらいには広いです。
大きめのベッドが2つ並んでいます。あたしは役人に耳打ちします。
「
「あっ‥‥ご一緒に住まれるのですか?」
「そのつもりでしたが」
「手配します」
自分の住むところですから、こうした細かい気配りも大切です。一方あたしと同行している及隶は「ふかふかのベッドっすね、触っていいっすか?」と言ってました。
「あたしのベッドはどれって決まってますか?」
「奥にあるあのドアが2階の廊下からのきちんとした入り口になってますので、そのドアに近いほうが伊摯様のベッドになります」
「はい。ほら、あたしのベッドなら触ってもいいよ」
及隶は「わあい」と大喜びでベッドに飛びつきます。楽しそうです。そのあとも部屋の中をあれこれ説明してもらったあと、ベッドにかじりつく及隶を引っ張って反対側のドアから部屋を出ます。
そのあともいくつか部屋を紹介してもらうのですが‥‥。
「
「他の人の部屋‥とは?」
「その‥た、例えば、子供ができたときとか‥‥」
誰の子供とは言いたくないのでぼかしてみますが、役人は「ああ、子亘殿下、子会殿下は成人したら別の家にお住まいになりますよ」と返しました。ほえー、そういうものなんですか。‥‥追い出しているみたいでちょっと申し訳ないことをしている気分になります。
食事室、
「さて最後は浴場をご案内しましょう」
「待ってください。最後って言いましたか?」
「はい。他に見たいところでも?」
「厨房も見せてください」
あたしの返事に役人は立ち止まってしばらく頭を抱えてました。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥確かにそうでしたね。浴場のあとにご案内しましょう」
と言ってから、あたし・及隶と一緒に歩いていた警備の兵士に小声で「急いで片付けるよう言ってくれ」と言ってました。兵士はすぐ走り出しました。うん、絶対忘れてたな。まあ、平民に混じって料理する貴族ってこの世界でもあたしくらいでしょうけど。
そういえばこの世界で平民と一緒に料理したがる貴族って聞いたことがないですね。前に学園でチャーハンを作ろうとしたときも、
前の屋敷の浴場は、建物が建った後に子履が生まれて欲しいと言い出してからできたものだったので、狭いものでした。狭いといっても、前世の一般家庭と同じくらいの広さですけど。でも
更衣室に入ってみます。「わあ‥‥」と思わず声を漏らしてしまう程度には広いです。ていうかこれ、銭湯かホテルの温泉か何かですか?ここ30人くらい集まって服を脱ぐところですよね。30人分の棚が全然なくて更衣室すっからかんですけどこれから棚を取り付けるんですよね?と思わず言いたくなるくらいには広くなっていました。
その更衣室の奥にある浴場‥‥温泉?温泉?これ温泉ですよね。岩やらなんやらがしつらえられていて、温泉という雰囲気しかありません。役人が長々と説明してますが、前世の感覚を忘れそうだなあということしか頭にありませんでした。これ毎日入るんですか?1人で?30人の観光客が入りそうな岩に囲まれた立派な湯船に1人で?ああ、及隶も一緒に入れば寂しくないかもしれませんね。身分の低い貴族を入れるなって言われたら、体を洗ってもらうための召使いが欲しいからとかなんとか言ってやりましょう。
役人いわく、子主癸の生前に子履が前世の温泉のイメージを話していたのがそのまま建築に反映されてしまったらしいです。子履何やってんだ。まあ、いいけどさ。
「早ければあさっての夜から湯船にお浸かりになれますよ」
「ああ‥‥それは遠慮します。履様の三年の喪が終わってからにします」
「ですが‥」
「先王はあたしの義母になるかもしれない方ですし‥ははは‥‥」
「‥そうですね」
更衣室から出るときに、ふと思いついたので役人に尋ねてみます。
「役人や使用人のための風呂はあるのですか?」
「そのようなものはありませんが」
「商丘や
「お気持ちは嬉しいのですが、別途許可がいることでございます」
役人はそう言って、一歩下がって深く
というわけで、最後は厨房を見に行きます。さっき役人が片付けてくれと言っていたくらいにはちょっと散らかっているかなと思っていましたが‥‥きれいでした。ぴかぴかでした。片付けるのは一体何だったんでしょうかと思うくらいに、きれいでした。ここは子履の部屋やら浴場やらが広くなったのもあって、前回より少し狭い気はしましたがまあ足りないほどではないですね。少し余裕は減りますが、十分な量の料理はさばけます。でも正月前はさすがに特設のスペースが欲しくなりますね。
「テーブルも立派でとてもいいです。ね‥‥」
と役人の方を見ると、役人はあんくりと口を開けて呆然としていました。
「どうなさいましたか?」
「い、いや、きれいだなと思って‥‥」
「さっきこの部屋を片付けると言っていた気がするのですが、何かを置いていたのでしょうか?」
「あ、聞こえておりましたか‥‥今日の午前にイノシシがここへ入って乱暴を働きましたので、その片付けが必要だったのですが‥‥‥‥」
「ああ‥」
確かに、イノシシが暴れ回ったらあちこちに土が付着しているはずですが、今ここにあるテーブルはどれもぴかぴかです。
ん?向こうの勝手口の方にバケツが見えます。そこからにゅっと、中年の女性が顔を出しました。役人ははっとわれにかえって、「こ、こら、使用人は隠れてなさい」と言いますが、あたしは「いいですから、いいですから、こんなにきれいにしてもらいましたから。それにあたしもこの厨房に通いますから、使用人のお名前は覚えておきたいです」と止めました。
「え、ここに通うのですか‥‥?」とまた目を丸くする役人を後ろに残して、あたしは何歩か歩きます。中年のおばさんはあたしを見て‥‥陽気に平然と勝手口から厨房に入りました。
「はじめまして、料理人の伊摯でございます。よろしくおねがいします」
「まあ、新入りか誰かと思ったら料理人なのね。私の姓は
「は、はい」
その返事、話し方、身の動きから、あたしは一瞬で悟りました。このおばさん、よくしゃべるタイプです。いったん捕まったら数時間逃げられないタイプです。あたしはさささささっと後ろに小走り気味で下がります。
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